シュディア戦記

序章

はじまりはじまり

うっそうと茂る森。二人の男は疲れた体をひきずるようにして、森をさまよい歩いていた。

　一人は若い男だったが、もう一人の男は連れの男と比べてずいぶん年をとっているようだ。前方を歩いている中年の男は、額に浮き出た汗をぬぐった。

「本当に……ここなんだろうな」

　若い男がつぶやく。中年の男は力なくうなずいた。

「間違いない……はずだ」

　声の調子から男がどれだけ疲れているのかわかる。

　もう声を出す体力もほとんど残っていないのだろう。絞り出すような、かすれた声しか出ていない。

　二人がこの森に入って、すでに五日が過ぎていた。この五日間、ずっと歩き通しだったが、森が途切れる気配はいっこうにない。むしろ、ずっと続いているようだ。

「なぁ……」

　男が何か言いかけた時だった。

　――サクッ

　草を踏みしめる音。二人はハッと身構えた。

（魔物か？　いや、そんなはずはない。ここに魔物はいない。とすると、まさか――？）

　二人は腰に下げていた鞘から素早く剣をぬくと、辺りを見わたした。

　何もいない。だが、明らかにいる。魔物ではない、人の気配だ。

「だ、だれだ……」

　男が恐怖で震えた声を出した。

　その時、木の陰から何者かが姿を現した。黒い瞳の、華奢な体つきをした少女だった。黒い髪は一本に結わえられている。

　男たちはほっとして剣を下ろした。どう見てもただの子供だ。こんな子供に、危険などあるはずがない。

「君は？　どうしてこんなところにいるんだ？」

　少女は何も言わない。男たちの顔をじっと見据えている。

　どうしたのだろう、と男たちが眉をひそめた時、少女は静かに口を開いた。

「ここから立ち去ってください。さもないと、この刀であなたたちを殺めます」

　少女は腰のさやから、自分の剣をゆっくりとぬきとった。

「ひっ……！」

　二人は後ずさりし、震える手で剣を持ち直した。

「く、くるな……」

　そうつぶやいた男の体から、何かが噴き出した。

　血だった。

　男の手から剣が滑り落ちる。目を見開き、その場に凍り付く男に向かって手を伸ばした。

　助けて。

　男の唇が小さく動いた。そのままどさりと倒れ、動かなくなる。

　少女はそれを見届けると、取り残された男に静かな目を向けた。

「や、やめろ……俺は、何も」

　不意に男の言葉が途切れた。

　何が起きたのかわからなかった。胸から何かが引き抜かれる。

　急速に意識が遠のく。

　だめだ。

　そう叫んだ。男の手が、何かをつかむかのように宙に伸ばされる。

　今、気を失ったら、俺は……。

　目の前に広がるすべてが色を失う。気が付くと、宙に伸ばされた男の手は地に下ろされていた。

　少女は動かなくなった男たちを見下ろした。

「よい夢を」

　次の瞬間、そこに少女の姿はなかった。