トリック・トリップ 無限大

高尾つばき

序章 消える

 切り絵のような満月が、夜空に浮かんでいる。


 午後八時過ぎ。国道沿いに建つコンビニエンスストアの入り口付近で、たむろする男が三人。伸ばした金髪に風神を描いたスウェットを着た男は、車止めに腰を降ろしている。


 般若面を染め抜いた作務衣にスキンヘッドの男は、その横であぐらをかいてスマートフォンをいじっていた。屋外軒下用電気殺虫器に向かって、くわえていた煙草を指先ではじいた男は、伸ばした髪を後ろでくくり、派手な花柄のシャツにダメージジーンズ。


 それぞれ恐そうなスタイルだが、顔に幼さがみえる。まだ十代半ばのようである。


「バイトやめるかなあ。もっと時給が高くて、楽な仕事がしてえな」


「おめえら高校も中退してんだから、ちゃんと職につかねえとよ」


 花柄シャツの男は、新しい煙草に火を点けながら言った。


「てめえだってあんな高校卒業しても、どうせガテン系の仕事くらいしかねえだろうが」


 スキンヘッドの男が鼻で笑う。金髪の男も、下卑た笑い声をたてた。


「バカやろう、俺はおめえらみたいに、底辺で生きていくつもりはないんだよ。

 まあ今の世の中、高校くらいは卒業しとかないとツブシがきかないからな。

 その点、おめえらよりはエリート街道よ」


「おお、さすがエリートさま。言うことが高学歴。

 それじゃあ次の連休にパッと騒げるだけの軍資金を、その頭脳で生み出してくれよ」


 花柄シャツの男はウインクしながら、親指をたてる。


「オッケイ、まかせな。グッドタイミングだ。

 今から大事な友だちと会う約束をしてっから。ほら、アイツだよ」


 金髪の男は、細い目をさらに細めた。


「昨日のアイツか。いいよなあ、俺もそんなオトモダチがほしいぜ」


「人徳ってやつだな。

 じゃあ、そろそろ行ってくるわ。また連絡するからよ」


 花柄シャツの男は煙草をくわえたまま、自販機の前に停めてあるソフトバイクにまたがる。セルモーターをまわすと、ヘルメットを形だけ頭に乗せた。


「たのんだぜよお、軍資金」


 スキンヘッドの言葉に手をふって応え、花柄シャツの男、斎間真一さいま しんいちは必要以上にアクセルをふかしながら、ライトを点けバイクを国道に向ける。


 これがお互いに今生の別れになるとは、知る由もなかった。


~~♡♡~~


 N市北区を通る国道四十一号線。

 隣接する小牧市こまきしまで一直線で通っており、夜半であっても交通量は多い。

 

 斎間はバイクを志賀南通りから国道をはずれ、北西に進む。

 しばらく行くと市立西部医療センターの大きな建物が、月明かりをバックに浮かび上がってきた。

 斎間の目的地は医療センターの東側にある、志賀公園だ。


 小さな犬が吠えるような甲高い排気音をたて、バイクは公園の中へ入っていく。

 入口にはパイプ型の支柱が埋められ、自転車やオートバイが入れないようになっていた。


 斎間は支柱横にバイクを停車させるとエンジンを切り、ヘルメットをバックミラーにかけた。肩をいからせるようにして、園内へ歩き出す。

 暑くもなく寒さも感じないもっとも過ごしやすい時候であるが、外灯に浮かぶ公園内には平日の夜半ということもあり人影はない。


 砂利の敷かれた小道をわざと音をたて、斎間は進む。

 五十メートルほど先の外灯の下に、ポツンと人影がみえた。

 フンッと口元に笑みを浮かべ、斎間は近づいていく。


 外灯の光から身を隠すように立つ影。


 斎間は、その人物が誰であるかを知っていた。自分が夕方に電話をして、時間指定で呼んでおいたのだから。


「よう、こんばんは。待たせちゃったかな」


 ポンポンと影の肩をたたく。斎間よりもずっと小柄だ。


「大きなバッグだなあ。今夜も塾かい。まあせいぜい頑張りな、わが友よ」


 影は肩からたすき掛けにした、バッグのベルトをギュッと握った。


「それじゃあ、いつもの寄付金を回収しちまうかな」


 斎間は目線を下げ、相手の顔をのぞきこんだ。


 いつもならここで、バッグから白い封筒に入れた現金を差し出してくるはずである。

 そして言葉をかわすことなく、相手は逃げるように走って帰っていくのだ。

 いつもなら。

 お互いが中学二年生のときからの暗黙のやりとりであり、二年間変わることなく続いているのだから。


 満月に雲がかかった。


「おい、どうした。俺も忙しいし、おまえも早く帰って勉強すんだろ。早く済ましちまおうぜ、なあ」


 斎間は相手の肩に両手を乗せようとしたが、するりとかわされてしまった。

 空を切った斎間の手が間髪をいれず、相手の顔面に平手打ちをくらわせた。

 パンッと乾いた音が、静かな公園に響く。


「なんだ、てめえ。今日は反抗期か? それとも久しぶりにサンドバックになるか」


 胸倉をつかもうとした瞬間、相手はさらに奥へと身を引いたのだ。

 斎間はプツリと切れた。


「ほう、なんだ、どういうつもりか知らねえけどよ。

 ふふっ、いいじゃん。このところ俺もストレスがたまっていたからな。

 シャアッ」


 喧嘩慣れしている斎間は、いきなり相手の顔面めがけてパンチを繰り出す。

 影は予測していたかのようにそれを避け、暗闇に跳ぶ。


「連れて行くよ」


 かぼそい声がささやいた。


「ああん? 何だって」


 斎間はこぶしを顔の前に持ち上げ、片眉を上げる。


「これ以上つきまとうなら、


 相手の声は震えている。精一杯の虚勢を張っているように見えた。


「どこへよ。ケーサツか? 学校かあ? どっちでもいいぜ。

 この俺を引っ張っていけるならな。連れて行ってみろよ」


 斎間は相手との間合いを詰めようと、一歩前進する。


 その時、相手の右腕が差し出された。まさか何か凶器を持ってきたのか?

 斎間は暗がりを凝視した。


 手のひらを上に向けているようだ。その上にはナイフも石も乗っていない。

 ただのハッタリか、そう思った直後。


「じゃあ、そうするね」


 小さな影は、抑揚のない声でつぶやいた。


 上に向けた手のひらが、うっすらと光り始める。

 そこには青く淡い光を発する、ゴルフボールくらいの玉が浮かび上がったのだ。


「て、手品かよ。ビビらせやがって」


 斎間はさらに一歩近づく。

 相手の左腕が無造作に動き、斎間の右腕をつかんだ。


「おっ、こいつ、本当に俺を引っ張っていくつもりかよ。面白え」


 斎間は凶悪な笑みを浮かべ、つかまれた右腕をグイッと引く。影は引かれるがまま斎間の懐によろめいた。


 玉の光が青色から赤紫色に変化する。


「なんだぁ?」


 光は急速に輝きを増した。


 シュッという擦過音とともに、ふたりの姿が忽然と消えてしまったのだ。


 雲の切れた満月が、何事もなかったかのように公園内を再び照らす。

 整備された草むらからは、虫の鳴き声が輪唱を奏でている。


 二人が消えた外灯の下が、淡く赤紫色に輝き始めた。

 再び、空気を裂く音とともに、同じ場所に人影がひとつ現れる。斎間の姿はない。

 差し出されていた右手の光が、赤色から青色に変わり、そして消えた。


「さようなら、斎間くん。永遠にさようなら。うふ、うふふっ」


 小さな笑い声は、虫たちの輪唱にかき消されていったのであった。


つづく

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