1-4 地元の山ちゃん
東京に帰ってきてから毎日のように里佳と一緒に山川の店に通っていた。
「いらっしゃい」
無愛想な店主の山川とは中学での同級生だった。
「山ちゃん、わたしビール、中ジョッキ」
「あいよ」
「じゃ、おれも」
里佳のジョッキはすぐに空になった。
「山ちゃん、もう一杯」
「この寒いのによくそんなにガバガバ飲めんな」
「寒い時期に暖かいお店の中で冷たいビールっていいよね」
「おまえなあ」
二杯目のジョッキも里佳は瞬く間に空けてしまった。
「でね、ヒークン聞いてよ」
「あのさあ、その呼び方マジやめてくんないかな」
「わたしね、今の会社ね」
呂律が急速に怪しくなり始めている。
「またかよ。また辞めたいって話かよ」
「違うの、辞めたいんじゃなくて」
「じゃなんだよ」
「潰れたの」
「ああ、そう。て、なに、潰れた?」
「そう」
「いつ?」
「今日出社したらぁ、張り紙が貼ってあったのよお。山ちゃん、ビールもう一杯」
「あいよ」
「もう酔ってんのか?」
「大丈夫、大丈夫。あ、仕事は大丈夫じゃない」
ケラケラと笑っている。
「おまえさあ……。笑ってる場合かよ」
「なに言ってんのよ。ヒークンだって無職じゃない」
「あ、なに、それ言う? 言うの?」
「いい職場だったんだけどなあ。中小の旅行代理店はね、もうずっと前からキツイの。団体旅行が減っちゃったし、個人旅行は皆ネットで予約しちゃうし」
「確かに」
「でもね、国内でも添乗員が同行するツアーって悪くないのよ。単に見るだけじゃなくてきちんと説明聞けると何倍も面白いし、それこそ個人だと入りにくいお店や名所に入れたりっていうのもあるし、割引もね、意外とあるから」
「んー、その話は何度も聞いてるけど、それでもオレは一人旅のほうが気楽かなあ」
「一人旅は一人旅でいいのよ。でも、ほら、一人で名所旧跡とか行っても見てくるだけでしょ」
「いや、それでいいんじゃないの」
「そんなことないよ。やっぱり、ちゃんと由来とか歴史とか、そういうのわかったほうが何倍も面白いよ」
「それこそ今はスマホでその場で調べりゃいいんじゃないの」
「そうなのよねえ」
里佳は大きく溜息をついた。
「予約もツアーも添乗員もダメってことになると旅行代理店ってもうダメなのかなあ」
「絶滅危惧業種」
「おい、そんなこと言うな。ヒロト、もっと飲め」
「なんだよ、呼び捨てかよ」
「あーあ、私、また仕事探さないと」
「おまえ、働かなくても困んねえだろうが」
田村家がこの辺の大地主なのは皆がよく知っていることだ。櫛田葬儀店も田村家の土地に建っている。
「そんなことないよ。働かないと。ヒロト、あんたもヒトのこと言ってらんないよ。いつまで実家でプラプラしてんの」
「今度はあんた呼ばわりかよ」
「なんでもいいよ。あ、そうか、ヒークンは実家継ぐのか」
「いや、それはないわ。無理。家族経営の葬儀屋も絶滅危惧業種だから」
「でもね、旅行代理店の仕事はネットに負けそうだけど、お葬式はネットじゃ代えられないでしょ。絶対に無くならないでしょ」
「いや、最近は簡単なお葬式っていうか、お通夜とか告別式とかやらないご遺族様も増えてるし、セレモニープランとか言ってホテル業界が大攻勢かけてきてるからな」
「そうなんだあ。難しいね、どの業界も」
山川がひっくり返した焼鳥の下で赤く燃える備長炭が音を立てた。
今日も二人の他に客は現れそうにもなかった。
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