死の一幕

 ラルク王国の首都にある広場、そこには群衆が押し寄せていた。

 パレード? 否。軍隊の出兵式? 否。

 それは処刑である。

 およそ、人を呼び寄せる出来事とは、正反対の人本能的に忌避する人が人へ死を与える残酷な光景。しかし多くの人間が集い、これから起こる処刑を望んでいた。

 広場の中心部――そこにはギロチンの処刑台が設置され、罪人がその刃へ血を供するのを待っている。

 一人の女が兵士たちに連れられ来た。金色の髪はくすんでおり、衣服も罪人用のものなのか、粗末な作りだった。

 広場に来るのが遅れ、ギロチンからは遠くに集まった人々の一部が最初に気づく。

 女へ向ける怒声が響き、やがてそれは瞬く間に広場全体へ広がった。


「道を開けよ!」


 兵士の言葉は群衆の声にかき消され、意味をなさなかった。

 続いて別の兵士が声を上げる。他の兵達よりもいくらか装備の質が良く、彼らのまとめ役のようだ。

 声量はほとんど変わらない。しかし同じ轍を踏む愚かな行為にはならなかった。


『炎よ。我より表出し、その猛りを示せ』


 言葉には力があった。天へと振り上げた手から炎が迸り、火柱を形取る。

 この世界において魔法とは最強の武力であり、力なき民衆にとっては恐怖の象徴でもあった。

 先ほどまでの狂騒が嘘のように静寂が訪れる。


「繰り返す。道を開けよ! 次はない!」


 魔法を放った兵士が言う。今度は素直に民衆は従った。


「進め」


 追い立てられるように罪人の女が前に進む。その足取りは重く、1歩、1歩が死へと近づくことなのだから当たり前だろう。


「さっきの隊長の魔法は失敗だったかもな」


 女の足取りの遅さに飽きたのか、兵士が雑談をする。


「どうしてだ?」


「だってさ、庶民達の姿を見てみろよ。シィンと静まり返ってさ。前に別の処刑を見たことがあるんだが、そいつは人を10人斬り殺し、23人を焼き殺した野郎だったんだが、ちょっと同情するくらい酷かったぜ、みんな石とかを投げつけてさ。ギロチンに着いた時にはボロボロで処刑前に死にそうだったぜ」

「成程。確かにそちらの方が良かったもしれないな。あれはそれだけのことを……いや、どのような罰を与えようとも、罪に釣り合わないだろう」

「私語は慎め」

「た、隊長……」

「これはあの方の思し召しだ。あれほどの悪人にも慈しみの心を持って、安らかな死を与えようとなさっているのだ」

「聖女様がそのようなことを……まさに噂道理の聖女様ですな。そういえばあの女は見たところ傷がなく変だと思っていましたが、拷問などもなかったようですな」

「しかし、私は釈然としません。あまりにも被害に合って死んだ者は極限の苦しみを死の瞬間に味わいました。それを味わした者が安寧の死を迎えるなどは納得できません」

「それは生者の感情だ。死んでしまえば地上ではそれで終わりだ。後は天上の御意志に任せようではないか」


(お前たちは何も知らない。この世に死後なんて存在しない)

 

 話している内に罪人を先頭にした集団はギロチンの台の元に辿り着く。


「階段を登れ」

「い、いや……」

「おい、この者を登らせろ」

「畏まりました」

 

 二人の兵士によって両側を押されるようにして無理やり登らされる。

 とうとうギロチンに拘束具に束縛され、頭と垂らし、その命は風前の灯となった。


『声よ空高く響け』

 隊長が魔法を発動し、この場に集うすべての者に聞こえるようにした。


「この者、セーラ・マルウスは悪魔と契約し王都にて3万を超す死者を出した咎により死刑に処する!」


 そして魔法の発動を一端止めて、


「聖女様の思し召しだ。せめて苦しまずに死ぬが良い」

「いやぁ! 死にたくない! なんで私が死なないといけないのよ! たかだが庶民が3万死んだくらいじゃない!」

(ああ、『また』だ、『また』死んでしまう、『また』流れの1つに収束した。『また』私の心とは別の言葉を発している)

「救いようのない……魔法停止解除。刃を下ろせ!」

「嫌ーーーー!」

(許さない。許さない。この殺され続ける地獄を作った存在を。そして、気づきもしないで愚か者どもを。許さない許さない許さない許さない。許さない。許さ――)


 ギロチンが首を切断した。

 群衆の歓声を上げた。


 ○


 ところで、このような話を聞いたことがあるだろうか。

 首を切断しても人間はすぐに死なず、数秒間は意識があるという話である。

 斬首された彼女には意識があった。ギロチンにはねられ、放物線を描いて上昇し、落下するまでの間を認識していた。

 『何度も』殺された彼女は、しかし、殺されることに一切慣れずに、ひたすら死に恐怖し、そして自分が死ぬ運命を作った存在を憎んだ。

 意識が失われようとする中、しかし、憎悪の感情はさらに極大化した。

(――ない。絶対に許さない!!)

 全ての音が消え、死を迎える刹那に抱いた感情に惹きつけられたのか、


『一定ノ感情ヲ確認。第■段階ニ相当。支配者ノチカラヲ与エル』

   

 無機質な何かの声がした。

 だが彼女は声を認識せずに死を迎えた。


 斬首による死。普通の世界ならこれで終わっていた。

 しかし、ここは女性向け恋愛ゲームの世界。ハッピーエンドを迎えた後に、新たに世界はロードされ、物語は始まる。

 登場人物の一切が以前の経験のすべてを失い、いくつかのルートの内の1つをまた歩む。

 プレイヤーが飽きるまで繰り返されるこの牢獄に、一人の少女が気付いた。

 この物語は、いずれの道でも死を辿り、世界から悪であれと定められた少女の反逆の物語である。


 ――この物語の末に宇宙が崩壊する。

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