土くれのフーケ②
「おーい。本気か? お前ら」
才人は情けない声で言ったが、誰も返事をしてくれない。
本塔の上から才人はロープで縛られ、吊るされ、空中にぶら下がっている。
やっぱりどちらか選べばよかった、と思った。
はるか地面の下には、小さくキュルケとルイズの姿が見える。
夜とはいえ、二つの月のおかげでかなり視界は明るい。
塔の屋上には、ウィンドドラゴンに跨ったタバサの姿が見えた。
風竜は、二本の剣をくわえている。
二つの月だけが、優しく才人を照らしていた。
キュルケとルイズは、地面に立って才人を見上げている。
ロープに縛られ、上から吊るされた才人が、小さく揺れているのが二人の目に見えた。
キュルケが腕を組んで言った。
「いいこと? ヴァリエール。あのロープを切って、サイトを地面に落としたほうが勝ちよ。勝った方の剣をサイトは使う。いいわね?」
「わかったわ」ルイズは硬い表情で頷いた。
「使う魔法は自由。ただし、あたしは後攻。そのぐらいはハンデよ」
「いいわ」
「じゃあ、どうぞ」
ルイズは杖を構えた。
屋上のタバサが、才人を吊るしたロープを振り始めた。
才人が左右に揺れる。
『ファイヤーボール』等の魔法の命中率は高い。
動かさなければ、簡単にロープに命中してしまう。
しかし……、命中するかしないかを気にする前に、ルイズには問題があった。
魔法が成功するかしないか、である。
ルイズは悩んだ。どれなら成功するだろう?
『風』系統?
『火』系統?
『水』や、『土』は論外だった。
ロープを切るための攻撃魔法が少ない。
やはり、ここは『火』である。
そのときになって、キュルケが『火』が得意であることを思い出す。
キュルケのファイヤーボールは才人のロープをなんなく切るだろう。
失敗は許されない。
悩んだ挙句、ルイズは『ファイヤーボール』を使うことに決めた。
小さな火球を目標めがけて打ち込む魔法である。
短くルーンを呟く。
失敗したら……、才人はキュルケが買ってきた剣を使うことになる。
プライドの高いルイズに許せることではなかった。
呪文詠唱が完成する。
気合を入れて、杖を振った。
呪文が成功すれば、火の玉がその杖の先から飛び出すはずであった。
しかし、杖の先からは何も出ない。
一瞬遅れて、才人の後ろの壁が爆発した。
爆風で、才人の体が揺れる。
「殺す気か!」と才人の怒鳴り声が聞こえてくる。
ロープはなんともない。
爆風で切れてくれたら、と思ったが甘かったようだ。
本塔の壁にはヒビが入っている。
キュルケは……、腹を抱えて笑っていた。
「ゼロ! ゼロのルイズ! ロープじゃなくて壁を爆発させてどうするの! 器用ね!」
ルイズは憮然とした。
「あなたって、どんな魔法を使っても爆発させるんだから! あっはっは!」
ルイズは悔しそうに拳を握り締めると、膝をついた。
「さて、わたしの番ね……」
キュルケは、狩人の目で才人を吊るしたロープを見据えた。
タバサがロープを揺らしているので、狙いがつけづらい。
それでもキュルケは余裕の笑みを浮かべた。
ルーンを短く呟き、手慣れた仕草で杖を突き出す。
『ファイヤーボール』はキュルケの十八番である。
杖の先から、メロンほどの大きさの火球が現れ、才人のロープめがけて飛んだ。
火球は狙いたがわずロープにぶつかり、一瞬でロープを燃やし尽くした。
才人が地面に落ちる。
屋上にいたタバサが杖を振り、才人に『レビテーション』をかけてくれた。
加減された呪文のおかげで、ゆっくりと才人は地面に降りてきた。
キュルケは勝ち誇って、笑い声をあげた。
「あたしの勝ちね! ヴァリエール!」
ルイズはしょぼんとして座り込み、地面の草をむしり始めた。
フーケは、中庭の植え込みの中から一部始終を見守っていた。
ルイズの魔法で、宝物庫の辺りの壁にヒビが入ったのを見届ける。
いったい、あの魔法はなんなのだろう?
唱えた呪文は『ファイヤーボール』なのに、杖の先から火球は飛ばなかった。
代わりに、壁が爆発した。
あんな風にモノが爆発する呪文なんて見たことがない。
フーケは頭を振った。
それより、このチャンスを逃してはいけない。
フーケは、呪文を詠唱し始めた。長い詠唱だった。
詠唱が完成すると、地面に向けて杖を振る。
フーケは薄く笑った。
音を立て、地面が盛り上がる。
土くれのフーケが、その本領を発揮したのだ。
「残念ね! ヴァリエール!」
勝ち誇ったキュルケは、大声で笑った。
ルイズは勝負に負けたのが悔しいのか、膝をついたまましょぼんと肩を落としている。
才人は複雑な気分で、ルイズを見つめた。
それから、低い声で言った。
「……まずはロープを解いてくれ」
きっちりロープで体をぐるぐる巻きにされている。
身動きが取れない。
キュルケは微笑んだ。
「ええ、喜んで」
そのときである。
背後に巨大な何かの気配を感じて、キュルケは振り返った。
我が目を疑う。
「な、なにこれ!」
キュルケは口を大きくあけた。
巨大な土ゴーレムがこちらに歩いてくるではないか!
「きゃぁああああああああ!」
キュルケは悲鳴をあげて逃げ出した。
才人はその背中に向かって叫んだ。
「おい! 置いていくなよ!」
迫り来る巨大なゴーレムが見える。
才人はパニックに陥った。
「な、なんだこりゃ! でけえ!」
才人は逃げようともがいたが、ロープで体をぐるぐる巻きにされているので逃げられない。
我に返ったルイズが才人に駆け寄る。
「な、なんで縛られてんのよ! あんたってば!」
「お前らが縛ったんだろうが!」
そんな二人の頭上で、ゴーレムの足が持ち上がる。
才人は観念した。動けない。
「ルイズ! 逃げろ!」才人は怒鳴った。
「く、このロープ……」
ルイズは一生懸命にロープを外そうともがいている。
ゴーレムの足が落ちてくる。
才人は目をつむった。
間一髪、タバサのウィンドドラゴンが滑り込んだ。
才人とルイズを両足でがっしり掴むと、ゴーレムの足と地面の間をすり抜ける。
才人たちがいたところに、ずしん! と音を立て、ゴーレムの足がめり込む。
ウィンドドラゴンの足にぶら下がった二人は、上空からゴーレムを見下ろした。
才人が震える声で呟く。
「な、なんなんだよ。あれ……」
「わかんないけど……。巨大な土ゴーレムね」
「あんなでかいの! いいのかよ!」
「……あんな大きい土ゴーレムを操れるなんて、トライアングルクラスのメイジに違いないわ」
才人は唇を噛んだ。
さっき、危険を顧みず、ルイズが自分のロープを外そうとしてくれたことを思い出した。
「いいけどよ……、お前、なんで逃げなかったんだよ」
ルイズはきっぱりと言った。
「使い魔を見捨てるメイジはメイジじゃないわ」
才人は黙って、ルイズを見つめた。
なんだか、とてもルイズが眩しく見えた。
フーケは、巨大な土ゴーレムの肩の上で、薄い笑いを浮かべていた。
逃げ惑うキュルケや、上空を舞うウィンドドラゴンの姿が見えたが気にしない。
フーケは頭からすっぽりと黒いローブに身を包んでいる。
その下の自分の顔さえ見られなければ、問題はない。
ヒビが入った壁に向かって、土ゴーレムの拳が打ち下ろされた。
フーケは、インパクトの瞬間、ゴーレムの拳を鉄に変えた。
壁に拳がめり込む。
バカッと鈍い音がして、壁が崩れる。
黒いローブの下で、フーケは微笑んだ。
フーケは土ゴーレムの腕を伝い、壁にあいた穴から、宝物庫の中に入り込んだ。
中には様々な宝物があった。
しかし、フーケの狙いはただ一つ、『破壊の杖』である。
様々な杖が壁にかかった一画があった。
その中に、どう見ても魔法の杖には見えない品があった。
全長は一メイルほどの長さで、見たことのない金属でできていた。
フーケはその下にかけられた鉄製のプレートを見つめた。
『破壊の杖。持ち出し不可』と書いてある。
フーケの笑みがますます深くなった。
フーケは『破壊の杖』を取った。
その軽さに驚いた。
一体、何でできているのだろう?
しかし、今は考えている暇はない。
急いでゴーレムの肩に乗った。
去り際に杖を振る。
すると、壁に文字が刻まれた。
『破壊の杖、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』
再び黒ローブのメイジを肩に乗せ、ゴーレムは歩き出した。
魔法学院の城壁をひとまたぎで乗り越え、ずしんずしんと地響きを立てて草原を歩いていく。
そのゴーレムの上空を、ウィンドドラゴンが旋回する。
その背に跨ったタバサが身長より長い杖を振る。
『レビテーション』で、才人とルイズの体が、足からウィンドドラゴンの背に移動した。
タバサが再び身長より長い杖を振る。
かまいたちのように空気が震え、才人の身を包んだロープが切れた。
「ありがとう」
才人はタバサに礼を言った。
タバサは無表情に頷いた。
才人は巨大なゴーレムを見つめながら、ルイズに尋ねた。
「あいつ、壁をぶち壊してたけど……、何したんだ?」
「宝物庫」タバサが答える。
「あの黒ローブのメイジ、壁の穴から出てきたときに、何かを握っていたわ」
「泥棒か。しかし、随分派手に盗んだもんだな……」
草原の真ん中を歩いていた巨大なゴーレムは、突然ぐしゃっと崩れ落ちた。
巨大ゴーレムは大きな土の山になった。
三人は地面に降りた。
月明かりに照らされたこんもりと小山のように盛り上がった土山以外、何もない。
そして、肩に乗った黒ローブのメイジの姿は、消えうせていた。
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