【完結】YR-hunger for affection boys-
山西音桜
プロローグ 愛に飢えた少年たちは
「ねぇきみ、ちょっといいかな?」
三年前のあの日、瑠衣センパイは声をかけられた。ボクが高校一年生で、瑠衣センパイが高校二年生の頃。中学生の時の出会いからずっと、互いの居心地の良さから離れることをしなかったボクたち。いびつな友情を続けて三年が経過していたある日、なんてことのない、いつも通りの下校途中だった。
「誰ですか、貴方」
「あ、えっと僕はこういうものです」
そういって瑠衣センパイに手渡された名刺を、ボクは後ろから覗き込む。手のひらサイズの少し硬めの紙には、「芸能事務所ハングリー
「ゆうき、検索」
「はいはーい」
スマホで芸能事務所ハングリーのことを調べろということだろう。
「立ち話もなんだから、そこのカフェなんかでどうかな?」
「……ゆうき、時間は?」
「ボクはいつでも暇だし、瑠衣センパイに付き合うよ」
思えばこのとき、瑠衣センパイは一人でこの人の話を聞いても文句は言われなかったはずなのに、どうしてボクを連れて行ったのだろう。いまだにその謎は解明していないし、解明させる予定もない。
カフェの窓際の席に座り、それぞれ注文を済ませたところで、一息ついたと判断したのか話は再開した。
「それで、検索結果は出たかな?」
ボクの方を見て、その男性、池田さんは言った。顔に浮かべる笑みは胡散臭いの一言に尽きる。
「……芸能事務所ハングリー、そこそこ売れてる俳優、歌手を輩出してる芸能事務所。ただ、大手って言うわけでもなくて。所属している人たちも一時期売れるんだけど、それだけで終わっちゃって、独立したり移籍したりしてる人が多いらしいね」
「うん、この短時間でよくそこまで調べれるものだね」
「芸能事務所ハングリー スカウト 詐欺」で検索をかけた結果だった。詐欺だと思ってスカウトを蹴った話は少なくはなかったけれど、信用してスカウトを受けた人間は一時期人気を誇って、廃れていった芸能人の名前ばかりだ。
「詐欺かと思ったけど、ほんとにこんなふざけた名前の会社あるんだな」
「ふざけた……君たちちょっと口が過ぎないかな?」
「失礼しました。それでオレ等に何か用ですか?」
「オレ等というか、君に声をかけたつもりだったんだけどね、身長の高い子の方。名前は?」
瑠衣センパイは、名前を名乗るのを渋っていた。それもそうだ。父に有名会社の社長を持ち、母親はその愛人だったという生い立ちの持ち主で、高校にこそ通わせてもらっているものの、その存在はあまり公表していいものではない。
「……さすがに詐欺ではないことを信じてもらえたと思うのだけど……何か名乗れない理由でも?」
でも名乗らなければ、それはそれで怪しまれる結果になってしまうのもまた事実だ。
「……
「
注文したものをウェイトレスが順にテーブルに置いていき、立ち去るのを待ってから、彼が口を開く。
「宙島、ってあの……?」
「ストップ。それ以上は言うと、オレはあんたの話を聞かないで立ち去る」
「……オーケイ」
納得したのか、池田さんは、コーヒーに砂糖を入れながら、「じゃあ、手短に話そうか」と言ってかき混ぜた。そしてティースプーンをソーサーにかちゃりと置いた後、続ける。
「君、アイドルになる気ない?」
「……はい?」
瑠衣センパイは口をあけた。ボクは隣でカフェオレに砂糖を入れる。街中で芸能事務所に声をかけられたのだからその手の話に決まっているだろうに。それを予測していなかった瑠衣センパイには呆れるしかなかった。
「え、なに瑠衣センパイ、芸能事務所の人に声をかけられる可能性としてほかに何があると思ったの?」
「いや、モデルかなんかだとは思うけどさ、まさかアイドルだと思わないと思うんだけど。アイドルって歌って踊れて、演技ができて、飯とか作れて、あと無人島イチから開拓できなきゃダメなんだろ?」
「最後ふたつは別にできなくてもいいんだよ、瑠衣センパイ」
三番目までできればとりあえずは、「アイドル」として認めてもらえるだろう。というか、毎日のように自炊して夕飯をボクにご馳走してくれる瑠衣センパイは、料理ができるといってもおかしくはないし、無人島開拓できたのは、特定のアイドルだからであって、アイドルの必修科目になる必要はみじんもない。
「なんでオレ?」
「僕は、今日一日あそこに立ってたんだけど、その中で一番光ってたのが君だったから」
「一日立ってた? バカなの?」
ボクも思ったから咎めるのもおかしい話だけど、瑠衣センパイは言いすぎだ。それが仕事の人だって世の中にはいるのだ。なぜ平日のあまり人通りのない時間帯まで、光る人物を探す時間にしてしまったのかは、ボクには理解できないけれど。
「……話すとこんな感じとは思ってなかったけど、まぁ綺麗な顔立ちをしていたのは事実だし、何より飢えてるその目が気になってね。何か足りてないのかなぁって」
ボクは思わず、「へぇ」と声を漏らしてしまった。瑠衣センパイはどこからどう見てもイケメンで、少し気だるげな雰囲気を醸し出しているけれど、それは高校生は「大人っぽい」としかとらえず、大人は「反抗的な態度」としか言わない。
瑠衣センパイが誰よりも愛を渇望していることなど、誰も知ろうとしないのに、この人は求めてるものまではわからずとも、何かに飢えていることは感じ取ったのだ。
「その辺、説明しないとダメ?」
「いいや? そのことはアイドルの持つシークレットということにしてくれていいよ」
「アイドル……ね」
瑠衣センパイは少し考えてから、コーヒーを一口飲んで、言った。
「いいよ。やっても」
「え、瑠衣センパイ?」
「本当かい?」
意外な返答に思わず、カフェオレを零しそうになる。傾いたところで止めたけれど飲もうと思っていた持ち上げた手は、ゆっくりとソーサーにカップを下す。
「条件が三つある」
「聞くだけ聞こうか」
「一つ、高校卒業まで待ってくれること。二つ目、住居決定に必要な金額の貸与。三つ目、こいつと一緒なこと」
こいつと指差した先はボクに向けられていて、それを見たボクと池田さんはさぞ間抜けな顔をしていたに違いない。瑠衣センパイは「何か問題があるか?」と尋ねるような顔でボクを見ていた。どうして問題がないと思ったのだろう。
「…………え、瑠衣センパイどうしたの、頭湧いた?」
「別に、湧いてないけど」
「……理由を聞いても、いいかな? 一つ一つ、順番に」
池田さんも驚いているようで、紙ナプキンでごまかしているが、おそらく飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになったのだろう。
「一個目は、まぁ高校行かせてもらってる身だからちゃんと卒業したい。二個目は、今住んでるアパートの更新がもうすぐで、そろそろ親も自立しろって目で見てくるのが大幅な理由かな。もちろん働いて返す」
意外としっかり考えて出した結論だったことに驚いた。
そして三つ目は、と身構える。次の瞬間彼が何を言い出すかはボクには全く予想ができない。
「三つ目は……、何かやるならこいつと一緒がいいって思ったから」
三つ目が一番単純な理由だった。と、瑠衣センパイを知らない人が聞けば思うのだろう。しかし、すでにボクは三年という年月を彼と過ごしていたので、その言葉の裏に何が隠れているのかは分かった。それが、池田さんの前で言えないことであるということも。
「……社長に了解を取るよ。できる限りはかなえてあげるように頼んではみる」
そういって、ボクらの写真を撮ってから伝票を持って、池田さんは去って行く、それを見送ってボクはようやく言葉を発する。
「ボクの意見が聞かれてないんだけど」
「……ああ、そういえば」
「もう! 瑠衣センパイはいっつもそう! 肝心なことはボクの意見丸無視!」
「嫌なの?」
「……んー。そうでもない、かな」
アイドルになるということは想定外だったけれど、高校を卒業してからの進路は何も考えていなかった。親から確実に離れられるよう、早めに働き出そうとは思っていたから、高一の段階で就職先が確定するのだと思えば問題はない。その職業が少し特殊だっただけで。
「でもスカウトされたのは瑠衣センパイなのに、いいのかな?」
「いいんじゃない? そのための写真だったんだろ」
そうだろうけれど。
「まぁ、何というか……。急展開だねぇ」
「今まで散々だったから、そろそろ幸せになりなさいって神様からの思し召しかもよ」
「本当にそう思ってる?」
「全然」
「だよね」
ボク等の人生は、おそらく一般の人には同情されるような類のものだ。まぁ人生としてはシリアスでも、フィクションならチープだと笑い飛ばされるレベルではあるのだけど。
瑠衣センパイとボクの関係は、そのチープなシリアス人生を送ってきた人間同士の馴れ合いだ。瑠衣センパイはボクを自分より不幸ではない人間として認識して、ボクは彼を自分よりも不幸な人間だと思っている。
互いに優越感と親近感が入り混じった何かを感じて、居心地がいいと思うようになり一緒にいる。
「まぁ、とりあえずは……ゆうき今日の晩飯何がいい?」
アイドルにスカウトされてもなお、普通に夕飯の話ができる瑠衣センパイにはあきれるしかなかったけれど、ボクは普通に食べたいものを言った。
「……オムライス」
「ガキか」
その三日後、社長から三つの条件を飲ませた池田さんから連絡が来て、交換条件として、デビューまでレッスンを欠かさないこと、売れなくても貸し出したお金はきちんと返すことがボクらは約束させられた。
そしてその三年後、ボクらは
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