あかわいん家の決断(中断してます)

陽野 乃在 (ひの だいざい)

第1話 決断。

 あかわいん家史上最大の決断は2013年の5月の最終週に下された。それは、家族会議で決定されたものではなく、夫婦ふたりの密談会議により決定された。

 『一家団欒』をモットーとしてきたあかわいん家ではあるが、最大の決断をするにあたって、子供たちを加えなかったのには訳があった。

 あかわいん家の『団欒』のひとつにダイニングテーブルがある。家族が食卓にならび向かい合って、食事をしながら出来事を語り合う環境なしには団欒は語れない。

 もうひとつ『団欒』を象徴するものが人生ゲームだ。

 みんなで盤を囲み、ルーレットをまわしては一喜一憂し、あるときは借金を抱え、あるときは宝ものを手にしてゴールに向かう。波瀾万丈の人生ゲームを楽しむことで『一家団欒』を紡いできた。

 ところが最近の赤和家はどうだ。まず、主人からして仕事に追われ、家族観察をしなくなり、おざなりの家族サービスでごまかそうとする姿勢がみえみえ。

 子供たちはというと、すっかり大きくなり、各自が家族とは別の社会の中に居場所をみつけ、そこに価値を感じとるようになり、以前のように家族行動をしなくなった。そして、不遜な態度が増え、両親を困らせることが増えた。

 妻は、あいかわらず美しく、献身的に身をつくしてくれているが、以前のように時間をうまく使えなくなり、家事に支障をきたすようになった。それは妻の機嫌を大きく左右させ、ぎくしゃくとした空気が家庭内に漂う状態が続いた。

 これらの原因はコミュニケーションの欠落にある。私を含め、それぞれが自分の社会性を持ち始めたことで『団欒』が薄れ始めたのだ。

 思い返せば、それは数年前から始まっていた。ただ、3.11を経験し『絆』の重要性を思い出し、一時は持ち直したものの、震災の記憶が薄れるのに比例して、やはり団欒も薄れ始めた。その証拠に、団欒の象徴であるダイニングテーブルには、通販カタログや学校のプリントが山積みとなり、一人分のスペースを陣取っていた。家族4人が揃うことが珍しくなり、そんな状況でも特に食事に困らないケースがほとんどだからだ。また、もうひとつの象徴である人生ゲームもホコリをかぶり、すっかりご無沙汰の状態だ。

 この時、一番危機感を持っていたのは妻だったのかもしれない。


 「ちょっと話がある」と妻に言われたのは、最大の決断の1週間前のことだった。深刻そうな表情から、かなり濃い内容になることを覚悟して話に臨んだ。なぜなら、それは『相談』ではなく『話』だからだ。つまり、妻のなかではおよそ『決定事項』なのである。

 私は妻から手渡された一枚の紙を、散らかったダイニングテーブルに広げ覗き込んだ。


 見た瞬間に、毎年夏に行われているファミリーキャンプの中止が頭をよぎった。


 それから何度か妻と極秘に会談を繰り返し、意外にあっけなく合意にいたった。


 最大の決断はたったの1週間で決められた。


 その翌日、ふたりは印鑑を持ってでかけた。

 

 このたび、あかわいん家は、団欒の新たな象徴として『庭』を手にいれたことをここに報告する。


 専用庭つき3LDK新築マンション。


 ステップファミリーとして再スタートして以来11年。『団欒』の新たなステージへと辿り着いたのは、ずっと献身的に身を捧げてくれた妻の貢献が不可欠であったことも合わせて報告する。




 

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