第6話 アイドルへのサプライズ法
七月十五日。
ボクらは、ライブの書き下ろし曲の打ち合わせに来ていた。
どういう曲にするか、ボクらにも考えてほしいからゆえの打ち合わせなのだそうだ。でも、瑠衣センパイは何か疑ってる。何故なら辻さんがとても嬉しそうだから。
辻さんは、何というか素直な人で。サプライズとかの前ににやにやしてしまって「あ、何かあるんだな」ってわかってしまう。
それに、五日後が瑠衣センパイの誕生日だからなおさら。瑠衣センパイは誕生日のことに気づいてないけど、「何かあるのだろう」とは思っていると思う。
「じゃあ、中に入って待っててね。すぐ作曲家の人連れてくるから」
「はーい」
そういって、辻さんはやっぱりニコニコした顔のまま去って行った。
「何かあるんだろうなぁ」
「あるんだろうね」
そんなことを呟き合って、ノックをしてから中に入った。
「あ、YRさんどうも、おはようございます」
ボクらに向かってそういったのは、茶色の髪の男性だった。
見覚えはある。おそらく家で、というかさっきまでDVDで見ていた人だ。見間違えることもない、声だってそっくりだ。機械を通してないだけで本人だと確証できないほどではない。
ボクは驚いて、瑠衣センパイは絶句している。それもそうだ。瑠衣センパイは高校の頃から彼という歌手が大好きで、CDもほとんど持っているくらいだし、着メロも彼のデビュー曲「Souvenir」にしているくらいだ。
「お、おはようございます」
「おはようございます。えっと、なんでここに」
東井さんが、と問おうとしたであろう瑠衣センパイの声は、緊張で掠れて消えていった。
ボクらの目の前に立っているのは、大御所アーティスト、柴田美緒が女王なら、こちらは侯爵と言ったところ、日本に生まれて知らない人はいないアーティスト、東井歌奏だ。
三十代にしか見えないけれど、現在四十歳だそうで、デビューはボクと同じで十九歳、つまりもう二十年強、彼は歌を歌い続けていることになる。曲数もボクらの何倍になるのだろう。
「えっと、爽野瑠衣君のソロ曲を、僕が作曲することになっていて」
「!!!???」
あ、驚きすぎて目が真ん丸になっている。
何というか、もう驚きのオンパレードで、瑠衣センパイの頭がついていってない感じだ。
「それは楽しみですね。でも、言ってはなんですけど、どうして、ボクらみたいな新人アイドルに曲提供なんて引き受けてくれたんですか?」
瑠衣センパイの頭が働いてないので、ボクが話しを進める。
「はは、えっと児阪瑚色って知ってるよね?」
「はい、お世話になってます」
よく担当メイクをしてくれるメイクスタッフのうちの一人だ。以前「ハピバレ」をMスタで披露したときも担当してくれた。
「彼が僕の高校の後輩で」
「「え?」」
意外すぎる接点に、ボクも瑠衣センパイもぽかんと口をあけてしまう。
あのオネエ口調のメイクさんが、こんな大物アーティストと知り合いだったなんて。
「一年に一回は絶対に飲みに行ってるくらいの仲なんだけど」
知り合いどころじゃなかった。友人関係と言っても差し支えないくらいの仲だった。世間の狭さに、ボクも瑠衣センパイも唖然とするしかない。あれ、そういえば児阪さんは今年三十歳だとか言っていなかったっけ、今年四十歳の東井さんの後輩ということは最低でも三十八くらいだと思うのだが、どうなのだろう。
「で、彼から爽野君が、僕のファンだと聞いて。ぜひお話してみたいなと思っていたら、今回の依頼があって、これは引き受けなければと」
「…………」
なんか想像していた経緯と全然違ってびっくりした。
とりあえず、そんな理由でというか、とても寛大な理由でこんな仕事を引き受けてくれた東井さんに敬礼。
「えっと、さ、爽野瑠衣です。今回はよろしくお願いします。あの打ち合わせのあとでサイン貰っていいですか」
「あはは、今でも構わないよ?」
「いえ、仕事前なので……」
ようやく頭が働き出したらしい瑠衣センパイが、東井さんに握手する。ボクもそれにならって自己紹介と握手を済ませた。
こんこん、とノックされてドアを振り返ると、そこには辻さんと作曲家の
「どう、爽野くん。誕生日プレゼント」
「は?」
「社長がね、爽野くんが誕生日喜んでくれそうなものが浮かばなかったから、ダメ元で東井さんに作曲頼んでみたんだって、そしたら快くOKしてくれて」
なるほど。今日、ここに東井歌奏さんがいること自体が社長からの、いやこの場合辻さんからでもあるだろうから、事務所から瑠衣センパイへ誕生日プレゼントだったのか。
「それは、どうも」
あまり、祝われ慣れていない瑠衣センパイが、気恥ずかしそうにでも嬉しそうに目を細めて、辻さんに頭を下げた。続いて、東井さんにも頭を下げる。東井さんは困ったように笑いながら「おめでとう」と言った。
「え、爽野君、今日お誕生日なの!? やだ、お姉さんがお祝いしてあげる!」
ちょっと感動的なシーンをぶち壊しにした、この人は『ハピバレ』の作詞作曲を手掛けてくれた方で、来週発売のアルバムでも数曲提供してくれた。ボクらにはとても縁のある方だ。まぁ、瑠衣センパイを個人的に気に入ったらしくて、よくデートに誘っては断られている。
「ねえねえ、何がいい? お姉さん結構稼いでるから、何でも買ってあげるわよ?」
「打ち合わせしてくれたらそれでいいです」
今回も惨敗だった。
須能さんが負けたのは、これで何回目だったかな
さて、打ち合わせ。
ソロ曲の打ち合わせなので、ボクと須能さん、瑠衣センパイと東井さん部屋を分けて話し合う。
「ゆーき君、今回はタイトルにゆーきくんのイメージカラーの白を入れるから、考えてね」
「え、タイトルもボクが考えるの?」
「考えるのよ?」
考えるんだそうです。
「今回は本当に君の気持ちとかを歌にするから、自由に考えていいんだって」
自由に考えていい、とは。
ボクのように、瑠衣センパイにくっついて来たり、言われるがままにアイドル活動している部分があるので、ボク自身の気持ちを表しなさい、みたいなことを言われると困る。
気おくれしてしまう。
「何でもいいのよ」
「え」
「何でもいいの。ゆうきくんは瑠衣君に連れられてこんな世界に来たんでしょう?」
「まぁ、そうですね」
「それでどう思ったか、とか。お客さんに対する感謝を、とか。そんなのでいいの」
そういうので、いい。
お客さんに対する感謝、こんな世界で生きていくことに対しての感情とかを、歌えばいい。だったら、
「あの、曲調はいつもの須能さんの、可愛い感じがいいです」
「お、イメージ来た?」
「ちょっと来ました」
曲はやっぱり、ボクだから明るくて、お客さんに「可愛い」って思ってもらえるものがいいと思う。何せボクは瑠衣センパイから「うちのゆうきは可愛い担当なんで」って言われているのだ。
「可愛い系ね。歌詞の全体的なテーマは決まった? 君が何を歌うのか」
「えっと、ボクを染めて、みたいな感じで、白だし」
「ほうほう、ちょっとえっちぃな方面行ってみる?」
「行きません」
染めてと言っても、ボクはもう染まっている感がある。ボクは、すっかりアイドルという職業が気に入ってしまった。皆の笑顔が見られる、皆が愛してくれるこの仕事がボクの今の生きがいだ。
その割には瑠衣センパイみたいな努力を怠っているのだけど、それは現状に満足しているが故だ。
「ふむふむ。……了解お姉さんが可愛い感じのゆうきくんにぴったりな曲にしてあげる」
一通り、こんな曲にしたいとプレゼンした後、須能さんは一瞬考え込んでウインクしながらそう言った。
「ありがとうございます」
とりあえず、全体的なイメージと歌詞に入れたいワードなどを須能さんに伝えた結果、須能さんが曲を作ってデモテープを送ってくれて、それを聞いてボクが歌詞を書く、と言った手筈にするということで、打ち合わせは終了した。
ボクと須能さんが部屋を出ると、辻さんがいて瑠衣センパイも打ち合わせが終了して、先ほどの集合部屋で作詞をしているとのことだったので、訪ねに行く。
「あ、そうそう、鈴芽くん。事務所にお母さんから手紙が来てたよ」
「え?」
「仕事が終わったら渡すようにって社長に言われて」
辻さんが差し出したのは、真っ白な封筒。表面には「祐樹へ」と書かれていた。後ろを見れば母さんの名前がある。一体何が書かれているのだろう。
不安を抱えながら、手紙をポケットにしまって瑠衣センパイを迎えに行った。
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