2-13 クロージング
駅前の広場で元気に手を振る金子さんはいい笑顔だった。
「今日はおごるわよ」
「ありがとうございます」
里佳が選んだ店に行く。今日はそういう約束だ。
ニポポの店内は空いていた。くっきりとしたコーヒーの香りが漂っている。隣の整骨院は休院だ。常連の年寄りたちの姿はない。
「こんなところに喫茶店あったのね。地元のヒトじゃないと分かんないわね。で、本当にここでいいの?」
小声だ。一応お店に気を使っているのだろう。
「昔は畑ばっかりだったんですよ」
つられて里佳も小声になる。
「あら、田村さん、年寄りみたいな発言ね」
「私、生まれも育ちもここなんで」
「その言い方、寅さんっぽいわね」
「?」
里佳の顔に浮かんだ疑問符を見て金子さんは苦笑した。
「あら、美味しい」
ケーキは口にあったようだ。里佳はほっと胸を撫で下ろした。
「でも、残念ね。近所にこんなお店あったら、もう少し来たかったのに。ワタシね、今の職場辞めるの」
「ええっ」
ひょっとしてお墓参りに行って気持ちが整理できたから、とは聞けなかった。
「違うわよぉ」
金子さんが苦笑した。どうやら里佳の考えはバレバレのようだ。
「しばらく前から考えてたの。親がね、祖父母が、要介護まで行かないけど、さすがに歳だから母親がそっちにかかりっきりで、親父からしょっちゅう電話来るのよ。泣き言とか言うわけじゃないんだけど、帰ってきて欲しいのかなあって。でもねえ、要はワタシに面倒みろってことでしょ。なんかそれも都合いいなって思うけど。今までずっと母親に頼ってきて、今度はワタシに頼ろうって魂胆でしょ、ミエミエなのよね。昔っからそう。ずっと仕事だったからとか言ってるけど、本人、自分で生活切り盛りしようとかって気、これっぽっちも無いからね」
あけっぴろげな話に、なんと返事をしたものか。とりあえず、黙って聞くことにする。
「でね、もうそろそろ母親も疲れ果てて限界だし、祖父母を介護付きのケアハウスで受け入れちゃえばなんとかなるかなって話になってね。もう二年ぐらい準備してたんだけど、来年早々に建物出来上がるからそろそろ専念してって話になって」
話が飛躍しすぎてついていけていない。里佳は首をかしげた。
「ワタシ、メーカーで働いていた若い頃に例の上司に言われてコツコツ株に投資してたんだけど幾つか化けたのあって。それと、母方は土地はけっこう持ってるから」
また里佳にだけ聞こえるよう小声で付け足す。
金子さんの視線はどこか遠くに向けられていた。
「あ、だからって今の仕事は腰掛け程度ってつもりでも無かったのよ。なんだろ、やってみてよく分かったけど、形は変わるかも知れないけどこれから先も無くならない仕事だなって。でも、何年か前からは開業とか経営とか、そういうところ気にしながらやってた。随分と勉強させてもらったけど、ワタシもいい歳だし、親がまだもうしばらく元気なうちに、ちょっとぐらいは手伝ってもらえるかなっていうのもあるし。スポンサーだけじゃなくてね」
地主で親は企業経営。金子さんの背景は里佳の想像より遥かに恵まれたものだった。そのうえで、里佳は少し違う目で金子さんを見ていた。したたかさ、などと言うと語弊があるかもしれない。強さとも違う。地に足がついている。
そう、それだ。里佳はひとりで納得した。
「ありがとね」
金子さんが右手を差し出す。
里佳はその手を握った。柔らかく、けれど、強く握り返された。
「もっと早く会いたかったわあ。でも、また何かあったら、ね」
金子さんは笑っている。社交辞令なのか本気なのか。
「是非」
だから、しっかりと返事をした。
「うん、そうそう。そうよ。それそれ。田村さん、あなた、きっと営業向いてるわよ。って、私に言われても説得力ないか」
「いえ。ありがとうございます」
「またまたあ、それは、こっちのセリフよ」
ふたりともすぐには手を放さなかった。
「彼氏にもよろしくね」
「彼氏、ですか?」
「お墓見つけてくれた。違うの?」
「え、ああ、幼馴染で兄弟みたいな」
彼氏とは違う。上手く言い返せない。
「ふーん、そうなんだ。彼氏、櫛田さんの息子さんなのよね。お父さん素敵よねぇ。渋いって言うより、あの歳なのに若々しいって言うか。私、タイプだわあ」
元々三国から紹介してもらったこと、里佳はすっかり忘れていた。
「なんだろ、やっぱり年上好きなのかしらね、私。いやあねえ、この年になって年上好きって、相手、爺さんばっかりじゃない、ねえ」
金子さんはケラケラと笑った。
駅に向かう金子さんを見送ると、待っていたかのタイミングでスマホが震えた。
花山さんからだ。
「はい。はい。はい、わかりました。本当にありがとうございます」
電話の向こうに頭を下げる。
「はい。兵庫県ですね。わかりました」
宝山歌劇団。もちろん名前は知っている。出身のスターをテレビで見ることもある。養成のための学校があるということも、なんとなくは聞いたことはある。けれど、実際に舞台を観に行ったことはない。その学校に在籍している、もしくは在籍していた人に直接会ったこともない。
宝山歌劇団の学校に通っていた女学生の頃を振り返りたい、花山さんのお知り合いのお母様がそう仰っている。問題は、九十歳を過ぎたお母様の余命が三ヶ月だということ。既に認知症を患っている、つまり、ボケてしまっていること。そして、学校を卒業してすぐに結婚したお母様は、つい最近まで歌劇団の学校に通っていたことを息子と娘には秘密にしていたということ。
「お母様の話が本当のことなのか、ご家族もよくわからないのよ。妄想なんじゃないかって気もしてるみたいなの。辛いわね、年をとるとそういうこともあるのね」
花山さんはしんみりとしていた。
「でもね、本人が仰ってるなら妄想でもなんでも連れて行きたいって。そういうことなんだけど、どうかしら」
「あ、はい。わかりました。まず、日程と費用だけでなくその学校についても調べてからすぐに折り返しご連絡さしあげます」
「ありがとう。お手間かけちゃって、ごめんなさいね」
「いいえ、手間なんて。私の、お仕事ですから」
里佳の表情がグンと引き締まった。
第二話 関東有名墓苑巡りバスツアー 終わり
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