第二話 関東有名墓苑巡りバスツアー

2-1 企画立案

 資料の詰まった重い鞄を肩から降ろした里佳は倒れるように椅子に身体を預け、大きなため息をついた。


「どうだった」

 浩人が恐るおそる声をかける。


「全然ダメ。どこへ行ってもいちおう興味は持ってくれるんだけど、結局、難しいんじゃないのって言われちゃう」


 櫛田葬儀店の一角を借りて始めた旅行代理店の営業で毎日あちこち昔の顧客を訪ねて歩き回っていた。


「まあ、そうだろうな」

 浩人は里佳を下手に刺激しないよう気をつけていた。ここ最近の里佳は明らかに気が立っている。


「それはそうなんだけど、やっぱりニーズ無いのかなあ」

 里佳は机の上でノートパソコンを広げる。


「あ、アクセスログな、チェックしといたけど、ほとんど無いぞ」


 旅行代理店のWebサイトは、里佳ちゃんのために出世払いでやれと三国から言われてしぶしぶ作った。無料のサービスを使った簡単なものだ。アクセスは今のところ毎日4回ずつ。浩人と里佳が朝と晩に見ている分だけがカウントされ続けている。


「あー、Webサイトのアクセスも全然増えないんだ。本当に、どうしたらいいんだろ」


「まあ、作って置いとくだけじゃこんなもんだろ」


「他に何すればいいのかなあ」

 里佳はうんざりしたようにノートパソコンを閉じた。


「宣伝用にSNSとか? まあ、それですぐにアクセス増えたら苦労ないけどな」


「んー、SNSなら移動中でもスマホで出来るけど……、どう思う?」


「どう思うもなにも、やりたいならやってみたらいいじゃん」


「んー、別にそんなにやりたくもないんだよね。それに今のところネタもないし」


「なんか、旅行ネタとか業界ネタとか、そういうのでいいんじゃねえの」


「そういうの苦手なのよね」


「おまえに苦手とかあるのかよ」


「いっぱいあるよォ。ありすぎ」


「ったく、しょうがねえなあ。やらない理由考えてる暇あったらなんかやってみろよ」


「あ、なんか前の職場の上司みたいなこと言ってるよ。ポジティブシンキングっての? でもさあ、ポジティブだろうがネガティブだろうが結局は潰れちゃったんだよね、あの会社」


「なんか、今日のおまえ、いつもに増して毒あるな」


「しょうがないよ。営業さっぱりなんだもん。あーあ、お客さんって、どこにいるんだろ」


「そもそもいるのか、お客さん」


「あ、それは言っちゃダメだよ。それを言っちゃあ、おしまいだよ」


「寅さんか」


「ん、どういう意味?」

 里佳はキョトンとしていた。


「いや、知らないならいい」

 苦笑しながら適当に誤魔化す。浩人もよく知ってるわけではない。子どもの頃、三国が口癖のように言っていたのを聞いたことがあるだけだ。


「本当、営業って大変。前の職場でもっと営業のヒトたちの話、聞いておけばよかった」


「俺も営業はなあ。経験ないから全然わかんないなあ」




 扉がガラガラと開き、上機嫌の三国が荷物を抱えた泰人を引き連れて帰ってきた。


「お、里佳ちゃんもう帰ってたのか。今日は早いな」


「んー、あんまり粘れなくって」


「ってことは今日もあれか」


「そうですね。今日もちょっと」

 里佳は下唇を突き出した。


「難しいねえ。いや、本当に難しい。おい、泰人、チラシ、見本があっただろ」


「あ、見本でもらった分は鞄に入ってるよ」


「そうかそうか。おい、里佳ちゃん、これ」


「なんですか?」


 三国が取り出したのは大手墓石販売店主催の墓苑見学ツアーの案内チラシだった。


「へー、こんなのあるんですか」


「見てみなよ、料金」


「料金? え、無料?」


「そう、無料のバスツアー。ジジババ集めて墓地に連れてって、そこで墓石陳列して説明会やって買わせんのさ。うまいよねえ。でね、墓地も宣伝になるから場所提供したりなんだり持ちつ持たれつってわけよ。考えたもんだねえ」


「へー、こんなのあるんですね」


「そうよ。でさ、ここから先なんだけどね。こういうのは墓参りのシーズンにはやらないんだ。まあ、そりゃそうだ。でね、墓参りって言っても行きたくても行けない人っていうのもけっこう多くてね」


「例えばどんな?」


「それだよ。墓参りって言うと家族でとかって話になるけど、若い人はあんまり行かないよ。でね、行きたいのはもっと歳いったジジババなんだけど、もうさ、ボケちゃったり足腰弱っちゃったりするわけよ。で、ひとりじゃいけない、と。かと言って子どもらに連れてってくれって言うのもあれだしな」


「そういうお年寄りがお墓参りに行きたいんですか?」


「行きたいのよ。特に先に配偶者を亡くしちゃった片割れな」


「なるほどー、そういうお年寄りを集めてお墓参りのバスツアーですか!」


「いや、そうなんだけど、それだけじゃなくてね、そういうお年寄りが集まってる場所があんだ」


「えー、そんなところが?」


「そうよ。あんのよ、そんなところが」


「どこだよ、それ」


「浩人、おまえは口を挟むな」


「どこなんですか?」

 里佳は話に食いついていた。


「特別養護老人ホームだよ」


「老人ホーム?」


「そう、老人ホーム。特別養護老人ホームのジジババがね、先にお隠れになった配偶者の墓参りに行きたいって言うんだよ」


「そうなんですか?」


「そうなんだよ。でね、自分ひとりじゃ行けないっていうか行くのが大変なんだ。家族に連れて行ってもらうったって、あれだよ、家族もいい顔しねえんだ」


「なんか、お気の毒ですね」


「そうなんだよ。お気の毒。でもな、考えてもみなよ、ボケちゃった年寄りの身の回りの世話するのだって大変なのに、車や電車で墓地まで連れてくのなんてなあ、里佳ちゃんも分かるだろ、大変なの」


「想像するだけですけど、確かに大変そうですね」


「だろ? でもな、だからこそそこにチャンスがあんじゃないかってな」


「チャンスって?」


「里佳ちゃんの仕事に決まってッだろうが」


「私の、仕事?」

 里佳は首を傾げた。


「どういうことだよ、なに、ジジババ集めてバスツアーってこと?」

 すっかりクエスチョンマークで一杯になってしまった里佳に代わって浩人が聞いた。


「要はそういうこった。ただな、それだけだと大変なだけだ。だから、これだよこれ」

 三国は墓苑見学ツアーのチラシを持ち上げた。


「だって、それは無料だろうが」


「おまえはバカか。こりゃ墓石販売会社が墓売ろうってツアーだから無料なんだよ」


「どういうことだよ、わかんねえよ」


「あのな、特別養護老人ホームのジジババ相手に墓参りツアー企画すっだろ。で、そのツアーのバスの車内で墓石販売会社に墓石の説明させんだよ。あと休憩場所に墓石陳列してそこで説明やってもいい。墓石屋はわざわざ無料のツアーやってるぐらいだからな、客、集めてくれるんだったら大喜びだ」


「ん、ってことは?」


「だから、墓石屋の販促ツアーの人集めして若干の報酬もらえんじゃねえのってこと」


「なるほどォ」

 里佳と浩人の声が揃った。


「でも、それって旅行法的に大丈夫なんですか?」


「里佳ちゃん、それを俺に聞いちゃダメだろうが」

 

「あ、それもそうですね。でも、車椅子のお年寄りばっかりだと乗り降りも大変じゃないですか?」


「ああ、最近は車椅子の昇降機の付いたバスがチャーターできるよ。その辺は里佳ちゃんのほうが詳しいんじゃないの?」


「そういえば、使ったことは無いけど聞いたことはあります」


「だろ?」


「すごい時代だなあ」

 浩人は三国の商魂に感心していた。


「今は年寄りとどう暮らすかっていう時代なんだ。覚えとけよ、浩人」


「なんだかなあ」

 父親がそこまで考えているとは。自分の不甲斐なさを反省する浩人であった。


「ところで、このチラシは?」


「ああ、それはな、チラシを置くだけでちっとばかり謝礼が貰えるってことだ。あと、チラシ持参でツアーに参加したお客さんが墓石の説明会に参加したら幾ら、墓石を買ったら幾らってこっちにキックバックがあんだな」


「よくできてるなあ。ていうか、それが目当てか」


「当たり前だろうが。何にも無しでこんな話しねえよ。墓石屋もな、けっこう必死なんだよ。それだけやったってなっかなか売れるもんじゃねえからな」


「楽な商売なんてないんですね」

 里佳が今日一日分の疲れをすべて吐き出すような大きくため息をついた。


「楽しようなんて思ってねえだろ、なあ」

 三国が里佳を見る目はどこまでもやさしかった。

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