4-16 メモリアル・セレモニー

 わずかに三日、それしか間を置いていないのに、三国に久しぶりに会った気がしてならなかった。会ってしまった以上は聞かないわけにはいかない。聞いていなかったことにはどうしてもできない。


 里佳は意を決して三国に向かった。


「なんだい、里佳ちゃん、怖い顔して」


 三国はいつもと何も変わらなかった。無理に違いを探しても、疲れているように見えるぐらいか。この数日は朝から晩まで忙しかったらしい。疲れていても当然だろう。


「辞めるんですか」

 直球だ。しかし、真っ直ぐに過ぎた。


「何を?」

 怪訝な顔で返された。


「あ、すみません、ここ、葬儀店」

 さっきまでの勢いが。


「あー、浩人の野郎。ま、しょうがないか」

 怒ってはいない。むしろすっきりした表情で、三国は自分の頭をポンッと叩いた。


「いやね、だいぶ前から考えてはいるんだ。そりゃもう、だいぶ前から」

 椅子にゆったりと座り直す。


「全部話すと長くなっちまうな。要件だけ言おう。泰人がどうにかなるまでって思ってたんだな、実は。浩人は、まあなんとかなるだろ。泰人がなあ、しっかりしてるようで、ひとりでなんとかってなると心配で」

 落ち着いた静かな口調。優しい眼差し。父親の顔だった。


「ウチを継ぐって言ってくれるのは嬉しいけど、このご時世、よっぽどじゃないと難しいのは本人もわかってるだろ。言わないけどな。里佳ちゃん、昔、ウチにもよく出入りしてたヤマタカさん、高野さん、覚えてっかな。山高葬儀社、今はやってないけど」


 ぼんやりと記憶がある。小さな葬儀店は町のあちこちに今でもぽつんぽつんとある。櫛田葬儀店もそのひとつ。三国の言う山高葬儀社も、自転車で行けるぐらいの距離にあったことをうっすらと覚えている。確か、建ち並ぶ小さな町工場の間。


「ヤマタカさんは息子さんに継がせる気なかったんだけど、息子さんがね、よく出来た息子さんで、高校出たら観光関係の専門学校入って、卒業してからアルバイトで貯めた金で海外しばらく行ってて、帰ってきたら大手のホテルに就職したんだ。それがさ、なんのあれかわかんないけど、ホテルのメモリアル・セレモニー事業部長だかなんだかってことでさ、要はホテルの宴会場でやるお別れの会とか、ああいうのな、あれの責任者になったって」


 なんでそんな話をするのか、里佳にはよくわからなかった。


「ああ、わりいな、長くなった。でね、そのヤマタカさんとこの息子さんが、泰人どうだって。ホテルのメモリアル・セレモニーでさ。親父おやっさんだけじゃなくて、息子のほうも色々気にかけてくれてね。まあ、要はそういう話だ」


 ピンと来ていない顔の里佳を見て三国が笑った。


わりわりい。泰人に、そこで働かないかって声かけてくれたんだな、これが」


 やっと腑に落ちた里佳が首を大きく縦に振った。


「まあ、悪い話じゃない。けどな、泰人がいなくなってオレ一人じゃ無理だ。浩人はあてにしてないからな。まあ、どのみちあいつはなんか他のことすっだろ」


「でも、それじゃあ」


「ああ、泰人が働きに出たら、ここは畳もうと思う」


「でもでも」


「そうだなあ。ま、葬儀屋は辞めてもすぐに出てくことはないよ。地代はずいぶん負けてもらってっからな。今時マンションで暮らそうったって、これより安い賃料ってわけにはいかないだろ、それぐらいはわかってるよ」


「それと」


「あ? ああ? ああ、俺のことか。俺はあれだ、これしかできないからなあ。今でも余所んとこの手伝いばっかだけどな、まあ、長くやってるとそういうくちだけはあるから、しばらくはそれでなんとか、な」


 三国の言葉で里佳はほっと胸をなでおろした。とりあえず、櫛田家がここからいなくなるわけではない。けれど、その日はいつか来る。それは、よくわかった。


「ありがとうございます」

 里佳は頭を下げた。


「おいおい、ありがとうって、そんな話じゃないだろ」

 そう言う三国の目は、やはりいつものように、どこまでもやさしかった。

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