花嫁、高額買い取ります!

いぬがみクロ

第1話

 ここ数十年、戦乱に巻き込まれることもなく、繁栄を謳歌している、とある熱帯の王国があった。

 王国の首都の名は、「ベンディジュアラ」。「花の都」との別名に相応しく、意匠を凝らした建物がずらりと並んだ、豊かで美しい街だ。近隣諸国の文化が流れ込んで交わり、新たな流行の発信基地ともなっているそこは、行き交う人々もやはり洗練されている。いわゆる「意識の高い」彼らは、毎日毎夜洒落た街並みに佇み、様々な物語を紡いでいることだろう。

 ――ところで。

 この物語の舞台は、首都「ベンディジュアラ」から少し離れた、のどかな郊外の村である。その村の名は「マンゴニー」といったが、別に覚えなくても構わない。

 さて、そのマンゴニーは、平和で静かで、住民全てが顔見知りであるほどの小さな村だった。名産品もなければ、観光地として人を呼び込めるようなスポットもない。ただひとつ人の目を引くとしたら、それは村外れにそびえ建つ、大邸宅くらいだろう。

 村の面積の四分の一をも占める、広大な私有地。その中心にあるかの家のことを、村人たちは皮肉を込めてこう呼ぶ。

「いなかっぺ貴族のハリボテ屋敷」と。









 ガヌドゥ家の庭園は広く大きく、そしてよく手入れされている。この素晴らしさは、王宮にも引けを取るまい。身内の贔屓目を抜きにしても、そう思う。

 ――だからこそ、虚しい。


「はぁ……」


 背が高く、引き締まった体をした少女が、広大な庭の中心にぽつんと一人、寂しそうに立っている。名を「ラシャ」というその少女がため息を吐くと、頭の上でひとつに束ねた金色の髪が、ふわりと揺れた。

 きっちり刈り込まれた芝生は青々と輝き、春の訪れを全身で歓んでいる。

 玄関ポーチの石畳の縁に沿って植えられたシュロは、すっかり背が伸びた。扇状の葉っぱは幼子の手のひらのようで、見るたびに笑みがこぼれる。

 噴水を囲むジャスミンも、つぼみが開き始めていた。もうじき鮮やかなピンク色の花を咲かせて、ますますここを賑やかにしてくれるだろう。

 ――こんなにも緑あふれ、芳しい良い庭なのに。

 ラシャはしゃがみ込むと、地面に生えている草花にぶつぶつと語りかけた。


「見てくれる人がいないんじゃ、寂しいだけだよね……」


 足元のクロッカスの、しっとりとした花びらを撫でると、ぴょこんと沈む。「そのとおり」と返された気がした。


「だよねー……」


 ――十年も前はたくさんのお客様が訪れ、皆さん、この庭を褒めてくださったのに。


 ラシャはのろのろと立ち上がると、地面についてしまった上衣の長い裾をはたき、土を払った。

 雨季は遠く、今日も快晴だ。鮮やかな青に染まった空を仰いでから頭を下げると、堂々とした邸宅の佇まいが視界に入った。

 妙に威圧的なその建物こそが、ラシャが使用人として仕える、ガヌドゥ家の屋敷だ。苦々しげに屋敷をしばらく眺めてから、ラシャは急にきょろきょろと辺りを見回した。妙な物音に気づいたからだ。


「……?」


 か細く、だが途切れることなく聞こえてくるそれは、どうやら人の泣き声のようだ。日の光に包まれた明るい庭に不釣り合いなその声を、耳を頼りに追っていくと、庭の端にある物置に辿り着いた。その時点でラシャは、誰が泣いているのか、察しがついてしまった。庭の手入れに使う道具や草花の種などをしまってあるそこに、なにかあるたび隠れるのが、「彼女」の癖だったからだ。


「よいしょっと……!」


 細くくびれた腰を落として、建てつけの悪い物置の戸に手を掛けると、全身の力を使って一息に開ける。途端、閉じ込められていたカビ臭い空気が、外へ逃げるように流れ出てきた。

 染料が剥げて、ところどころ亀裂の入った中の壁に目をやりながら、ラシャはふと、表の宝石のような庭よりも、本当はこの朽ちた物置こそが、ガヌドゥ家の実情そのものなのだと、そんなことを思った。

 物置の内側は暗く、目を凝らす。やがてそこにいた誰かの姿が、ぼんやりと浮かんできた。


「……お嬢様、でしょう?」


 呼びかけると同時に、一歩足を踏み出す。ラシャの足首にはまっていたアンクレットの鈴が、しゃらんと鳴った。

 物置の中の人影はびくっと体を縮こまらせたが、鈴の音のおかげで誰が来たか見当がついたらしく、弱々しく聞き返した。


「ラシャなの……?」

「はい、お嬢様」


 ラシャが返事をすると、人影はゆっくり立ち上がった。

 小さな明かり取りの窓から入ってくる外光に照らされ、浮かび上がったシルエットは、ラシャの予想どおり華奢で小さい。

 ラグスット・ガヌドゥ。ここガヌドゥ家の一人娘である。


「泣いていらしたのですか? お嬢様……」

「…………」


 ラグスットは答える代わりに、頬に残る涙の跡をごしごしと拭った。


「どうなさいました? 旦那様にまた何か……?」


 この家の主は使用人にもうるさいが、実の娘にも容赦がないのだ。

 ラシャが気遣わしげに尋ねると、ラグスットはなにも言わず俯いてしまった。


「旦那様の癇癪は、病気みたいなものです。あまりお気になさらないように……。ね?」


 ラシャの両親は、ガヌドゥ家の元使用人である。だからラシャも物心ついたときから同家に仕えているのだが、当主、つまりラグスットの父が人を――自分の家族にすら、思いやりのある態度を取るところを、見たことがなかった。

 ガヌドゥ家当主は、誰かがなにか失敗をすれば、罵詈雑言の限りに叱りつける。うまくやればやったで、その能力が妬ましいのか、重箱の隅をつつくように些細な事柄を挙げ連ねては、ねちねちと嫌味を言う。そのような、大げさに言えばクズ、控えめに言えばゴミといった風な男であった。

 そんな困った人物を父に持つラグスットは、しかし弱々しく首を横に振る。


「違うの。お小言を言われたわけじゃない……」

「それではいったいどうしたのですか?」

「………………」


 ラグスットは、ラシャのひとつ年下である。

 ラグスットが誕生すると、歳の近い娘がいるという理由で、ラシャの母親が世話係をすることになった。そのおかげでラシャとラグスットは姉妹のように育ち、今も仲がいい。もちろん自分の娘が使用人と馴れ合っているなどと知れば、ガヌドゥ家の当主は怒り狂うだろうから、あくまでも隠れて、だが。

 とはいえ、ラグスットが親しくつき合う使用人は、ラシャだけではない。ガヌドゥ家のこのお嬢様は、身分にとらわれることなく、皆と気安く接していた。

 父親は人格に問題があり、母親はそんな夫を嫌って、ラグスットが幼い時分に一人で実家に帰ってしまった。

 また、学校にも通わせてもらえず、歳の近い友人もいない。

 だからラグスットは温もりと友情を、使用人たちに求めたのだろう。

 そういった事情もよく知っているから、ラシャはラグスットが不憫でならなかった。

 本当だったら肉親の深い愛情に包まれ、貴族の一人娘に相応しく、蝶よ花よと大切に育てられたはずだろうに――。


「お嬢様……。おつらければ、なんでも私に話してくださいね。少しは楽になるはずですよ」


 ラシャが促しても、ラグスットは黙ったままだ。言いたくないのではなく、どうしようか迷っているのが伝わってくる。


「私がお嬢様の願いごとを、叶えられなかったことって、ありましたっけ?」

「…………ない」

「でしょう?」


 ラシャはいたずらっ子のように笑う。その笑顔は、ラグスットが小さなときから見慣れたものだった。

 おねしょをしたシーツを洗ってくれたとき。

 どうしても食べたかったプリンを作ってくれたとき。

 ラシャがそうやって笑ってくれるたび、ラグスットの悩みはいつだって跡形もなく消えてしまった。

 ――だけど、今度ばかりは、その魔法も効かないだろう。

 逆に諦めがついたのか、ラグスットは重い口を開いた。


「私の結婚相手が、決まったって……」

「……!」


 ラグスットの瞳に、みるみる涙が溜まっていく。


「ごめん……。ごめんね。ラシャの顔を見たら、気が緩んじゃって、また……」

「………………」


 こんな風に悲しんでいるということは、決まったという結婚相手は、いや、結婚話そのものも、ラグスットの意に沿わぬものなのは明らかだった。

 それはそうだろう。なぜならラシャは、知っている。

 この不幸なお嬢様が、この家に出入りしている牧夫と、実は恋仲だということを。


「ラグ様、お嫌なら、旦那様にはっきり仰ったほうが……」

「ううん、いいの……。お父様からは、もう随分前から言われていたから。私が良縁を掴むことで、この家は蘇る。そうすれば、ここで働く人たちの生活も安定する。――金持ちの男を捕まえて、玉の輿に乗ることが、この家に生まれた娘の責務だって」

「そんなことって……!」


 つまり、金目当ての結婚ということか。

 ――この家の主は、実の娘を売るのだ。

 ラシャの胸には、怒りがムカムカとこみ上げてきた。

 あのクソオヤジは、なんて勝手なことを言うのだろう。当主こそ、彼が言うところの「ガヌドゥ家に生まれた者の責務」なんて、なにひとつ果たしていないくせに。

 そのうえ「使用人たちのため」などと、卑怯な脅し方をするなんて。そんな風に言われてしまえば、小さな頃から彼らと家族同然に暮らしてきたラグスットは、義理に縛られて動けなくなる。

 まさにクズ、まさにゴミ――。

 頭に血が上る。だがここは、冷静にならなければ。なにしろ妹のように大事なラグスットの、一生が懸かっているのだから。

 ラシャは火のように熱くなった両頬をぴしゃりと叩き、頭の中で考えを巡らせた。


 ――大体、使用人たちのためって言うけど。


 ラシャはこの家で働く面々を思い浮かべてみた。

 この家に残っている使用人は十名ほど。その中に、切羽詰った事情を抱えている者はいないはずだ。

 なんとなくというと語弊があるが、惰性で残っているのが少々。それ以外の大半は、ラシャと同じく、可哀想な令嬢を放っておけないという理由で、ガヌドゥ家で働き続けているのだ。

 ――そうだ。少なくとも、ラグスットの人生を犠牲にしてまで、身の安泰を図りたいという輩はいないはず。

 娘の代償として転がり込むはずの金品。それがなくて困るのは、むしろ当主のガトゥール一人だけではないだろうか。


 ――よし。


 ラシャは決めた。


「お嬢様、私たちのことは気にしないで。あきらめてはダメです!」

「でも……」

「私にお任せください! 絶対にあなたを幸せにしてあげる!」


 ラシャは力強く自らの胸を叩いた。


 ――ラシャがそんな風に笑うときは、いつだってうまくいく。


 ラグスットは姉代わりの使用人の、頼もしい魔法の笑顔に、しばし見惚れた。









 ガヌドゥ。

 そもそもこんな名前を持つ家に生まれさえしなければ、ラグスットは今よりもっとマシな生活を送っているはずだ。

 ラシャが仕え、ラグスットが育ったガヌドゥ家とは、古くは王族との繋がりもある、由緒正しき貴族であった。栄華を極めた時代もあったそうだが、しかし当主がラグスットの父であるガトゥールに代わり、相次いで事業に失敗。財産のほとんどを没収されてしまった。その結果、現在のガヌドゥ家に残されたのは屋敷だけという、悲惨な状況に陥ってしまった。典型的な没落貴族といえるだろう。

 だからラシャは、ガヌドゥ邸を見ていると切なくなる。

 貴族としての体面を保つだけで、中身がない。口さがない村人たちに揶揄されるとおりの、「ハリボテ屋敷」。

 そして、それを維持するためだけに自分は働いているのだと思うと、やるせなくなる。沈みつつある船に乗せられて、やりがいを持てというのは難しいことだ。

 ガヌドゥ家の娘であるラグスットは、ラシャを初め、この家の現状を歯痒く思う人々の苛立ちを、敏感に感じ取っている。だから、自らを犠牲にすることを厭わないのだろう。

 父の罪を償うかのように、自身の恋心を封じ、好きでもない男と結婚することを受け入れる……。

 ところで、同じくこの家の使用人だったラシャの両親は、横暴で無能な主に見切りをつけ、今は別のお屋敷で働いている。

 父も母も優秀な人物なので、働き口には困らない。他家に移る両親に「一緒に来ないか」と声をかけられたのだが、ラシャはその誘いを断った。

 ガヌドゥ家に未練はない。ただどうしても、妹のように可愛がっているラグスットを、残していくことができなかったのだ。

 だから――。ラグスットがガヌドゥ家の犠牲になってしまっては、本末転倒である。

 大切な彼女を幸せにするためだけに、ラシャはガヌドゥ家に残っているのだから。









 その晩のこと、ラシャは早速使用人を全員――といってもたいした数ではないのだが、皆を食堂に集め、昼間知った事情を話して聞かせた。

 ラグスットが、金のための結婚を強いられていること。彼女には既に意中の男性がいて、とても苦しんでいること、などである。


「と、いうわけなの。私はこんなの許せない。ぶっ潰してやろうと思ってる。――みんなの意見は?」


 時刻はまだ二十一時を過ぎたばかりだが、この家の主であるガトゥールはとっくに夢の中だ。

 日が沈むと共に、歳の割に量の多い晩酌を楽しみ、そして眠る。それがこの家の主の、何十年も続く日課だった。

 仕事や親しい友人、心の通った家族もなく、よそからもお呼びのかからないガトゥールにとって、一日はひどく長いのだろう。

 だからまだ早い時間に大量の酒を飲み、死んだように眠ってしまう。


「…………」


 ラシャの説明が終わると、使用人たちは互いの顔を見合わせた。

 一番最初に口を開いたのは、一人のメイドである。


「いいんじゃないの~?」


 メイドの名は、ジーン。この辺りでは珍しい白磁のような滑らかな肌と、ゆるく波打つ長い赤毛、そして神秘的な緑色の瞳が特徴の女性である。

 履歴書によれば、年齢は二十四歳。だがそれについて、ラシャは疑いを抱いている。妙に世間慣れしたジーンの態度からは、老成したものを感じるからだ。


「恋愛は自由だもんねえ。そっかあ、ラグスットお嬢ちゃんにも、そういう相手がいたのね~。ちょっとびっくりしたけど、幸せになって欲しいわあ。あの子って可愛くて健気で、あたし好きなのよねえ」


 厚い唇から漏れる声はわずかに低く、常に気だるく、妙にセクシー。

 少々垂れ目だが、いや、それも魅力だろうジーンは、こんな田舎でくすぶっているのが不思議なほどの美人である。しかしその整った顔よりも目を引くのは、彼女の――。


「それにしても、妹分に先を越されちゃダメじゃないの、ラシャちゃん」


 ジーンは意地悪く笑いながら、頬杖をついた。その拍子に、机の縁に、二つの塊がのっしりと重たそうに乗る。

 ――おっぱい。

 ジーンの胸元で盛り上がった、巨大な双山のサイズは「I」を軽く越えている。

「ジーンといえば、おっぱい」。男たちは影でそう囁き合っているらしい。

 ラシャなどは失礼な話だと思うのだが、ジーン自身はちっとも気にしていないようだ。


「ラシャちゃん、あんたもう二十歳(はたち)でしょう? その歳で男の一人もいないっていうのは、ちょっと問題よお?」


 ジーンの流し目を無視し、ラシャは次の人物の意志を確かめた。


「バフラは、どう思う?」

「え? ああ……」


 ラシャに話しかけられた年配の女性は、しばし言い淀んだ。


「バフラ?」

「ああ、ごめん。突然の話だったから、びっくりしちまって……。そうかい、あのお嬢ちゃんがねえ。あんなに小さかったのに……」


 バフラは感慨深そうに目を細めている。

 白髪混じりの髪をきりりとひっつめ、背筋もしゃんと伸びたこの人は、もう六十歳を越えているはずだ。しかしまだまだ若い。

 受け持ちは厨房で、大変腕の良いシェフである。そしてバフラは使用人の中で一番の古株で、もう四十年近くこの屋敷に勤めているそうだ。ラシャやラグスットが生まれた当時は言うに及ばず、若かりし頃の当主のことさえも知っている、貴重な人物である。


「うん……。それで、どうかな?」


 バフラはゆっくり頷いた。


「まあ……そうだね。ラグスット嬢ちゃんの言うことを、旦那様がお聞きになるとは思えないから、仕方がないか。嬢ちゃんのお相手の坊やも、なかなかいい子だしね。――協力させてもらうよ」

「あ、そうか。バフラは、お嬢様のお相手と、話す機会もあったのよね」


 ラグスットの恋人はこの家に出入りしている牧夫で、毎日厨房に乳製品や卵などを納めに来ている。それがどういうわけだか、令嬢であるラグスットと出会い、親しくなったのだ。


「ねえねえ、どんな男なのよ。うちのお嬢様のハートを射止めたのは! イケメンなの?」


 ジーンは胸にぶら下げている肉の塊をぷるぷると揺らしながら、机から身を乗り出した。興味津々の様子である。


「いや、はっきり言って、ありゃ地味メンだね。でも若いのに礼儀正しいし、明るい、いい子だよ。雇われ牧夫らしいけど、畜産に関する知識もしっかりしたもんだ。あれは相当勉強してるね」

「へえ……」


 バフラの人を見る目はなかなか厳しいのだ。その彼女がこれだけ褒めるということは、ラグスットの恋人はなかなか見所のある、好男子に違いない。ラシャはそっと安堵した。


「だけど……。お嬢ちゃんがいなくなっちまったら、旦那様は悲しむだろうねえ」


 しんみりと続いたバフラの言葉に、一同は耳を疑った。


「ええ? 旦那様が? そりゃ、お金が入ってくる予定が狂って、怒るかもしれないけど、悲しんだりするう?」

「なに言ってるんだい! たった一人の家族がいなくなって、悲しまないわけがないだろ!」

「そうかなあ……」


 皆が首を傾げる。ラシャは特にそうだ。ラシャの知っている主は娘を怒鳴ってばかりで、普通の親ならば持っているだろう情など、皆無に見えるからだ。


 ――旦那様みたいな人が、そんな人並みの感情を持っているかしら?


 疑問に思いつつ、ラシャは次の使用人に声をかけた。


「じゃあ、小太郎。小太郎も協力してくれる?」

「うむ。お嬢様には大変世話になった。微力ながら、喜んでお手伝いしよう」


 この堅い口調の男は、小太郎という名の庭師だ。三年ほど前にふらりと現れ、ガヌドゥ家に雇われた。

 黄色味の強い肌や、漆黒の髪と目から分かるとおり、海の向こうの東国から流れてきた若者である。それ以外の生い立ちや事情は、本人が頑なに語ろうとしないので、一切不明である。

 年寄りくさい喋り方に反して、小太郎の顔立ちや姿は若々しい。恐らく二十代前半ではないかと思われるが、東国の人間は実際の年齢より幼く見えるらしいので、正確なところは分からない。

 こう説明すると、かなり怪しい人物のように思えるし、実際そのとおりなのだが、小太郎自身が要求した給金の額がひどく安かったため、ガヌドゥ家当主は喜んでこのサムライを雇った。仕事ぶりは丁寧で、腕もいい。

 そして、外国人ということで浮いていた彼が、同僚と仲良くなれるよう気を配ったのが、ラグスットなのである。


「心細い想いをしておった私に、お嬢様は温かく接してくださった。せめてものご恩返しだ」

「――うん。じゃあ、みんなもいいね?」


 ラシャは使用人たちに向き直った。


「分かってると思うけど、この作戦がうまくいったら、みんなこの家での仕事を失うことになる。覚悟はいい?」


 誰一人として反対の意を唱える者はなく、仲間たちは皆、決意の滾った眼差しを返してくる。

 ラシャは不敵に微笑み、天に向かって拳を突き出した。


「じゃあ、いっちょやっちゃいましょう! お嬢様を無事に逃し、この縁談をぶっ潰す!」

「おう!」


 静かな室内に、勇ましい決起の声が、高らかに響いた。





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