第8話 攻勢
私達大隊指揮班は、大隊の中央をゆっくり前進しながら、敵情観測と指揮に努めていた。
だらだらしているように見えて案外忙しい。
だいたい参謀組織がたった三人(しかもサカイは作戦参謀だが、第二中隊長だ)じゃあ、面倒が起きた時が大変だ。
まぁ、もともと、大隊本営はいずれかの中隊に付随して行動する、というのが我軍の伝統だし、そのうえ我が聯隊は装備実験部隊あつかい、選曲自体は我が方に大いに有利とはいえ将校団が大量消耗を起こしていたとあってはいささか仕方がない。
敵陣右翼に閃光がいくつか走る。
シックルに対する応射だ。
初速が速い。射距離は二五〇〇mを切っている。
列中央を進むシックル1、つまり第一中隊第一小隊に射撃が集中し、うち一騎が被弾する。
「シックル1-1、大丈夫か」
『パラディン1、シックル1-3が被弾。右膝を抜かれました。射撃および移動は可能。危険であれば脱出させます。自分も防盾に着弾あり。防盾が抜かれましたが、防盾、騎体共に機能に障害は発生していません』
「わかった。無茶はするなよ」
『承知しました。1-1よりシックル、リッターカイルを組め。シックル2は右翼、シックル3は左翼。シックル1は左右に縦列で展開、歩兵を援護しろ』
シックルの陣形が横隊から
「敵戦車の標本がほしいな。報告は聞いていたが、思ったより高性能なようだ」
『そうですね。攻撃力、射撃精度のわりには案外脆い気がします。敵陣前衛からの応射は最初の段階で六発、第一中隊の再度の射撃で四発まで減っています。他は恐らく残骸かと。動きがまったくありません。というか、』
ミッシーの騎は偵察用に装備が変更され、電波・光学ともにセンサー類が充実している。
最大ズームにすれば、夜間ではあっても敵戦車の外見は細かいところまで観測できたはずだ。
『やっぱりそうだ。大隊長、ジェイク、画像転送します。見てください』
『こいつぁ……』
転送された画像を見て、ジェイクがうめき声を上げた。
「四号戦車を徹底的に改修してあるのか」
帝国軍四号戦車は、その名の通り帝国軍が開発した四番目の戦車だ。
AD以外の装甲目標を確実に撃破しつつ、友軍歩兵の援護を行うことを主眼に開発された。
なめらかな丸みを帯びた砲塔と、いささか野暮ったい印象の船型の車体が外見上の特徴となる。
砲は先代の五五口径七五ミリ砲から七八口径九〇ミリ砲へと強化され、装甲も自身が発射した九〇ミリ徹甲弾に耐えられる。
重量約三五トン。戦場機動力は軽快の一言に尽きる。数mの障害物を踏み越えられるADには及びもつかないが、ADでは足が埋まってしまうような泥濘地でも踏破することが可能だった。
実際、私がまだ士官候補生だった頃に駆り出された南方での共同作戦では、何度も助けられた覚えがある。
しかし、その時私が見ていた画像は、更に長い太い砲身とくさび形の砲塔装甲を持った戦車が炎上しているものだ。
私が南方で援護してもらった四号戦車の面影は殆ど無い。
ただ、砲塔右側のくさび形装甲が吹き飛ばされむき出しになった砲塔そのものの形状で、ようやく四号戦車と判別が付く程度だ。
車体は土砂に埋まっていて、どの程度改造されているのか判らない。
我が方のMDの一〇五ミリ砲の砲威力は段違いだし、それ以前に徹底した砲撃に晒したから増加装甲もろとも貫徹することができたようだが、これはまずい。
敵がダックイン(戦車用に深く大きく掘った壕に入り防御力向上と隠蔽を同時に行う行動)していて自ら身動きを取らなかったから逆に苦もなく倒せたが、お互いに積極的な機動戦闘を行う意志があった場合はどうだったのか。
『それだけじゃありません、大隊長。ホワイト大尉のおっしゃっていた”軽重二種の戦車”の”軽”がもしこれだとすると、なおさらヤバイですよ』
いつの間にか考えを口に出していたのか、ミッシーが私の懸念をさらに補強した。
まったくもってその通り。
もし敵の”重戦車”がこちらの主砲よりも強く命中精度にも優れている主砲と制御システムを搭載していたら?
こちらの主砲で敵”重戦車”の装甲を貫けなかったら?そのうえ機動力も高かったら?
苦戦するどころじゃない。
的のデカイADよりも厄介に決まっている。
だが。
「その対策は考えておく。が、まだコイツが”軽戦車”と決まったわけじゃない。まずは陣地制圧、話はそれからだ」
そう言って私は回線を大隊指揮系に切り替える。
「パラディン1だ。シックルより各隊、状況知らせ」
『シックル、パラディン1。敵前衛を制圧。敵陣に突入し陣地掃討戦へ移行します』
「いいぞシックル、うまく敵と混交して、敵に重砲支援をさせるなよ」
『フレイル、敵陣本営と交戦中。敵ミサイルで後続の歩兵に損害発生。重傷1、軽傷2。軽傷者は戦闘可能』
「そっちは多少急いだほうがいいな」
『判っとります。隊列を横隊に変更、突撃します』
『メイスです。所定の行動を実行中。進行は予定通りです』
「気づかれたと思うか?」
『自分はなんとも』
「そうだな、すまん。行動を続けろ」
『インディア288、同じく所定の行動を実行中です。問題ありません』
「了解した。電波と熱線の漏洩に注意しろ。復唱はいらん。急いでくれ」
『カノーネは暇です、どうぞ』
「
『はぁい』
『エレファントです。意見具申』
「言え」
『衛星とフンメル31からの画像では、標的に動きがありません。今ならプリプログラミング誘導で標的へ当ててみせますが』
「まだ早い。チェルノボグは確実に戦闘力を奪いたい。精密誘導できるようになるまで待て」
『フンメル31だ。パラディン1、ちょっとまずい事になってる』
「どうした、フンメル31」
『敵ネットワークおよび衛星への電脳攻撃を中止する。敵の反撃で防壁が突破されかけてる。このままじゃ我々のネットワーク自体が危ない。フンメル31は敵ネットワークへの接続を物理的に遮断することにした。要は一部の無線機と端末の配線を引き抜くってことだ。それにともなって大多数の通信を一時的に遮断する。各種電波情報および各指揮系音声交信レイヤー、戦術情報ストリーミング、軍一般情報ストリーミングは遮断する。ライブ映像はもってのほかだ。どれも高圧縮パケットで送受信してるからな、ウィルスやスパイウェアが混入するおそれがある。ウィルスチェック済みの静止画なら30秒おきにアップロードできるが、状況によっては静止画アップロードも遮断する。大隊指揮系回線のテキストストリーミングなら交信は可能だが、ウィルスチェックを厳重に行うからタイムラグがそれなりに発生する。最悪の場合は全ての無線機とアンテナを物理的に破壊して撤退する』
「わかった。多少時間はかかって構わん、確実に安全を確保しろ」
『了解した。メインイベントには間に合わせる』
「頼む。ハマー43、聞こえましたか」
『聴いてるよパラディン1。こちらは戦闘に加入している全中隊が射耗したところだ。敵の仕返しもぼちぼち降ってきてる。損害はないがね。再び第五聯隊が戦闘加入するのは早くて三〇分後、現実的なところで六〇分後というところだ。戦闘未加入の中隊も陣地転換の最中なんだ。補給もしなきゃならん』
「承知しました。どのみち現在の状況では支援していただくにしても難しい間合いですからね。またのちほどお願い致します。あるいはカノーネの誘導支援をお願いするかも」
『了解した』
攻勢発起よりすでに一五分。状況は概ね順調に進行していた。
敵陣がもぬけの殻になっていることが一番恐ろしかったが、この丘を保持していたということは、彼らもやはりこの北部渓谷回廊の打通、あるいは保持自体を意図していたということだ。
それがわかっただけでも、予測しうる、そして対処しなければならない選択肢の数を大幅に絞り込める。
さて肝心なのはここからだ。
サカイは友軍歩兵を敵陣に流しこむことに成功し、丘の頂上付近は屍山血河の地獄絵図、血みどろの白兵戦が展開されつつある。
だが、敵歩兵に粘りがない。
圧倒的な重砲制圧によって腑抜けた状態になっているとしても、いいかげんもう少ししゃっきりしているはずだ。
戦術情報ストリーミングからの情報を確認すると、サカイの援護する歩兵小隊は、白兵戦を展開しているにしては意外なほど損害を出していない。
いやいや、と私は思い直した。
大昔ならともかく、陣地など死守するものではない。打通なり保持することが作戦の要諦であっても、今どき野戦陣地の一つや二つ、適当な時期に放棄して、あとで取り戻すか迂回すればよいのだ。
それよりも問題は、あまりに陣地制圧が早く完了してしまうと我が方の作戦行動に支障が出るということだ。敵歩兵がもうあと少しは抵抗することを前提に、部隊行動を命じていたのだが。
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