怨嗟の輪唱

 時は少し巻き戻る。

 破壊の光より逃れるために無意識のうちに行動していたセーラは、なんと、部屋の中に有るごみ箱へ向かった。

「『真の神』は世界を支配することに特化した存在」という考えが頭をよぎり、部屋の中で一番支配の及んでいなさそうな、本能的に近づくのを忌避するものであるごみ箱を選択した。

 近づいた瞬間、セーラはごみ箱の中に吸い込まれた。

 なぜこのようなことが起きたのか。その答えはこの多元世界の管理マシーンにあった。

 管理マシーンは、パソコンの中に有るゲームなどの世界を管理するだけでなく、本などの世界を支配する機能を持っていた。

 『真の神』はセーラをバグと認識し、管理マシーンにセーラのスキャンという命令をした。

 その後、『真の神』は自分の支配する『人形達』に命令をしてセーラの抹殺を決意した。この時、管理マシーンはセーラを抹殺対象と認識したものの、自らには抹殺の命令が下っていないことから何もしなかった。

 だが『真の神』は正気を失った。『真の神』は管理マシーンの暴走を恐れていたこともあり、自分が眠っている時に勝手な行動をしないように制限を加えていた。具体的には眠っている時など正常な意識がない時に大事なファイル等を削除しないように、ファイルの完全削除を禁じる命令を下した。

 管理マシーンは、正気を失った状態は眠っている状態と同じと認識した。

 眠っている状態で『ゲームのキャラ』であるセーラを完全削除しないように、意識のない間は完全削除させないという命令に従い、セーラを捨てたものを元に戻せるごみ箱へ、まさしく『捨てた』。

 ごみ箱の中に移動されたセーラ。

 ごみを入れるために空いている上のスペースから光が差し込むものの、それ以外に光源がない暗き空間。


「これは……?」


 何かが漂っているのに気づく。それも1つではない。大量にだ。

 探知魔法を使う。しかしわからない。


「『光れ』」


 初歩的な光魔法を使い、辺りを照らす。

 この空間には木や建物、海といった様々なものが漂っていた。

 この中でも特筆すべきは、おぼろげな半透明な球体が無数に存在していたことである。


「まさか……これ」


 探知魔法の構成を変える。世界以上の存在を捉えるためのものから通常の探知魔法へと。

 反応があった。半透明な球体の正体を理解した。

 それは魂だった。


「探知魔法でも数を把握できない。一体、どれほどの魂がこの空間に存在しているの?」


 この空間は『真の神』が不要と断じて捨て去った世界の辿り着く先だった。

 物語の最初を見て面白いと思って造ったが、途中であまり作風に馴染めなくなり、捨てた世界があった。

 何度も楽しんで、飽きた世界があった。

 過程は様々だが、いずれも『真の神』に価値を見出されなくなり、捨てられたという事は共通だった。

 セーラはよく魂を探るといずれも弱った状態だった。


「『Voice of the heart ―― 心の声』」


 心を読むことのできる魔法を使う。すると――


「苦しい」

「痛い」

「助けて」

「嫌だ」


 苦しみの声が聞こえた。

 いずれの魂もこの何もない空間で、ごみ箱から取り出される時のために形だけは保存されていたが、それは氷結されていて凍える状態であり、魂が苦しんでいた。

 そして、


「憎い」

「許さない」


 その声にセーラは驚く。


「今、憎いって、許さないって言ったの……?」


 セーラの呟きに、魂達が一斉に答える。


「憎い」「憎い」「憎い」「憎い」「憎い」「憎い」「憎い」「憎い」「憎い」「憎い」「憎い」「憎い」


 膨大な怨嗟の声。しかし、セーラには福音に聞こえた。


「ああ、居たのね。私以外にも世界が操られていることを知っている者が。滅茶苦茶にされていることを憎んでいる者が」


 歓喜。心を読める魔法で自分の世界の人間たちの心を読んでいたセーラは、自分以外に世界の真実を知る者はいないと絶望し、そして諦めた。

 諦めていた心が、同じ存在がいることを知り、ここに呼び起こさせる


「さあ私と一緒に復讐をしましょう。私達は同じ苦しみを分かち合う仲間よ! ふふふ――」

「憎い」「憎い」「憎い」「憎い」「憎い」「憎い」「憎い」「憎い」「憎い」「憎い」「憎い」「憎い」


 憎悪を心中に抱きながらも、歓喜に震える。

 この空間では、セーラを物語のキャラクターへ戻すために感情を抑える力が薄かった。

 今までをはるかに超える憎悪と歓喜が湧き上がる。


「あはははははははははは――」


 その感情感知し、


『一定ノ感情ヲ確認。第■段階ニ相当。新タニ支配者ノチカラヲ与エル』


「復讐よ! 私達の地獄に叩き落としたあの『真の神』へ死を与えましょう!』


「そうだ」「そうだ」「そうだ」「そうだ」「そうだ」「そうだ」「そうだ」


 しかし真実の元凶とも言える存在の声は、憎悪にかき消され、セーラには聞こえなかった。

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