Seven Wolves :エピソードⅦ 新たなる出航
神無月 隼一郎
PROLOGUE
Are You Ready?
ん?
ここが何処かって?
そうだな…
簡単に言えば薄暗い廃墟といったところだろうか。
ビルや建物はどれもボロボロで、ガラスはほとんど割れている。明かりはどこもついていない。道には空き缶や雑誌やゴミが散らばって、清掃など何日もされてないらしい。
車も停まっているが、こちらも錆びついて、逆さまにひっくり返ってる物まである。
周りには誰もいない。誰も…。
まるで、『世界の終わり』とでも言うのか…。
そんな廃墟の真ん中に位置する十字路― そこに彼は立っていた。
周囲とはまるで異なる雰囲気の不思議な男である。
年齢はよく分からない。
まあ見方によっては二十代にも四十代にも見えるのだが、そういったものとは別次元の違和感… 人間離れした雰囲気だ。
端的に言えば美形なのだが、どこか作り物めいたような、異常に整った顔つきにサングラスをかけているものだから、ますますよく分からない。
黒いロングコートを羽織って、コートの下はシワひとつない白いシャツと黒いスラックスと革靴だけだ。
シンプルな服装だが、それで充分と言えるほど整った外観だった。むしろ余分なものを徹底的に削ぎ落とされたかのような洗練さすら感じられた。
左手には杖を握っている。
といっても、足が悪いわけではないことはすぐにわかった。体に芯でも通っているかのように真っ直ぐ立っているのだから。
杖の先端には紫色の宝石らしきものが嵌められている。その外観から、介護用などではなく礼装用か何かなのだろう。
ふと、彼がポケットから何かを取り出した。
ある意味、周囲の雰囲気とマッチした物かもしれない。古びた懐中時計だ。それも手巻き式で、飾りもない。
周囲が静かで物音がしないせいか、針の音がコチコチと響く。
「さて… 始めるか」
しばし時計を眺めてからポケットに戻しながら言うと、彼は二歩後退した。
次の瞬間― 地面が弾け、銃声が響いた。
恐らくは狙撃用ライフル、それもサプレッサーを装着している。完全に音を消すことは無理でも、方向を誤認させ狙撃主の位置を分かりにくくすることができる。
だが、着弾した位置は彼の二歩手前の辺りだった。
「着弾してから銃声まで一・四七秒… 五百メートルほどか。いい狙撃だ」
まるで天気の話でもするかのように淡々と口にする。
ライフルによる弾丸は、音速を遥かに上回る超高速弾だ。長距離から撃てば、着弾した後に銃声が聞こえてくる。
そして、それが正しければその長距離の高速狙撃弾をこの男は避けたということになる。
人間業ではない。
「だが、気配を殺せていない。喧騒の中ならともかく、これだけ静かな場所では察知されるぞ。ターゲットだけに意識を奪われるな」
そう言うと、左手の杖を横に振るう。
二発目の銃弾が弾かれた。弾道を逸らされた弾はあさっての位置に当たる。
一方、五百メートル離れた場所では―
「…狙撃失敗。狙撃位置も把握されたわ。各自、攻撃開始」
失敗の焦りや動揺はなく、凛として落ち着いた声で女性が告げる。
「やれやれ。サプレッサー付けてもやっぱり無理か。どれだけ人間離れしてるのよ」
呆れが混じった様子でつぶやくと、ライフルは置いて走り出す。
* * *
黒コートの男性は散歩でもしているかのように歩いていた。
左手の杖は握っているだけで地面につくことはなく、スムーズな足取りでコツコツと歩く。右手はポケットに入れたままで、とても緊張感は見られない。
ふと、彼の眼の前で何かの光が走った。
電灯? 火花? いや違う… それは雷光だった。
男性は足を止める。
黒のコートが渦を巻くような速さで旋回し、左手の杖を右手に持ち替え―
「ハッ!!」
ガキィイィイイイ……イィイイ…ィィィン…
やや低い男の声と共に振り下ろされた刃を、なんなく杖で受け止める。
刃と杖が打ち合い、清澄な響きが轟く。
普通の剣速では、ここまで鋭く響くことはない。背後から一瞬で距離を詰め、その勢いを殺さず剣撃に繋げたのだろう。
「……」
「……」
そのまま両者は膠着。周囲の時が止まったかのようだった。
背後から剣を振るった銀髪の青年―恐らく十代後半であろう若者―は強張った生真面目な表情を浮かべているが、黒コートの男性はまったく表情が変化していない。
一見、鍔ぜり合いのように見えるが、青年がどれだけ力を込めて剣を押し返しても、杖は微動だにしない。余裕の差は明らかだった。
「前方に雷を光らせて意識を逸らし、背後から狙う。悪くない。剣筋もいい」
「…ありがとうございます」
「だが、動きが直線的すぎるな」
「…はい」
淡々と語る男性の言葉を噛みしめるように、青年は頷く。
「そして、最初の一撃のみで相手を倒せることは決して多くはない」
言い終えると、男性は杖をひねらせ、剣をさばく。流れるように旋回すると、そのまま青年の右肩に杖の打撃を加える。
「ぐはっ!」
青年はうめき声を上げ、膝をつく。
「二撃目、三撃目と続けて放てるようにすることだ。それが勝敗を分けることもある」
諭すように言い終えると、青年に背を向け歩き出す。
「…ご教授、痛み入ります」
勝敗を分けられた青年は痛みをこらえながらも、敬意を込めて頭を下げる。
* * *
突如、黒コートの男性の周囲に炎が立ち昇った。
その炎は周囲を囲むというよりも閉じ込めるかのように広がっていく。まるで炎に意志があるかのように秩序めいた動きだ。
さらに不思議なことは、その炎の色だった。
一般的な赤やオレンジ、もしくは青のような色ではない。緑色に近いが、全体的に透明感があり澄んだ色をしている。宝石のように明るく美しいその様子は、〝翡翠色〟と表現するのが最も適しているだろう。
しかし、炎は炎。熱の帯に囲まれているのだから、動きを封じられたことになる。だが彼は汗ひとつかかずに平然としている。
「なるほど。相手を制するには効果的だ。上に逃げれば狙い撃ちされる」
まるで他人事だ。続けて右手に握った杖の上下を逆にし、先端の宝石を下に向ける。そして、宝石を左足の前あたりの地に着けると―
「しかし肝心の炎がこうも分散してはな…火力不足だ」
そのまま片足を軸に、全身を一回転させ、杖を振りぬく。まるでフィギュアスケートのスピンのように優雅な動きだ。
凄まじい勢いの砂と土と風が、彼を中心として全方位に飛び散る。それはもはや砂嵐だ。
その結果、彼を取り巻いていた炎は一瞬で消火されていた。
「あっちゃー… こんなにあっさり消されちゃうとは思わなかったにぁ」
まるで猫のような飄々とした話し方をしながら、若い少女が姿を現した。
頭をポリポリとかきながら崩れた姿勢でいる様子からも、どこか野性味を感じる娘だ。
「あれで火力不足かー… そりゃ一点に集中すりゃ火力高いけど当たらないし…」
そう言いながら少女が手のひらをウエイトレスのように上にかざすと、そこから翡翠色の小さな炎が現れた。
少女の手には燃えるような物体など何もない。無の空間から炎が何の前触れもなく生じたのだ。
「それは違う。〝魔法〟は集中力だ。短時間であれば強い炎で囲むことも不可能じゃない。もう少し精神を鍛えることだな」
黒衣の男は驚いた様子もなく、傍らに立つ少女にそう告げる。
次の瞬間、何の前触れもなく― フッと…… 消えた。
「集中力次第では、こんなことも可能だ」
「ひぃッ!」
彼はいつの間にか少女の後ろに立っていた。
今の今まで話していた相手が一瞬で背後に回ったのだから、驚くのも当然である。
「サラッと背後に立つのやめて。地味に怖い…」
一気に集中力が乱れたせいだろう。彼女の手から、炎は消えていた。
そして少女の目の前―彼がさっきまで立っていた場所―に何かが落下してきた。
落ちてきたのは鉄球だった。
ビリヤードボールほどの銀色の球型金属で、そこそこ重さもあるようだ。
「もちろん〝超能力〟にも同じことが言える」
その言葉に反応するように、続けて鉄球が二つ― 上空から落下してきた。
二つの鉄球は空中で軌道を変え、黒衣の男に向かって飛んだ。
ただ落ちてきただけなら起こり得ない動きだ。野球の変化球でもこんな動きはするまい。
その鉄球には明確な意志があった。
二つの鉄球は軌道を何度も変えながら飛行― しかし彼はそれを難なく回避していた。
どれだけ接近しても、次の瞬間には彼は離れた場所へと姿を消していた。
「二つを同時に操作して、しかもそれぞれに違う動きをさせているな。見事だ」
と言いながら、自分に向かってくる鉄球の一つは回避。もう一つは避けずに素手でキャッチされていた。
「だが、ただ狙うだけでは駄目だ。相手の動きを予測しろ」
…そして掴んだ鉄球を背後に無造作に投げる。投げる先を見ることもなく。
投げられた鉄球は飛行していたもう一つに命中した。まるで、ビリヤードのショットのように二つが弾け合い、金属音が響くと、やがて鉄球はどちらも力なく落下した。
「…やっぱり正確なコントロールは難しいです」
そう言いながら鉄球に続けて別の少女が落ちて― いや、降りてくる。
空中を落下しているはずなのにその速度が異様に遅いのだ。まるで羽毛のようにゆっくりと下がってくる。
同時に、三つの鉄球が空中に浮き始める。ふわふわと漂うように移動しながら、降下してくる少女の周囲をただよい始める。
やがて少女は音もなく着地した…と思われたが、足の下にはわずかだが隙間があった。完全に地につくことなく、空中で停止…つまり浮かんでいるのだ。
手と指を体の前でそろえながらまっすぐ浮かぶその様子は、横に立つ猫の様な少女とはあらゆる点で対照的だ。柔和な雰囲気で緊張感はないが、ごく自然に姿勢が整っている。野性味などまったく感じられない。
「リラックスしながら自然と意識を集中させること… 具体的には慣れることだ」
「はいっ」
「へーい」
黒衣の男の言葉に、これまた対照的な返事を返す二人。
そして彼は再び歩き出す。
* * *
歩きながら再び彼は懐中時計を取り出した。周囲に変化は現れていないことを見ると、まだそれほど時間は経っていないのだろうか。
しかし、周囲はすでに終わってしまったかのような暗さを醸し出していた。まるで本当に時間が止まったようにすら思える。
「時は飛ぶ…ある意味真実だな」
そのつぶやきにはどんな意味があったのだろうか。答える者はどこにもいなかった。
代わりに、彼の頭上には影がかかった。
「ほう」
男性が見上げると、車が降ってきた。
当然だが、車というものは重い。降ってきたのは普通自動車だが、それでも平均一トンはある。そんなものの下敷きになれば助かるはずがない。
だが、彼は避けることはなかった。
「普通車一台か。なかなかだ」
その男は車を受け止め、持ち上げていた。しかも右手一本で。一体この細い腕のどこにそんな力があるのか?物理学者などが見れば頭を抱えそうな光景である。
左手に握った杖を地面に突き刺し、立たせる。空いた左手は横に翳し、手のひらを開く。
次の瞬間、風切り音と共に銀色の板が飛んできた。車の下の男を横から薙ぎ払うような軌道である。
「車の下じきにして動けなくすれば、確かに避けられないな。いい判断だ」
涼しい声で言いながら、飛んできた銀の板を彼は素手で受け止めていた。ただの板ではない。それは巨大な刃物だった。
「さて、二つも抑えるのは些か面倒だな」
右手で車を持ち上げ、左手で銀の刃を掴みながらそう呟くと、右手を振り車を放り投げた。
一トンもの巨体が放物線を描いて宙に舞う。まるで石ころでも放ったかのようだった。
続けて左手に握った銀の刃を車に向かって投げつける。車を放ったときに比べると鋭い腕の振り方だった。銀板は高速で横回転し、激突すると車は真っ二つに切断された。
「いい切れ味だ。よく手入れしてあるな」
投擲した腕を下げると、今度は軽く身を姿勢を下げ、唐突にバックステップ。さて、今度は何を意味するのか?
「ごはっ!」
その答えは背後から正拳を打ち込もうとしていた少年に与えられた。
後退した勢いのまま、背後の少年の鳩尾に肘鉄を喰らわせるという結果が答えだった。
「間合いを正確に把握しきれていないとこうなる。背後をとったからといって、気を抜くな」
少年は背後から正拳突きを打ち込むつもりだったらしく、腕が伸びたままだ。しかしそれよりも素早く男が後退したため、空振りに終わった。
黒衣の男性もそれほど強く喰らわせたわけではないらしく、少年は素早く後退し、両手の握りこぶしを構える。
と同時に、再び風切り音が聞こえた。
「そうだったな」
二度目の銀の刃の軌道も、あっさりと素手で捕えられた。何処から来たのか不明だが、先ほど男性が投げたものと同じものだ。
「返すぞ」
黒衣の男は銀の刃を無造作に放り投げると、飛んでいった先でゴンという音がした。
「ぎゃっ!」
同時に別の誰かの声が響いたが、誰も気にしなかった。
「さて―…」
先程の殴りかかってきた少年に向き直る。鋭い目つきの少年だった。一般人であれば威嚇だけで追い払えるであろう気迫があった。
しかし―
「来い、
黒衣の男には全く効果がなかった。
* * *
「はあっ、はあ…ちくしょう、かすりもしねえ」
乱暴な口調で少年は悪態を突く。
その後、少年はあらゆる拳技と足技を男に放ったが、届くことはなかった。
「動きは決して悪くない。だが、眼に頼り過ぎだ。大切なのは感じることだ」
「…ふん」
少年は息を整えるとそっぽを向いて腕を組む。
「そう拗ねんなって」
そう言いながら別の少年が姿を現した。肩に先ほどの銀の刃を担いでいる。年齢的には目つきの悪い少年と同じくらいだろうか。しかし雰囲気も容姿も全く違う。
特に違うのが髪の色だった。
目つきの悪い方は墨の様に艶のある黒髪だったが、少年の方はおよそ自然にはありえない色…ピンク色だった。より正確には鮮やかで赤に近い、ショッキング・ピンクと表現するのが正しい。しかし、染めているにしては鮮やか過ぎる。
「やっぱり凄えなー…よくあんな速くパンチ打ちまくれるな。よけんのはもっと凄いけど」
「うっさい、黙れ」
黒髪の少年はつれなく答える。
「二人とも個々には未熟だが、だいぶ連携がとれるようになってきたな」
そして男性は懐中時計を再度確認する。
「そろそろだな」
その言葉と同時に、甲高い金属音が周囲に響いた。音量としては大きいが、不快に感じさせる音ではない。この音とメロディを聞けば大半の者はある場所を思い出すだろう。
鐘の音… チャイムだ。
「はーい、時間だよーン」
どこからか少女の声が響く。声の感じからしてかなり幼い。恐らくスピーカーから流れているのだろう。
黒衣の男性が告げる。
「今日のレッスンはここまでだ」
「はいッス!」
ピンクの少年が快活に答える。
続けて黒衣の男性が指をパチンと鳴らすと、辺り一面の風景が変わった。それまで廃墟のような荒れた空間だったはずが、建物や岩や車…地面の土までも消えていく。
後に残ったのは滑らかなフロアの床に高い天井に囲まれた広い空間― 体育館だった。まるで本当の『終わってしまった世界』のように感じられるほどリアルだった空間は、立体映像― ホログラムだった。
周囲に散らばっていた六人が集まり、その空間を後にしていく。
「ふー、つっかれた~」
「でもみんなちゃんとフォローし合えてたと思うよ」
「やはり、このレッスンは気が引き締まりますね」
「みんな、ちゃんと体をほぐしておかなきゃダメよ」
「次こそは絶対に…」
「さて次のレッスンは何かな~ハイホー♪」
「みんなお疲れ~」
体育館内で闘っていた六人を、幼い少女が迎える。年齢にして十歳程度だろうか。他の六人と比して大分小さいが、背伸びしながらそれぞれとハイタッチをしている。
…何故かその少女の頭には機械の球体が乗っかっていた。サッカーボールほどの大きさである。
外に出ると、眼の前に広がっていたのは、長方形の横長の大きな建築物だった。
高さは五階程度だが、その総体積はかなりのスペースがある。ある意味で特徴的な建物だ。見る者が見れば、それが何なのか察するだろう。
学校だ。
「来週までに、各自もう少し仕上げておくことだな」
黒衣の男性は、それだけ告げると校舎の中に入っていく。たった一人で六人を相手にしていたのに、全く疲れた様子がない。
「はい、〝マスター〟」
七人が声をそろえて応える。
そう。
ここは『ウォルフォード・インターナショナル・スクール』… 通称『ウルフ学園』。そして、これがこの場所でのオレたちの日常ってわけだ。
〝マスター〟が学長を務める、全寮制の特殊私立国際学校。
同時に、民間特殊レスキュー部隊〈リヴァティーンズ・ウルフ〉の七人のメンバーそれぞれが集う場所―
そして、オレらの『家』だ。
わかったかな?
わかるわけないよな。まあそれはいい。
じゃあ、これがごく普通のよくある話かって?
もちろん、そんなわけないさ。
なら、オレ達七人は何者かって? いい質問だ。
でも、本当に聞きたい?
OK、OK。それじゃ、これからゆっくり話していくさ。
といっても、オレが初めてここに来たのは、ほんの三か月前だった。
それまでのオレはどうしてたかって?
よし、そこから話すかなー…
Are You Ready to Rock?
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