神の領域

 景色が変わる。セーラは自分がどこか別の場所に転移されたことを自覚した。そこは元凶がいる場所のはずだ。不覚のまま攻撃をされないようにすぐに周囲に気を配る。

 己の運命を玩弄する『真の神』。それが住まう場所について彼女は、悪の巣窟のようなすべてが汚らわしい空間か逆に神殿のような荘厳な場所を想像していた。

「ここは……!?」

 それは部屋だった。貴族であるセーラの私室と遜色のない広さの空間に様々なものが置かれている。

 ベッドがあり、机があり、椅子がある。天上からはシャンデリアが吊り下げられて、壁を背にして存在するいくつかの本棚とそれに収まる本、ベッドには人や動物を可愛らしく象った人形が所狭しとある。また、至る所にキャンドルが置かれている。

 金属でできた箱(CDコンポ)があった。知らない言語で綴られた薄く細長い長方形の一部が透明な入れ物がいくつも重なっていた(CDやDVDが納められたケース)。よく見ると本も知らない言語でありまた彼女の知る本とは作りが異なっていた。

 整頓されているというわけではなく床の敷物の上には本や人形が乱雑に置かれていた。ごみ箱の近くに置かない程度の心配りはしてあった。

 そんな事よりも、


「管理マシーン。これをスキャンしなさい。直接呼び出したんだから、精度は上がるはずよ」


 体中を覗かれるような不快な感じがした。


「なんなのよ! どうしてバグなんて怒ったのよ!」


(そう、こいつだ。こいつが私を殺し続けた存在だ)


 辺りを見回していたがこいつだけは常に見ていた。直情にぶつかっていって罠に気づかないようなへまをしないようにと必死に激情を抑えていた。

 まさしく積年の恨みを晴らす千載の好機を前に我慢していたのは、失敗し無様に散ることを良しとしないからだ。


「ああ、もう! 管理マシーン! さっさと解決しなさい!」


 珍妙な箱(ノートパソコン)に話しかけ、手を打ちつける女。黒目黒髪の人間離れした美を持ち、自分が今まで見てきた芸術品が石ころに見えるようなドレスを纏う絶世の美女。

 浮世離れした容姿は、現実ではなくまるで人形のように、手を加えられた本物ではないような印象がある。


「詳細不明? もう、どうしてよ。これじゃあ、アンインストールしたってまたエラーが起きるかもしれないじゃない。このゲーム、シナリオ解放が面倒なのに、もう!」


 ヒステリックに呟く女。隙だらけな姿を前にセーラは複数の魔法を無詠唱で発動する。

 身体強化、知覚強化、防御魔法の構築とその隠蔽、その他諸々の魔法。

 祖国に伝わる一般的な魔法から、世界の真実を探っている内に手に入れた『システム』という魔法。

 ありとあらゆる魔法を重ねながら、しかし、勝てる確信がなかった。

 力を測定する魔法を使っても目の前のどれほどの力量を持つ存在なのか一切、分からなかった。


「……もしかして、ソフトに傷でもついたのかしら」


 箱(ノートパソコン)から円盤状で片面が光を反射する物体を取りだす。


(え?)


 それに探査魔法が反応した。


「うーん? 傷なんてないわよ……ね」


 手に持っている光る円盤。そこから彼女の知人の反応があった。


「ああ、もう分かんない! 最悪!」


(まさか……)


 『真の神』について様々な想像をしていたが、ここまでのことは考えてないかった。

 今しがた浮かんだ最悪の予想を確かめるべく、魔法を変化させた。対象は力を測る魔法。

 これまでは精密を重視した構成だったが、それをあえて緩めた。

 視覚強化の魔法をかけすぎて小さなものしか見えなくなってしまう状態から、メガネ程度の効果に変更するような要領で、精密な探知から強大なものを漠然と捉えるような構成に変えた。

 結果は成功だった。 


「くっ……」


 意識を向けられぬよう黙っていたが、意に反して声を発してしまった。だが小言で済んだことを賞賛すべきだろう。セーラが気付いた事実は泣き叫んでも納得するような絶望だった。

 

(あの丸くて薄い光るもの。あれは……私の居た所だ。人、物、国、空気、大地全てがあの中に詰まっていたんだ)

  

 一つの事実はさらに連鎖的に事実を浮かび上がらせ、さらなる絶望を呼ぶ。


(世界を自由にできる力を持っているとは考えていた。でも、こんなにもたくさんの世界を掌握しているなんて……)


 この部屋の中にある品々、一個一個から、セーラの世界と似た気配を感じる。

 本だけでも百はあった。他の物、特に敵の黒い女が操る黒い箱からさらに強大な気配を感じた。

 つまり、目の前の『真の神』とは、


「ああ、もういいや」


 百を優に超える世界を支配する存在であった。


「理由は後で考えるとして、先にバグを消すとするか」

 

 そしてその隔絶した力がセーラに牙を向ける。

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