傭兵国でお仕事です!
阿野根の作者
第1話プロローグ 守護傭兵は今日も事務仕事が終わらない……
今日も残業……昨日も残業……いい加減帰りたい……ギルド管理官長はどこ行った―
ああ、王宮か〜会議また終わんないのかなぁ〜。
私は落ち武者のごとくヨロヨロと机の前の書類をめくった。
ついでに大型通信機の画面にも情報を入力する。
現在は夕食を過ぎて22時近い時刻だ。
腹時計がグーグーなって目が回りそうになってギルドの中庭の芝って煮たら食べられるかなぁとちょっとあやしい精神状態でヨダレをたらしかけて拭った。
グーレラーシャ傭兵国の建物は大きくても小さくても中庭を有する砦方式になっていて戦闘になった時に最奥が守られるように造られている。
上司の執務室はまさに最奥で高級そうな黒い革張りのデスクチェアと木目の綺麗なデスクには人影が無い。
後ろの壁には真紅の地色にいななく馬と大地のモチーフの国旗と同じ色に盾と剣のグーレラーシャ王立傭兵ギルドの旗が貼ってある。
壁際にいっぱいある資料が圧迫されるほど入った棚を見た。
クソ上司の隠しおやつでも一段落したら漁るかぁ〜とナチュラルハイで書類に向き直った。
ちなみに私の座ってる椅子も高機能デスクチェアで机も木目のある机だ。
その向こうのついたての向こうにワインレッドの高級ソファーセットがわずかに見える。
パーウェーナ世界のヒデルキサム大陸とキシギディル大陸にまたがるグーレラーシャ傭兵国はその名の通り『傭兵』を産業にしている国民総傭兵という国家だ。
その王都ラーシャの丘にある中庭を有したほぼ平屋の広大な王宮の隣にこれまた中庭を有したまた大きな王立傭兵ギルドがある事からもよくわかることだ。
大体は兼業傭兵で専業傭兵の割合は平時は1〜2割に満たない人数なんだけどね。
くっそーバカギルド管理官長〜今度明正和次元料理……いや高級店の和食をおごらせてやる。
私はブツブツ言いながら落ちてきた青黒い髪をかきあげて書類の処理をしていった。
シーンと静まり返った廊下をコツンコツンコツンと足音が聞こえた。
警備担当者がまた通ってるのかと顔も上げずに書いていると足音が止まって勢い良く扉が開いた。
「
チョコレート色の長い髪を一本三つ編みにしたチョコレート色の瞳の筋肉質の長身の男性が慌てたように入ってきた。
マミニウス・ヒフィゼギルド管理官長のご登場だ。
民族衣装の防御力の高い特殊な生地で作った紺色の縦襟長袖で膝丈の真ん中スリットの長衣と細身のズボンの美丈夫はいつ見ても男の色気をまとっているなぁとやや動かない頭で思った。
「ヒフィゼギルド管理官長〜お腹空きました〜」
机に突っ伏して私は情けない声を出した。
「買ってくる時間もなかった、菓子でも食っとけ! 」
ギルド管理官長が戸棚の奥の隠し扉から箱を出した。
そんなところに隠しといたんですか〜。
箱を開ける手さえ震えているとギルド管理官長が開けてくれた。
ついでにお菓子の袋もあけてハニードロップクッキーを私の口にくわえさせてくれた。
甘ーいのーてんに突き抜けるような甘さが今日は美味しいってやばすぎる。
しばらくお菓子を食べさせてもらってひとごごちついた。
私、グーレラーシャ人だけど……育ったのグーレラーシャじゃないし……ほぼ異世界の明正和次元人なのに〜。
私は
青黒い長い髪と紺色の瞳の極々普通の女です。
守護戦士二級と高等斧士もってるんで瑠璃色の縦襟長袖の
グーレラーシャ人の女性らしく一本に縛った根元に隠し武器で銀の花のかんざしもつけてるけど……感覚は長く暮らした日本人なんだよね。
事務員准二級資格取得が明正和学園時代に就職が有利になるよという友の甘言にハマったばかりにこの状況にあるのである。
そして専業傭兵なのにギルド管理官長の事務仕事を手伝う日々……
「いい加減にしてください〜」
私の心の叫びにギルド管理官長がお茶をオロオロと準備しだした。
まあ、わかってるんだけどね、育休で秘書担当官が休んで王宮から来てる臨時の秘書担当官とやらは蜜月とかで定時でかえるし……受付担当官も仕事別だしなぁ……
「ま、まあ、今度戦闘文官の唐揚げ弁当でもおごるから」
「なんでピンポイントでそれなんですか〜」
ギルド管理官長は茶のグラスを慌てておきながら追加とばかりに砂糖瓶をおきながら目を彷徨わせた。
あ~戦闘文官の唐揚げ弁当好きです。
日本ぽい味がして……
グーレラーシャ傭兵国の料理は味が濃い、肉だらけ野菜もたべるけど魚が極度に少ない……でも最大の特徴は超甘々な甘い料理や菓子だ。
スパイスキャンディーの肉巻きなんか王都名物だけどダダ甘くてスパイシーで普段食べたくない甘さだ。
それを考えると港町デリュスケシの名物『戦闘文官の唐揚げ弁当』は魚の唐揚げがメインだし薄味で甘すぎなくて美味しいけど今食べたいのはそれじゃなくて高級日本和食だよ。
異世界ショッピングモール『ソートン』の和風弁当、洋風弁当でも可だけどさ。
「今度『牡丹』でおごってください」
『牡丹』は高級料亭で
お造りは新鮮で美味しそうな煮物はふっくら炊きあがって……つややかな白いごはんの鯛茶漬け……配信映像を思い出してヨダレが垂れそうになって慌てて口を拭った。
「ああ良いぞ」
ギルド管理官長が自分のお茶に砂糖を足しながら答えた。
「よろしくお願いします」
高給取りのギルド管理官長なら余裕でしょうと思いながらお茶を口に含んだ。
思った通り脳天が突き抜けるほど甘い……おかしいないつももっと気遣いできる人なのに……無糖茶まで行かないけど私の砂糖量しってるよね。
「悪い入れすぎたか? 」
「甘いです」
私は涙目になってお水を飲みに給湯室に走った。
悪かったなとギルド管理官長の声が追いかけてくる。
水をがぶ飲みして戻ってくるとギルド管理官長は真剣な顔で大型通信機の画面を見ていた。
「キシグ連盟国周辺で海賊行為が勃発か……」
チョコレート色の瞳が依頼から情勢を読み取ろうとしている。
「先行としてドゥラ=キシグ香国にカザフ班を送り込んであります」
「……すまん、編珠がいなければ日も夜も空けんな」
ギルド管理官長がとろけるようなほほ笑みを浮かべた。
なんでそんなほほ笑みを浮かべるんだ〜どうせとろけるならプリンとかチーズとかがいいです。
「おば様も送り込みました」
「ちびおばさんはカザフ班だからな」
私は視線をそらして大型通信機に情報をだした。
ヒフィゼ家は王宮に部屋群があるほどの高位貴族であるので少々複雑なのである。
ちびおばさんとは先々代当主と後妻様の娘さんで若い当代のギルド管理官長にとっておばさんなんだけどギルド管理官長よりものすごく若い先が楽しみな専業傭兵だ。
専業傭兵は基本的に単独では動かない最小単位はバディーの二人だけどその上が班長を中心に据えた班でカザフ班はラウティウス・カザフを中心にした三人の班だったはずだ。
「良い経験になるだろう」
情報を確認した後にギルド管理官長が書類を受け取った。
もうしばらく頑張ってくれとギルド管理官長が私に頭を下げたので頷いて仕事に戻った。
機械式の時計音とペン音とキーボードの音だけが深夜に響き渡る。
静かに時間だけが過ぎていった。
カツンカツンカツンと足音がして扉がそっと開かれた。
「まだ、編珠ちゃん終わらないのかい? 」
警備担当者が魔法式の懐中電灯を片手にのぞき込んだ。
「オルティアス異常はない」
「わ~ギルド管理官長いらっしゃったんですか? 」
警備担当者の専業傭兵オルティアスさんが動揺した。
「私は気配を消してきた覚えはないし施錠も解除したから通信機に通じているだろう? 」
不機嫌そうにギルド管理官長がオルティアスさんを見た。
あ~ホントだぁとオルティアスさんが通信機の画面を確認して頬を指でポリポリ掻いた。
「気を引き締めて業務にあたれ」
「はい」
オルティアスさんがグーレラーシャの敬礼をしてちらっと私を見て去っていった。
警備担当も傭兵業務で求愛行動中の専業傭兵が王都や地方都市からはなれたくてよく希望してやってるみたいだけどオルティアスさんもそういう人がいるのかな?
結局、早朝に業務が終わって傭兵ギルドが斡旋してくれた下宿に帰ったのは……朝方だった。
ギルド管理官長が送ってくれたので安心でしたよ〜あの人高等剣士だしね〜。
今日も王立傭兵ギルドは朝からにぎやかだ。
昨日帰ったあと私は爆睡したけどギルド管理官長は休めたのかなとロッカーで受付担当官のデナエルちゃんと行き合った。
「それでなにもなかったの? 」
デナエルちゃんがキラキラした目で聞いた。
「なにもってこれから『牡丹』で報酬いただきますよ、いつかは知りませんが」
私はショルダーバッグをロッカーに入れながら答えた。
お弁当の入ったバッグだけ持った。
いい加減傭兵業務の方に復帰したいけど……無理だろうなぁ。
「ええーせっかくバディー組んでるのに進展なし? 」
「その方が書類仕事押し付けやすいからだよ」
ガクッとうなだれて私はつぶやいた。
いい加減に事務仕事じゃなくて傭兵業務したいよ。
「おはようございまーす」
「おはよう」
「花山さん今日もよろしくお願いします」
執務室でギルド管理官長が待ってるのは諦めたけどイルサン秘書担当官さんなんで当たり前のように私が事務仕事に組み込まれてるんですか〜。
赤毛の男性秘書担当官の笑顔に内心ため息をつきながら席についた。
お昼を中庭でデナエルちゃんと同じく受付担当官のヒュルシュエルちゃんと食べたあと時間があったので仕事依頼室までやってきた。
たくさんの大型通信機が並んだ部屋はお昼休み中のせいかあまりひとがいなかった。
仕事依頼室の担当者のエリアスに断って椅子に座って通信機を操作した。
なかなか
基本的に組んで活動だからギルド管理官長の手が空かないと実務業務ができないんだよね。
書類仕事で稼ぎすぎてますけど……夜間の警備の仕事だとソロがあるんだけど、ギルド管理官長がなぜか却下するし……私、子供じゃないんですけどね。
チョコレート色の三つ編みが視界に入った。
私は青黒い髪だから違うしギルド管理官長?
「編珠、お礼の件だが……」
「あ、ギルド管理官長」
美声を背後から囁くように話しかけられてドキドキしながら振り向くとギルド管理官長の顔があった。
「忙しければ来月でもいいですよ」
「いや……実は両親が同席したいとダダをこねてな」
ギルド管理官長が困った顔した。
ギルド管理官長の両親って先代ヒフィゼ家当主で前ギルド管理官長ですよね。
なんで一緒に食事したいんですか? 私、超下っ端専業傭兵ですよ〜。
「なんでですか? 」
「母が編珠と話してみたいと」
父は母命の人だからもれなくとギルド管理官長がゴニョゴニョこたえた。
ああ、グーレラーシャの男性って愛する女性を離したがらないからねぇ……特に求愛行動中抱き上げまくるし。
「だめだろうか? 」
「えーとわかりました」
たぶん大事な息子のバディーが変な人間かどうか見たいだけとかかな?
ありがとうとギルド管理官長が微笑んだ。
相変わらず色っぽいなぁ……
は、待てよ……ご両親が来るということはもしかしておめかししないといけないんだろうか?
「とりあえず今月末まで忙しいから今晩も頼む」
「えーと? 」
ギルド管理官長が申し訳なさそうな顔をして離れていった。
「春風屋のチキンロールサンドをテイクアウトしておくからな」
ギルド管理官長が入り口で振り返った。
それ賄賂ですか?
「あ、あのー」
「会議に行ってくる」
ギルド管理官長は私に微笑みかけて手を降って出ていった。
「毎晩残業お疲れ様〜」
仕事依頼室の管理者のエリアスが私に手を振った。
わーん今日も残業ですか?
本業の秘書担当官さん求愛行動早く完了してくださーい。
無理なのはわかってるけど私も
早く忙しい時期終わんないかなぁ……
あ、おめかしも考えないといけないんだっけ。
頭が痛いよ……
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