4-17 エリリンの、LOVE♥TAKARAYAMA

 スマホが朝早くから着信を告げる音を何度も鳴らしている。眠たいまま手を伸ばした。夜中にも着信があったようだ。どれも見知らぬ番号からだ。とりあえず後に回す。メールも溜まっていた。Webページのお問い合わせフォーム経由。そっちは急いで開く。「取材のお願い」と書かれていた。中をよく読まずに返事を書いたものかどうか迷ううち、ついつい、もう一度寝てしまった。




「というわけなのよ」

 里佳はまだ眠そうだった。


「はあ、そんなことがあるんだ」

 浩人も寝ぼけていた。早朝、病院から連絡を受け、三国とともに出て帰ってきたばかりだ。


 きっかけは中川英梨のブログだった。宝山歌劇の熱烈なファンである英梨は、「エリリンというハンドルネームで宝山への熱烈愛をつづっていた。とはいえ、普段はほとんどアクセスは無い。が、先日の旅の映像をYouTubeに上げたことでアクセスが急増していた。


「なるほどー」


「聞いてないでしょ。それでね、そのブログで、『さよならツアーズ』のことを書いたのよ」


「誰が?」


「だから、エリリン、っていうか、英梨ちゃんね」


「えり、ちゃん?」


「ああ、もう。それでね、その件で取材させて欲しいって」


「ああ……、何を?」


「もういいよっ。一生寝てろォッ」


 里佳に言われるまでもなく、浩人は力なく椅子の背もたれに身体を預け、あっという間に眠りに落ちていた。


「ちくしょー、頼りになんねえんだよォッ」


「おやー、里佳ちゃんもそんな言葉遣いするんだぁー」

 Tシャツにスウェット、起きたばかりの杏が半笑いで姿を表わす。


「いえいえ」

 里佳は慌てて何も無かった風をとりつくろう。


「取材ってなあに?」

 杏が興味津々で聞いてきた。




 取材と言っても電話で簡単に話を聞かれるだけのことだった。相手は宝山音楽学校の地元のテレビ局。偶然に見つけた英梨の映像をローカルニュースで取り上げたい。学校はOK。ブログの中に出てきた「別れを思い出に変える旅を扱う旅行代理店」についても調べておきたい。ニュースの中で扱うかどうかはわからない。


「なんだよ、もっとこうガッと話題になって、それこそここにもドカってヒトが来るような話じゃないのかよ」

 食卓を囲んだ浩人がいかにもつまらなさそうに言った。


「あ、それいいね、テレビで取り上げられて人気沸騰、みたいな」

 泰人の表情が明るい。


「里佳ちゃんのおこぼれで、こっちも大繁盛ってか」

 三国が言うと冗談なのか本気なのかよくわからない。


「今日はねえ、冷製パスタとピザ。ケータリングじゃないわよぉ。杏が家庭科の授業で習ってきたの」

 山盛りのサラダに続いて人数分の冷たいパスタと三枚の大皿に載った熱々のピザが並べられた。


「うわあ、本格的。これ、全部杏ちゃんが作ったの」


「ほとんどママだけどね」

 杏が鼻のあたりに皺を寄せる。その仕草がびっくりするほど真知子に似ていた。


「で、いつ放送されんだよ」

 と、浩人。


「わかんない。使われないこともあるって。ピザ、美味しいです」


「なんだかなあ」


「まあ、そんなもんだろ」

 三国のパスタはもうほとんど空だ。


「兄さん、急いで食べないとピザ無くなるよ」

 そう言いながら泰人の手は次の一切れに伸びている。


「大丈夫よぉ、あと二枚、焼いてるから」


「ありがとうございます」

 食べかけの里佳がすかさず真知子に頭を下げた。




「あんだけお腹いっぱいだったのに、どうしてビールは入るんだろう」

 里佳は持ち上げたジョッキを横から眺めていた。


「いや、さすがにオレはきつい」

 浩人は減らないジョッキを上から見下ろした。


 山川の店には里佳と浩人の他にもパラパラと客が入っていた。


「なんか最近入ってるね」

 なんとなく小声になってしまう。


「ああ。山川、なんでだ?」


あじだ」

 返事がこだわりの亭主風になっている。


「いや、そういうことじゃなく」

 浩人が少しだけ食い下がる。


「実は、まったくわかってない」


「そうか」


「そうなんだあ」


「理由なんかどうでもいいんじゃないだろうか」

 山川は口の端を少しだけ持ち上げながら無理に作った険しい表情で忙しげに焼鳥を回した。


「あ、わかっちゃった」

 スマホを見ていた里佳が言った。


「山ちゃん、クチコミサイトになんか載せてもらった?」


「ウチはね、取材おことわり」


「そうじゃなくて。載ってるよ」


「おー、こりゃ褒めてんな、なになに、『下町の飾らない店、炭火の焼鳥は、タレ、塩ともに、わざわざ試す価値あり。投稿者:元出世頭』、山川、こんなことまでやって客集めとは」


「やってねえし」


「写真も載ってる。『チューハイは濃い目が嬉しい』って書いてあるよ」


「そうか、それでチューハイが出るのか」


「あ、このお財布」

 チューハイの向こうに写り込んだ財布に見覚えがあった。


「山ちゃん、これ、あれじゃん。あの、ほら、読モと受付嬢の話してた」


「だからその話はいいって」


 財布には若い女性と赤ん坊の写真が入っていた。


「これは……」

 山川にもクチコミの投稿主が誰だかわかった。


「だよね?」

 里佳ははっきりとわかっていた。


「はあ?」

 浩人だけがわからずに首をかしげた。

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