第10話 制圧

そうこうしてる間に砲撃が止んだ。

またダッシュ。今度は逆方向、南南西へ向って走る。これもジェイクが決めた進路にそっての行動だ。

「ジェイうっぷ……これで何がしか効果があると思うか?」

喉奥のものを飲み下しながらジェイクに尋ねた。

『わかりません。敵が我々を大隊指揮班と確信してれば食いつくはずです。それに、今の状況で他の中隊に砲撃されるよかマシです。サカイのおやっさんかアルベルトが生きてれば作戦の続行は可能です!』

「いいね……お前のそういうとこ、嫌いじゃないな!」

また小鳥のさえずるような音。

『ハマー43だ。パラディン1。次の目標でこちらが目算をつけた座標は全部撃つことになる。敵の弾着に乱れはないか?』

「無いですね、困ったことに。そちらの対砲迫レーダーで敵の射撃位置を掴んで、対砲迫射撃をしたほうが早いかも。とりあえず次の射撃は計画通りに!」

一旦急停止して西方向へ。ゆるく旋回しながら北西へ向かう。

『ううむ。こちらの対砲迫レーダーに映る弾道を見ると、砲ごとに射撃位置が全く違う。敵はこちらの射撃から生き残った砲迫をバラバラに抽出して、着弾タイミングが合うように撃っている。これを短時間で制圧するとなると、二個砲兵大隊は必要になる。第五砲兵聯隊の戦闘再加入を急かしては居るんだが、まだあと三〇分は掛かりそうだ』

渓谷西岸での爆発が収まる。と、ほぼ同時に、また敵の砲撃が始まった。

相変わらず集中している。

今度は立ち止まらず、旋回しながら北上を続ける。

『パラディン、ハマー43。インディア288です。意見具申』

ケリー大尉が割り込んできた。

「なんだ!」

『次の射撃が終わったら、渓谷西岸の二八七中隊を下げさせてパトロールさせましょう』

『待て待て、ケリー、それじゃ時間がかかりすぎる』

ゲイツ少佐が反論する。

『すいません、ゲイツ少佐。少し待って下さい。ワイルダー少佐、その命令はオープンチャンネル、平文で送って下さい』

「なんだと!?」

『パラディン2です。大隊長殿、ゲイツ少佐、ケリー大尉の提案は一考の余地ありですよ』と、ジェイクも割り込んできた。

『ケリー、そりゃ敵に聞かせるのが目的なんだろ?』

『そのとおりだ。俺らも山岳歩兵だからな、長距離斥候してる時に今から人間狩りするぞなんて言われたら、ハッタリ半分な上に敵が減勢してて見つかる確率が低いと判っていても、そりゃあ浮足立つさ。おまけに敵がこっちの隠れてそうな場所を虱潰しに砲撃してるとなれば、帰ってベッドに潜り込みたくもなる』

『そういうことだと思ったよ。どうでしょうかね、大隊長、ゲイツ少佐。いささか泥臭いですが、やってみる価値はあるんじゃないかと』

「……わかった。二八七中隊に」

ミッシーが会話に割り込んできたのはその時だ。

『ちょっと待ったぁ!待って下さい大隊長!パラディン3です!意見具申!』

「どうしたパラディン3」

『駄目です、二八七中隊は現在の線を維持させないと。敵山岳歩兵が二八七の守備線に接近中です。フンメル31のアップロード画像を解析して気づきました。それに敵は観測班を隠密潜入させたりしてません。いや、させていたとしてもそれには頼っていないということです。現在の敵の砲撃は、カノーネに直接反撃させるしかありません。少なくとも、第五砲兵聯隊が戦闘復帰するまでは』

『パラディン2、ハマー43だ。どういうことか説明してくれ』ゲイツ少佐が怖い声で尋ねた。

『衛星観測です。私の騎には完全に独立したコンピュータが3基余計に積んであります。1基は専用のアンテナと回線を使って、敵通信の監視と解析に使っています。それらを使って敵回線の情報の流れや、我々の受信する各種電磁波を検討しました。敵は衛星の情報をチェルノボグに送信、チェルノボグのコンピュータで砲撃プロットデータを作成し、生き残った砲迫に砲撃させています。奴がうずくまったままなのは、全ての演算能力を衛星データの解析と砲撃データ作成に使用しているからと考えられます』まけじと噛み付くように答えるミッシー。だがちょっと待て。

「馬鹿な。そんな技術は映画の中の」と、言いかけたところを遮られた。

『その技術はあるんです。今ここに!一つずつの衛星はごく薄い密度のスキャンしかしていませんが、常に三基以上の衛星で同時スキャンさせることによって、三基別々にスキャンする時以上の精度と解像度の情報を短時間で得ているんです。衛星からの通信はレーザーで行われています。さっきのレーザーがそれなんです!飛んできた砲弾に反射したか、かき乱された大気に歪められたレーザーを我々が受信したんです!』

この時、私は正直迷いがあった。

敵の観測精度の高さは、これまでなら観測班による目視誘導しか考えられなかった。だがミッシーの推測が正しければ、歩兵を使っての観測班狩りなど無駄でしか無い。

そうこうしている間にも敵の砲撃は続けられ、全速力で走っている私達の周囲に濃密な弾幕を張り始めた。

どうする。

どうすれば。

時間にすれば一瞬のことかもしれない。だが、その一瞬で人は死ぬのだ。

パニックを起こしかけたその時、私と私の大隊を救ったのはアルベルトだった。

『シックル1-1よりパラディン1、フレイルと合流、随伴歩兵の再編を完了』いつもの通り、平板で落ち着いた声に、私ははっと我に返った。

「了解」

『なにやらお困りのようですが』わずかに心配するような響き。

「なぁに、いつものことさ。ちなみにシックル、貴様ならどう考える?」

応答に間があく。聞いているのかと心配しかけたところで、再びアルベルトの声がした。

『くだらんことです』きっぱりとした、反論を寄せ付けない口調。

「なんだと?」カッとなりかけた自分を抑えるのに苦労する。それでも、やはり声が上ずってしまった。

『我々がとらえた敵の捕虜を敵が心配するなら、いち早く合流してしまえば敵の砲撃からは逃れられます。しかし、捕虜の有無にかかわらずどのみちわれわれは合流します。丘の頂上は敵からも丸見えです。別に衛星で観測せずとも、近くてせいぜい六km程度の距離であれば肉眼でも十分観測できます。腕の良い観測手ならもっと遠くからでも。そしてそれを行うに足る重装甲観測拠点は、チェルノボグです。であるなら、チェルノボグに山盛りのチャフスモークを食らわしてやればよいのでは?それでしばらくはしのげます。まぁ、そうしたら敵は別の観測班を前に出してくるだけですが』

『それはミッシーの推測が正しい場合の話だろう、ベルティ。敵観測班が潜入してるとしたら』

ジェイクが責めるような口調で尋ねると、アルベルトは今まで聞いたことのないような優しい声で答えた。

『どのみち二八七は下げさせないといけないよ、ジェイク。彼らもまた損耗しているうえに、今の守備線は長すぎる。今のままでは簡単に突破される。守備している意味が無い。地形を使って守備線を縮めないと。そうだな、この線だ』

と、戦術情報マップに一本の短い線が現れる。

アルベルトが提案してきたのは、まさに敵観測班が潜入しているのではと疑われた地域をさらに南下し、制圧した丘の真西だった。幅は約三km。

『渓谷西岸は西の山並みを壁にして、幅一〇km未満のわりと平坦な台地になっている。今二八七が展開しているところは幅が六km近くある。戦線を作って守るだけ無駄だ。一点に集中して攻撃されたら抜かれてしまう。だがそこなら幅も十分に狭く、我々からも支援がしやすい。今すぐこの線まで戻るなら、敵の追撃はぎりぎり受けないだろう』

無線に参加している全員が押し黙った。反論は、無かった。

口をすぼめ、大きく長くため息を漏らした。

「結論は出たな。サカイ。念の為に聞こう。何か意見はあるか」

『あー。意見というよりこれは感想ですが。なぜこうも大隊長を狙っとるのか、ワシにゃとんと判りませんな』

「それは私やジェイクも同意見だ」

言いながら、戦術情報マップでハマー43のアイコンをタッチし、チェルノボグへの煙幕弾射撃管制を指示する。

『大隊長殿にゃ悪いんですが、今この場では大隊長殿はじめ大隊指揮班三騎にはさほどの戦術的価値を見いだせませんな。儂らとしては、事前の計画通りに事を進めるのであれば、正直大隊長殿が行動不能になっても問題はないかと思います。そして敵にとっても大隊長殿よりも儂らかアルベルトか、どちらかの中隊を叩くことが理にかなっとります。捕虜もそんなにはとっておらんですし。儂が敵の作戦指揮官であれば、今こそチェルノボグを動かす時じゃと判断するところです。ここまで執拗に大隊長を狙うのは私怨じみたものを感じますな』

と、唐突に敵の砲撃が終了した。制圧した敵陣へはあと一分ほどで到達できる距離。

やはり敵は捕虜の存在を気にかけているようだった。

スピードを緩め、サカイの中隊に合流する。

「フム。私怨なぁ。私みたいなおしとやかな女を捕まえて私怨もクソもなかろうに」

正直に感想を漏らしたのが間違いだった。


無線がまた沈黙する。と思った直後、無線機から笑い声が溢れでた。

『お、お、お、お言葉ですがパラディン1、あなたは敵の賞金首リストのトップテンに入ってますよ』真っ先に反応したのはミッシーだった。

『失礼ながら鉄血公女のお名前はこちらでも相当有名でした』と、咳き込みながらケリーが言えば、

『鉄血公女?俺が聞いたのはアイアンサイズだのバレットウィッチだの、もっと物騒な名前だったぜ』とジェイクが混ぜっ返す。

『ジェイク、お前な、人の女とっ捕まえて何言ってんだ』笑いを噛み殺しながらアルベルトが加わる。

『それを俺に教えたのはお前じゃねぇか、惚気けてんじゃねぇよ張り倒すぞ』そう言うとジェイクは爆笑し始めた。

『僕が聞いたのでは、壊し屋ボブってのが傑作でしたけどね』とホワイトがのんびりした口調で付け加えると、笑いは更に広がった。


「おい」


『ところでな、騎兵学校の教官にヨハンソンちゅうておったじゃろ』

『ああ、戦史の。ヨハンソン教官からあんまり受けが良くないって、ボブは学生の頃ぼやいてましたよ』

『あやつめ今じゃ大隊長の新聞記事スクラップしとるからな。おまけに大隊長の写真引き伸ばしてポスター作っとるから、どっかネジ外れたのと違うか』

『やだー大隊長モテモテじゃないですかー!』


「コラ」

言いつつ戦術情報マップで小隊ごとに守備位置を指示する。頭痛がしてきた。


『そういえば砲兵の間じゃ、鉄拳ボブ、失礼、ワイルダー少佐のボイスログと写真がえらく人気のあるデータでな』

『ヤバイ』

『ヤバイ』

『ヤバイ界隈』

『ヤバさしかない』

『言い値で買うので口座教えてください』

『お前は後で色々聴けるんだから黙ってろブチ殺すぞ』

『ところでの、フンメル31が大隊指揮系テキストストリームでw連打してたり”わかる”とか書き込んどるんじゃが、ありゃあ復帰したんかの』


ブチッ、と頭のなかで何かが切れる音がした。


「お前ら仕事しろぉッ!!!!!!!!!」

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