トリステインの武器屋②



 店の中は昼間だというのに薄暗く、ランプの灯りがともっていた。

 壁や棚に、所狭しと剣や槍が乱雑に並べられ、立派な甲冑が飾ってあった。


 店の奥で、パイプをくわえていた五十がらみの親父が、入ってきたルイズを胡散臭げに見つめた。

 紐タイ留めに描かれた五芒星に気づく。

 それからパイプをはなし、ドスの利いた声を出した。


「旦那。貴族の旦那。うちはまっとうな商売してまさあ。お上に目をつけられるようなことなんか、これっぽっちもありませんや」

「客よ」ルイズは腕を組んで言った。


「こりゃおったまげた。貴族が剣を! おったまげた!」

「どうして?」

「いえ、若奥さま。坊主は聖具をふる、兵隊は剣をふる、貴族は杖をふる、そして陛下はバルコニーからお手をおふりになる、と相場は決まっておりますんで」

「使うのはわたしじゃないわ。使い魔よ」

「忘れておりました。昨今は貴族の使い魔も剣をふるようで」


 主人は、商売っ気たっぷりにお愛想を言った。

 それから、才人をじろじろと眺めた。


「剣をお使いになるのは、この方で?」


 ルイズは頷いた。

 才人はすっかり、店に並んだ武器に夢中だった。

 うわ、すげ、これなにー、とか口の中でぶつぶつ呟きながら、剣に見入っている。


 ルイズは、そんな才人を無視して言った。


「わたしは剣のことなんかわからないから。適当に選んでちょうだい」


 主人はいそいそと奥の倉庫に消えた。彼は聞こえないように、小声で呟いた。


「……こりゃ、鴨がネギしょってやってきたわい。せいぜい、高く売りつけるとしよう」


 彼は一メイルほどの長さの、細身の剣を持って現れた。

 随分、華奢な剣である。

 片手で扱うものらしく、短めの柄にハンドガードがついていた。

 主人は思い出すように言った。


「そういや、昨今は宮廷の貴族の方々の間で下僕に剣を持たすのがはやっておりましてね。その際にお選びになるのが、このようなレイピアでさあ」


 なるほど、きらびやかな模様がついていて、貴族に似合いの綺麗な剣だった。


「貴族の間で、下僕に剣を持たすのがはやってる?」


 ルイズは尋ねた。主人はもっともらしく頷いた。


「へえ、なんでも、最近このトリステインの城下町を、盗賊が荒らしておりまして……」

「盗賊?」

「そうでさ。なんでも『土くれ』のフーケとかいう、メイジの盗賊が、貴族のお宝を散々盗みまくってるって噂で。貴族の方々は恐れて、下僕にまで剣を持たせる始末で。へえ」


 ルイズは盗賊には興味がなかったので、じろじろと剣を眺めた。

 しかし、すぐに折れてしまいそうなほどに細い。

 才人は確か、この前もっと大きな剣を軽々と振っていた。


「もっと大きくて太いのがいいわ」

「お言葉ですが、剣と人には相性ってもんがございます。男と女のように。見たところ、若奥さまの使い魔とやらには、この程度が無難なようで」

「大きくて太いのがいいと、言ったのよ」


 ルイズは言った。

 ぺこりと頭を下げると、主人は奥に消えた。

 その際に、小さく「素人が!」と呟くのを忘れない。


 今度は立派な剣を油布で拭きながら、主人は現れた。


「これなんかいかがです?」


 見事な剣だった。

 一・五メイルはあろうかという大剣だった。

 柄は両手で扱えるように長く、立派な拵えである。

 ところどころに宝石が散りばめられ、鏡のように両刃の刀身が光っている。

 見るからに切れそうな、頑丈な大剣であった。


「店一番の業物でさ。貴族のお供をさせるなら、このぐらいは腰から下げて欲しいものですな。といっても、こいつを腰から下げるのは、よほどの大男でないと無理でさあ。やっこさんなら、背中にしょわんといかんですな」


 才人も近寄ってきて、その剣を見つめた。


「すげえ。この剣すげえ」


 一瞬で、欲しくなってしまった。なんとも、見事な剣である。

 才人が気に入ったのを見て、ルイズはこれでいいだろうと思った。

 店一番と親父が太鼓判を押したのも気に入った。

 貴族はとにかく、なんでも一番でないと気がすまないのである。


「おいくら?」ルイズは尋ねた。

「何せこいつを鍛えたのは、かの高名なゲルマニアの錬金魔術師シュペー卿で。魔法がかかってるから鉄だって一刀両断でさ。ごらんなさい、ここにその名が刻まれているでしょう? おやすかあ、ありませんぜ」


 主人はもったいぶって柄に刻まれた文字を指差した。


「わたしは貴族よ」ルイズも、胸をそらせて言った。主人は淡々と値段を告げた。

「エキュー金貨で二千。新金貨なら三千」

「立派な家と、森つきの庭が買えるじゃないの」


 ルイズは呆れて言った。

 才人はさっぱり相場と貨幣価値がわからないので、ぼけっと突っ立っていた。


「名剣は城に匹敵しますぜ。屋敷で済んだらやすいもんでさ」

「新金貨で、百しか持ってきてないわ」


 ルイズは貴族なので、買い物の駆け引きがへたくそだった。

 あっけなく財布の中身をばらしてしまう。

 主人は話にならない、というように手を振った。


「まともな大剣なら、どんなに安くても相場は二百でさ」


 ルイズは顔を赤くした。

 剣がそんなに高いとは知らなかったのだ。


「なんだよ。これ、買えないの?」


 才人はつまらなそうに言った。


「そうよ。買えるのにしましょう」

「貴族だなんだって威張ってるわりには……」


 才人がそう呟くと、ルイズはきっ、と才人を睨んだ。


「誰かさんの大怪我のせいで、秘薬の代金がいくらかかったと思ってるの?」


 才人は素直に頭を下げた。


「ごめん」


 それでも、才人は名残惜しそうに剣を撫で回した。


「これ、気に入ったんだけどな……」


 そのとき……、乱雑に積み上げられた剣の中から、声がした。

 低い、男の声だった。


「生意気言うんじゃねえ。坊主」


 ルイズと才人は声の方を向いた。主人が、頭を抱えた。


「おめえ、自分を見たことがあるのか? その体で剣をふる? おでれーた! 冗談じゃねえ! おめえにゃ棒っきれがお似合いさ!」

「なんだと?」


 才人はいきなり悪口を言われたので、腹が立った。

 しかし、声の聞こえてくる方には人影はない。

 ただ、乱雑に剣が積んであるだけである。


「わかったら、さっさと家に帰りな! おめえもだよ! 貴族の娘っ子!」

「失礼ね!」


 才人はつかつかと声のする方に近づいた。


「なんだよ。誰もいないじゃん」

「おめえの目は節穴か!」


 才人は後じさった。

 なんと、声の主は一本の剣であった。

 錆の浮いたボロボロの剣から、声は発されているのであった。


「剣がしゃべってる!」


 才人がそういうと、店の主人が怒鳴り声をあげた。


「やい! デル公! お客様に失礼なことを言うんじゃねえ!」

「デル公?」


 才人は、その剣をまじまじと見つめた。

 さっきの大剣と長さは変わらないが、刀身が細かった。

 薄手の長剣である。

 ただ、表面には錆が浮き、お世辞にも見栄えがいいとは言えなかった。


「お客様? 剣もまともにふれねえような小僧っこがお客様? ふざけんじゃねえよ! 耳をちょんぎってやらあ! 顔を出せ!」

「それって、インテリジェンスソード?」


 ルイズが、当惑した声をあげた。


「そうでさ、若奥さま。意思を持つ魔剣、インテリジェンスソードでさ。いったい、どこの魔術師が始めたんでしょうかねえ、剣をしゃべらせるなんて……。とにかく、こいつはやたらと口は悪いわ、客にケンカは売るわで閉口してまして……。やいデル公! これ以上失礼があったら、貴族に頼んでてめえを溶かしちまうからな!」

「おもしれ! やってみろ! どうせこの世にゃもう、飽き飽きしてたところさ! 溶かしてくれるんなら、上等だ!」

「やってやらあ!」


 主人が歩き出した。しかし、才人はそれを遮る。


「もったいないよ。しゃべる剣なんて面白いじゃないか」


 それから才人は、まじまじとその剣を見つめた。


「お前、デル公っていうのか」

「ちがわ! デルフリンガーさまだ! おきやがれ!」

「名前だけは、一人前でさ」

「俺は平賀才人だ。よろしくな」


 剣は黙った。じっと、才人を観察するかのように黙りこくった。

 それからしばらくして、剣は小さな声でしゃべり始めた。


「おでれーた。見損なってた。てめ、『使い手』か」

「『使い手』?」

「ふん、自分の実力も知らんのか。まあいい。てめ、俺を買え」

「買うよ」


 才人は言った。すると剣は、黙りこくった。


「ルイズ。これにする」


 ルイズはいやそうな声をあげた。


「え~~~。そんなのにするの? もっと綺麗でしゃべらないのにしなさいよ」

「いいじゃんかよ。しゃべる剣なんて面白い」

「それだけじゃないの」


 ルイズはぶつくさ文句を言ったが、他に買えそうな剣もないので、主人に尋ねた。


「あれ、おいくら?」

「あれなら、百で結構でさ」

「安いじゃない」

「こっちにしてみりゃ、厄介払いみたいなもんでさ」


 主人は手をひらひらと振りながら言った。

 才人は上着のポケットからルイズの財布を取り出すと、中身をカウンターの上にぶちまけた。

 金貨がじゃらじゃらと落ちる。主人は慎重に枚数を確かめると、頷いた。


「毎度」剣を取り、鞘に収めると才人に手渡した。

「どうしても煩いと思ったら、こうやって鞘に入れればおとなしくなりまさあ」


 才人は頷いて、デルフリンガーという名前の剣を受け取った。



 武器店から出てきた才人とルイズを、見つめる二つの影があった。

 キュルケとタバサである。

 キュルケは、路地の陰から二人を見つめると、唇をギリギリと噛み締めた。


「ゼロのルイズったら……、剣なんか買って気を引こうとしちゃって……。あたしが狙ってるってわかったら、早速プレゼント攻撃? なんなのよ~~~ッ!」


 キュルケは地団駄を踏んだ。

 タバサはもう自分の仕事は終わりだとばかりに、本を読んでいる。

 ウィンドドラゴンのシルフィードは高空をぐるぐる回っている。

 なんなくルイズと才人の馬を見つけた一行は、ここまで後をつけてきたのであった。


 キュルケは、二人が見えなくなったあと、武器屋の戸をくぐった。

 主人がキュルケを見て目を丸くした。


「おや! 今日はどうかしてる! また貴族だ!」

「ねえご主人」


 キュルケは髪をかきあげると、色っぽく笑った。

 むんとする色気に押されて、主人は思わず顔を赤らめる。

 なんだか、色気が熱波として、襲ってくるようだ。


「今の貴族が、何を買っていったかご存知?」

「へ、へえ。剣でさ」

「なるほど、やっぱり剣ね……。どんな剣を買っていったの?」

「へえ、ボロボロの大剣を一振り」

「ボロボロ? どうして?」

「あいにく、持ち合わせが足りなかったようで。へえ」


 キュルケは、手を顎の下にかまえ、おっほっほ! と大声で笑った。


「貧乏ね! ヴァリエール! 公爵家が泣くわよ!」

「若奥様も、剣をお買い求めで?」


 主人は、商売のチャンスだとばかりに身を乗り出した。

 今度の貴族の娘は、どうやらさっきのやせっぽちに比べて、胸も財布の中身も豊かなようだ。


「ええ。みつくろってくださいな」


 主人はもみ手をしながら、奥に消えた。

 果たして、持ってきたのは先ほどルイズと才人に見せた立派な大剣だった。


「あら。綺麗な剣じゃない」

「若奥さま、さすがお目が高くていらっしゃる。この剣は、先ほどの貴族のお連れ様が欲しがっていたものでさ。しかし、お値段の加減が釣り合いませんで。へえ」

「ほんと?」


 貴族のお連れ様? つまり、才人が欲しがっていたものだろう。


「さようで。何せこいつを鍛えたのは、かの高名なゲルマニアの錬金魔術師シュペー卿で。魔法がかかってるから鉄だって一刀両断でさ。ごらんなさい、ここにその名が刻まれているでしょう?」


 主人は先ほどと同じ口上を述べた。

 キュルケは頷いた。


「おいくら?」


 主人は、キュルケを値踏みした。

 どうやら先ほどの貴族より羽振りはよさそうだ。


「へえ。エキュー金貨で三千。新金貨で四千五百」

「ちょっと高くない?」キュルケの眉が上がった。

「へえ、名剣は、釣り合う黄金を要求するもんでさ」


 キュルケはちょっと考え込むと、主人の顔に自分の体を近づけた。


「ご主人……、ちょっとお値段が張りすぎじゃございませんこと?」


 顎の下をキュルケの手で撫でられて、主人は呼吸ができなくなった。

 ものすごい色気が、親父の脳髄を直撃する。


「へ、へえ……。名剣は……」


 キュルケはカウンターの上に腰掛けた。左の足を持ち上げる。


「お値段、張りすぎじゃ、ございませんこと?」


 ゆっくりと、投げ出した足をカウンターの上に持ち上げた。

 主人の目は、キュルケの太腿に釘付けになった。


「さ、さようで? では、新金貨で四千……」


 キュルケの足が、さらに持ち上がった。

 太腿の奥が、見えそうになる。


「いえ! 三千で結構でさ!」

「暑いわね……」


 キュルケは答えずに、シャツのボタンを外し始めた。


「シャツ、脱いでしまおうかしら……。よろしくて? ご主人」


 主人に、熱っぽい流し目を送った。


「おお、お値段を間違えておりました! 二千で! へえ!」


 キュルケはシャツのボタンを一個外した。

 それから、主人の顔を見上げる。


「千八百で! へえ!」


 再び、一個外した。

 キュルケの胸の谷間が、あらわになる。

 それからまた、主人の顔を見上げた。


「千六百で! へえ!」


 キュルケは、ボタンを外す指を止めた。

 今度は、スカートの裾を持ち上げようとした。

 その指が途中で止まる。主人が哀れな表情になった。


「千よ」


 キュルケは言い放った。

 再び、するするとスカートの裾が持ち上がる。

 主人は、息を荒くしてそれを見つめていた。

 その指がぴたっと止まる。主人は悲しそうな声をあげた。


「あ、ああ……」


 キュルケは、スカートの裾を戻し始めた。

 そして、希望の値段を繰り返し告げた。


「千」

「へえ! 千で結構でさ!」


 キュルケはカウンターから、すっと降りると、さらさらと小切手を書いた。

 それをカウンターの上に叩きつける。


「買ったわ」


 そして、剣をつかむと、さっさと店を出て行った。


 主人は、呆然として、カウンターの上の小切手を見つめていた。

 急激に冷静さを取り戻す。頭を抱えた。


「あの剣を千で売っちまったよ!」


 主人は引き出しから酒壜を取り出した。


「ええい! 今日はもう、閉店だ!」

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