第八章 最強の剣舞姫

第八章 最強の剣舞姫①



 学院都市は、アレイシア精霊学院の敷地内に造られた小規模な街だ。

 石造りの建物が立ち並ぶ街並みは、人々の喧騒に満ちている。


 ゆきかう人混みに何度もぶつかりながら、カミトは闘技場を目指して走っていた。


 ――思い過ごしであればそれでいい。だが、妙に胸騒ぎがするのだ。


(……無茶だ。契約精霊を失った状態での精霊剣舞ブレイドダンスなんて)


 息を切らしながら、エストの手を引きひた走る。

 あいつのために、なんでこんなに必死になるのかわからない。


 クレア・ルージュ――傲慢で、わがままで、すぐに鞭を振るう暴君だ。

 でも、なぜか放っておけない。


(だって、本当のあいつは――)


 と、カミトはそこで足を止めた。


「――ここか」


 街の中心部に築かれた闘技場の前に、大勢の観客が集まっていた。


 精霊剣舞ブレイドダンスは本来、精霊を愉しませるための神聖な儀式――神楽カグラの一種だ。

 しかし、それが人間にとっても最高の歓楽であることに変わりはない。


 また、ほかの祭祀と同様、精霊も熱狂する観客が大勢いるほうを好むのだ。

 衛兵に学院の生徒証を見せ中に入ると、ひしめく観客を押しのけて前に出る。


 耳をつんざく歓声。

 甲高い剣戟の音。

 闘技場ではすでに激しい剣舞がはじまっていた。


 参加人数は二十人ほどか。

 様々な種類の精霊が入り乱れて戦っている。


 最後に勝ち残った一人が、強大な軍用精霊と契約する権利を得る無制限戦闘バトルロワイヤル方式。

 カミトは、クレアの姿を目で探し――


「……っ!?」


 信じられない光景に、目を疑った。


 あのクレア・ルージュが――


 全身傷だらけの姿で、地面に這いつくばっていたのだ。


 クレアは、絶大な力を誇る契約精霊に対し、鞭と精霊魔術だけで戦っていた。

 全身を殴打され、壁に叩きつけられながら、何度も何度も立ち向かっていた。


「クレアっ――」


 助けにいくことはできない。

 カミトが助けに入れば、クレアは当然失格になる。


 そんなことをすれば、彼女はカミトを絶対に許さないだろう。

 ぐっと歯を噛みしめたカミトの目の前で、クレアの身体が吹っ飛ばされた。



     ◇



 ――弱い。どうして、あたしはこんなにも弱い?


 身体を地面に叩きつけられながら、クレアは唇を強く噛みしめた。

 舌に血の味がひろがる。どうやら口の中を切ったらしい。


 立ちあがろうとするが、手が痺れて動かない。

 脳震盪を起こしたのだろう。

 あばらの骨も何本かやられているかもしれない。


「くっ……!」


 それでも、まだ降参のカードは上げない。

 ゆっくりと膝をつき、震える脚で立ちあがった。


 キッと上を見上げる。中央の祭壇に祀られた石柱。

 その中には、帝都から搬入された魔人級ランクAの戦術級軍用精霊――〈グラシャラボラス〉が封印されている。

 過去の戦争で幾多の精霊騎士を倒した、名高い巨人精霊だ。


(……あれを手に入れれば、あたしは強くなれる)


 ――姉様を、きっと救うことができる!


「炎よ――我が手に舞い、踊れ!」


 自身に宿る神威カムイを炎に変え、手のひらに精霊魔術の火球を生みだした。

 契約精霊スカーレットからの神威カムイの供給がない状態では、優秀なクレアといえど、この程度の小さな焔を生みだすのが精一杯だ。

 当然、こんなもので精霊を倒すことはできない。


 だが、精霊使いのほうを狙えばあるいは――一抹の勝機はあるかもしれない。


「は? あんたまだやるつもりなの? 懲りないねー」


 ――と、前方から嘲笑するような声が聞こえてきた。


「……っ!」


 歯噛みして顔を上げると、二人の精霊使いが嘲りの表情を浮かべて立っていた。


 学院の上級生だ。

 それぞれ〈金剛精霊〉と〈魔鏡精霊〉を使役している。


「ねえ、ほんとにばかじゃないの? 契約精霊もいないってのに」

「あんたのそういうとこ、ムカツクのよね」

「……このっ!」


 せせら笑う二人の上級生めがけて、クレアは火球を放った。

 だが、火球は鉱石のような姿の金剛精霊に阻まれ、あっさり弾かれる。


「あははっ、なにそれ、精霊魔術? ――やりなさい、〈アダマンティン〉!」


 片方の少女が唇を酷薄にゆがめ、契約精霊に命令を下す。

 金剛精霊は青い輝きを放つと、突進してクレアの腹を殴打した。


「あぐっ……!」


 クレアの口からくぐもった悲鳴が洩れる。

 急所はあえて狙わない。

 じわじわといたぶって愉しんでいるのだ。


 それは精霊を愉しませるための華麗な剣舞ブレイドダンスではない。

 ただの醜い暴力だった。


「……生意気なのよ、あんた。あの災禍の精霊姫カラミティ・クイーンの妹のくせに」


 上級生の顔が憎々しげにゆがむ。

 全身を何度も殴打されながら――ようやく、クレアは思いだした。


 この二人、たしか一ヶ月前の訓練試合で、クレアが一方的に叩きのめした連中だ。

 あのときのことを逆恨みしているのか。


「なによその目は? さっさと降参しないと、ほんとに死ぬわよ」

「さっさと土下座して靴を舐めればいいのに。ほんと、愚かなところは

「……うる……さい、黙れ」


 クレアは、地面に撒かれた砂をぎゅっと掴んだ。


「ん、なんか言った?」

「黙れって……言ったのよ」


 だめだ。抑えきれない。


(姉様への罵倒だけは、どうにも沸点が低いんだ、あたしは!)


 砂を掴んだ左手に神威を込める。

 新たに刻まれた黒い精霊刻印が禍々しく輝いた。


 回路パスがつながった途端、全身が怖気立つような感覚が走る。


 こんなところで負けられない。弱い自分に価値はない。


(もっと、強い力をこの手に掴むために――!)


「なっ、契約精霊だと!?」


 上級生たちの目が驚愕に見開かれる。


「お望みなら、見せてあげるわ。これが――あたしの本当の力!」


 ゴウッ!


 クレアの手から放たれた黒い焔が、一瞬で金剛精霊を呑み込んだ。


 燃えさかる焔の中からあらわれたのは――

 ゆらめく漆黒の魔獣。


 スカーレットのような気高い焔ではない。狂気めいた闇の焔だ。


 グォ……ルゥゥゥ……!


 身の毛もよだつような獣の咆哮が、闘技場の空気を震撼させた。

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