人対宇宙 その1
「行きなさい。人形達」
命令によって人間や動物を形取る人形が動き出す。
可愛らしい外見をしているが、そのいずれも1つの世界という莫大な質量を有しており、その攻撃は必滅の一撃となっていた。
剣を持った兵士が斬りかかる。兵士の持つ筒の先端から鉛の玉が発射する。虎が走り噛みつこうとする。熊が腕を振るう。
「「『Skip 64 times』 ―― スキップ64倍速』」
セーラは最大速度の加速魔法を使い、回避しようとする。
(しかし相手は複数の世界を支配する『真の神』。その程度の術では……)
「き、消えた!」
『真の神』は反応できなかった。悠々と回避できた。
(え!)
縦横無尽に部屋を駆け抜けながら、驚愕する。
多元世界を掌握する力を持つ様な怪物相手に通用するとは思っていなかった。
しかし、それは当然だった。本来、スキップとは恋愛ゲームなどを始めとする文章を読むゲームに搭載されている機能で、その役目は、既読の文章や自分に合わないと思った部分を高速で移動することで飛ばすことにある。
そして最も速いスキップは、利用者ですら望む地点を超えてしまうことを注意することが必要なものだった。さらにセーラは修練の果てに通常状態でもかなりの速さで動くことができるようになったので、倍速の元になる速さも尋常のものではなかった。
驚きつつも、隠し持っていたナイフを複数、投擲するセーラ。
神に向かい、顔や首、手等の肌が露出する部分に当たる。
だが、
(やはり簡単には行きませんか。)
『真の神』の目前に迫った時にまるで見えない壁にぶつかったように止まり、霧散する。
セーラは水魔法吸収という体質を利用して世界中の水や海、大気中の水分に加えて水精霊を吸収してきた。その力は一国を正面から相手取り滅ぼすまでに至ったが、世界を相手にするにはあまりにも小さかった。
だがどの様な実力差があろうと諦めてしまうような柔な復讐心ではなかった。高速思考しながら事態の打開を図る。しかしながら倒す手段が一つもなかった。
「もう本当にイラつく女ね。さっきのグロい首切り映像を目の前で見せられたことといい、ムカつかせるのが相当うまいようね」
(目の前で見た?)
目の前ということはつまり、あの兵士達を斬首した光景をすぐ側で視認していたことになる。
(でも、どういうこと? あの時は『こちらに来なさい』という声がどこからかしたはずなのに?)
無詠唱にて矢継ぎ早に魔法を人形に放つも、本体と同じく障壁に防がれる。
「ああああああああああ! さっさと死ね! ムカつく! ムカつく! 早く倒して、インストールし直して、マーク様に癒されたい。抱きしめられたい。キスされたい!」
(つまり、声がするまで直前まではあそこに居た。でも、どこに? 透明化していた? 違う。そうか。今、まるで『聖女』がされたことを自分のように言っていた! こいつは精霊魔法で精霊を宿すように、あの聖女に取り憑いていたんだ)
ほぼ正解だった。この『真の神』は自分の好きな作品を実際の世界として創造し、自分がヒロインという立場になり楽しんでいた。
しかし、『真の神』は世界を想像できても、おもしろい作品を作る文才がなかった。
自分が筋道から外れた行動でシナリオが破綻すれば、世界がつまらなくなった。
世界をシナリオ通りに進めるためにも自分ではない、シナリオ通りに動くヒロインを造った。
そして自分はヒロインに憑依して世界を謳歌した。
「管理マシーン! どうしてあれはあんなに速く動けるの!? あのゲームにあんな魔法があるなんて設定はなかったはずよ!?」
黒い箱ノートパソコンに指を打ちつける。
(あの黒い箱の中に何らかの管理を担う存在もしくは機能があるみたいね。命令は声と指で押すことで成立するのね。声の方が問題かしらね。どうにか怒らせてこちらに来させれば、手での命令は使えなくできたんだけど。声での命令は遠くからでもできそうだし。ああでも、声があったおかげで色々と知ることができたかもしれないわ。声で命令する習慣がついたおかげで、独り言をするような癖がついたようですし、あれの独り言でもっと情報を聞き出せれば……)
「システムのスキップモードを使ってるですって! どうしてゲームのキャラが使えるの!?」
(気づかれた……!)
「解決策はどうすればいいのよ。さっさと答えなさい! ……『時間を遅める術の解除を推奨』ですって? ああ、そうか! どうしてもスキップモードを搭載する際に、加速魔法を開発できなかったから、逆に私やゲーム自体を遅くしたんだった!」
(それって、自分を含めた世界全体の時を遅めていたということ? つまり私の加速魔法は時を速めたのではなく、遅くした時を元の速さに近づける魔法で……)
「『時間遅延』解除」
「なっ!」
術が部屋を満たす。その力はセーラにも及び、彼女から加速魔法が消える。
「人形達、今度こそ仕留めなさい」
「く……」
突進する人形の群れを地面へ倒れ込むようにして、寸でのところで躱し、急いで立ち上がる。
「よし、チートはなくなった。さっさと倒してゲームで遊ぼっと」
唯一の優位性が消え、絶体絶命の状況に陥る。
打開策は未だない。
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