Act.0002:性に合っている部分って……

 子供の頃から住んでいるこの四阿あずまやという街は、獅子王にとってすべてが遊び場のようなものだった。

 警務隊に憧れていた子供の頃に、泥棒と警務隊にわかれて鬼ごっこをする遊びをよくやったのだが、おかげで裏道やら抜け道やらは知り尽くしている。

 確かに今は、あちらこちらの建物が破壊され、いくつかは逃げ道に使うことができなかった。

 しかし、街に来たばかりの人間を撒くなどたやすいことだ。

 それに相手も、あまりこちらを本気で追うつもりはなかったのだろう。

 おかげで地の利を活かし、すぐにアラベラという女大隊長を撒くことができた。


(面倒そうなのが来たな。まだまだ街は大変だというのに……)


 獅子王は、マスクのたてがみを風になびかせながら、ある屋根の上で記憶の中の風景と見比べる。

 魔生機甲レムロイド用の稀少素材を扱うショップは、建物が大きく傾いていた。

 食器や小物などの日用品を売っていた店は、2階の屋根がなくなり、日当たりがよくなりすぎていた。

 よく朝に買いに行っていたパン屋は、建物と一緒に店主も黒焦げとなり、二度とあのおいしい焼きたてパンを食べることができなくなっていた。


 1ヶ月ほど前――

 この町は、テロリスト集団である解放軍【新月ニュームーン】による襲撃で、街の半分以上を壊滅させられてしまったのだ。

 その悪夢は、【新月ニュームーン】の新型魔生機甲レムロイド10機によってもたらされた。

 無論、街を守るために、エリートパイロット集団である警務隊の魔生機甲レムロイドも出撃した。

 しかし、いとも簡単に全滅させられてしまったのだ。

 そのテロリストたちの戦果は、奇襲による効果と数の力もあっただろう。

 しかし、それよりも新型魔生機甲レムロイドの性能差が非常に大きかったといいえよう。

 なにしろ、街には腕自慢のパイロットがたくさんいたというのに、警務隊との戦いを見て、すぐさま逃走することを選んだぐらいだ。

 結果、抵抗勢力はなくなり、そのまま街はテロリストたちに蹂躙される……かと思われた。


 しかし、それは成されなかった。


 ただ1機の魔生機甲レムロイドの活躍により、解放軍10機の魔生機甲レムロイドは一方的に沈められてしまったのである。

 その戦いの様子は【四阿の月食】と呼ばれ、瞬く間に周辺エリアにも伝わっていった。

 今までとはレベルの違う魔生機甲レムロイドの存在と、それを生んだ魔生機甲設計者レムロイドビルダーがいるということも含めてだ。

 おかげで、街には強い魔生機甲レムロイドを求める、多くのパイロットや魔生機甲設計者レムロイドビルダー、さらに仕事を探す傭兵たちや、おこぼれを狙う破落戸ならずものたちにいたるまでつどい始めてしまった。

 噂によれば、いくつかの山賊たちが勢力を増し、近くの山で四阿に向かう旅人たちを狙うようになったという。

 まだ、警務隊の体制も整わず、街の復興もまにあわない状態で、四阿は混沌とした状態となっていったのだ。


「やれやれ……。やっかいな仕事を受けてしまったな」


 獅子王はくびれた腰に両手をあて、大きくため息をつく。

 そして、守るべき街を再び脳裏に焼きつけるように見る。

 かつての活気をとりもどすまでには、もっと多くの時が必要だ……夕映えに照らされた街が、そう雄弁に告げていた。


 その夕映えに、小さく短い口笛が鳴り渡る。

 音をたどり、すぐ下の細い道を見た獅子王の瞳に、はたして1人の少年の姿があった。

 高さ7メートルはある屋根から、獅子王は身軽に飛び降りると少年の前に歩みよる。

 そこは建物同士の隙間。

 建物には、その道を覗ける窓はどこにもない。

 道の片側は、木製の塀で行き止まり。

 そして、唯一の抜け道側には、ひとりの女性が周囲の気配を探るようにキョロキョロとしていた。


「……うん、大丈夫」


 彼女の合図をもらうと、獅子王はその象徴的マスクに手をかけた。

 金色のたてがみをデザインした装飾の下から指を入れて、マスクを剥がすように脱ぎとった。

 短めの黒髪が現れ、汗の雫が少し飛び散る。

 もし、その場に鏡があれば、そこには白い肌に、少しつりあがり気味の黒い双眸をもつ、ほっそりとした輪郭の女性が写っていたことだろう。

 最初にその姿を見た時、獅子王は「母さんのようだ」と思ったものだ。


 だが、この姿は違う・・・・・・


 女性らしさがあふれる、さりとて重く邪魔な胸を広げるように、獅子王は腕を斜め下に伸ばして拳に力をこめる。

 そして、願う。


(……解呪!)


 黒いボディスーツの表面が波打つ。

 それと共に、全身の皮膚が痙攣するような感触を獅子王は味わう。

 輪郭が膨らんでいく。

 激しく脈動する血管。

 わきあがる熱。


 だが、それはほんの2~3秒のことだった。

 気がつけば、すべて元に戻っていた・・・・・・・


「お疲れ、和真にーちゃん。ほい、これ」


 少年からタオルを手渡されると、獅子王は少し角張った顔の汗を拭きとった。

 短めに切りそろえられた、硬そうなツンツンに立った黒髪の間から、冷たい汗がたらりと垂れる。

 それを厳ついかいなを動かしてきれいに拭きとった。


「まったく。面倒なのが来たぞ」


 飛びでたのど仏を揺らした、獅子王こと【雷堂らいどう 和真かずま】の声は、まちがいなく男のものだった。

 もちろん黒いボディスーツの下は、艶やかさを象徴する乳房ではなく、力強さを象徴するぶ厚い胸板に変わっている。

 細くくびれた腰も、シックスパックに割れた腹筋が象徴するひきしまったラインに変わっていた。

 獅子王の容姿には、どこにも女らしさなど残っていなかった。


「なにかあった? 少し遅かったけどさ」


 路地の出口を見張っていた、和真の今の相棒である女性が寄ってくる。

 和真は彼女が手渡してくれたズボンとジャケットを身につけて、黒いボディスーツを覆い隠す。


「ミチヨ、お前が言っていた、新しい大隊長と出くわしちまった」


「ああ、あれね。今日、来たんだ。いきなりの遭遇?」


「ああ。さすが大隊長だけあって、かなりの剣技をもつ女だったぞ」


「え? 女なんだ? 珍しいな、それ」


「だな。……ところで、やっぱりこの性転換術のスーツ、やめるわけにはいかねーかな?」


 和真は深緑のジャケットの前にあるファスナーを半分だけ閉め、その上に覗くボディスーツを親指でさししめす。

 太い眉毛を思いっきり顰め、口元も片方だけつりあがる。


「なんだよー。もう割り切ったことだろ?」


「割り切れてはいない。女の姿に、しかもあんなかっこう……」


「まあ、最初は『ハレンチ王』とか、『エロライオン』とか、酷い言われようだったけど、今では活躍の甲斐もあって『獅子王様』とか、かわいく『しっしー』とか呼ばれて大人気じゃない」


「かわいくって……。確かに街の人は段々、変な話だが慣れてきてくれた。でもな、今は外から多くの人間がやってくる。さっきもくだんの女大隊長に『変態仮面』と……」


「へ、へんた……ぷっ!」


「……おい……」


「また、新しい呼び名がついたね。おめでとう、カズマは変態仮面に進化した!」


「めでたくねーし、進化してねー! ……って、なにススムまで笑ってんだ!」


 横で口を押さえ、肩を震わせる少年を和真はかるく睨んだ。

 彼は和真のように短く切りそろえた髪を小刻みに揺らし続けている。


「ご、ごめ……だ、だって……」


「まったく……」


 和真は、腕組みをしてため息をつく。


「だってさ、しゃーないじゃないか。男のカッコで戦ったら、和真みたいな有名人、すぐにばれちゃうじゃん」


 そして、ミチヨに改めてわかっていることを念押しされてしまう。

 わかっている。

 重々わかっているのだが、男らしくを生き様にしてきた和真にしてみれば、あのような姿をさらすことは苦痛でしかない。


「ばれたら、これを狙われちゃうじゃん。……はい」


「…………」


 和真は、ミチヨから受けとったウェストバッグを腰にとめる。

 中には、魔法で保護された金属ケースが入っており、その中には彼にとってすっかり愛機となった魔生機甲レムロイドが眠る魔生機甲設計書ビルモアが入っていた。


 その魔生機甲レムロイドとは、魔生機甲設計者レムロイドビルダーである【東城 世代セダイ】から直接渡された物だ。

 そして世代セダイこそが、【四阿の月食】で10機の敵を沈めた魔生機甲レムロイドをデザインした人物だった。

 和真は世代セダイがデザインした魔生機甲レムロイドをタダで受けとる代わりに、街が落ちつくまで守るという役割を果たす約束をしたのだ。


 ところが、この魔生機甲レムロイドを使う限り、正体を隠さないと面倒なことになる。

 なにしろ、四阿を訪れる者の多くに加え、国務隊・警務隊にいたるまで、この高性能な魔生機甲レムロイド世代セダイのことを狙っているのだ。


「和真にーちゃん、また訓練つけてくれよ」


 やれやれ顔の和真に、いつも通りの明るいススムの笑顔。

 もうこれは考えてもしかたないことだと、和真も表情を崩して明るく答える。


「ああ、いいぜ。ただ、少しだけだ。明日は早くから対戦試合プグナがあるからな」


 ススムをパイロットとして育てること、それは和真の日課となっていた。

 なにしろ、ススムも世代セダイから魔生機甲設計書ビルモアを受けとっている。

 今はまだ早いが、あと5~6年もすれば乗るかもしれない。

 その時に乗りこなせる技術がなければ、彼も狙われて危険な立場となるだろう。


 もちろん、そんな危険な魔生機甲設計書ビルモアをススムから取りあげてしまうという方法もあるかもしれない。

 しかしススムが今、笑っていられるのは、この魔生機甲設計書ビルモアのおかげなのだ。

 取りあげるようなことをすれば、彼の心は闇に沈んでしまうだろう。


 自分が守ってやれればいいが、自分が常に側にいられるわけでもないうえ、和真には将来、やりたいこともできていた。

 まだ、誰にも言っていないが、そのためにはこの街を離れなくてはならない。

 だから今、できるだけススムを強くしようと時間を割いていた。


「悪いな、和真。いつも、弟の面倒を見てもらってさ」


 男勝りな口調ながら、ミチヨが申し訳なさそうに頭をかく。

 和真は口元を緩めて返す。


「なんだ、改まって。気持ち悪いな」


「きっ、気持ち悪いってひでーな!」


「俺たちは、兄妹きょうだいのように育った幼馴染みだ。ススムは、俺にとっても弟のようなものだって言っただろう」


兄妹きょうだい……」


 少しミチヨが寂しそうな顔をする。

 その理由は、和真にもわかっている。

 だが、今はなにもできない。


「と、ところでさ……」


 気まずい空気を変えるためか、ミチヨが努めて明るく話してくる。


「和真はもう工房の契約パイロットやらないのか? 契約パイロットになれば、対戦試合ブグナだけで食っていけるじゃん。リスクの高い賞金稼ぎとかやらなくても……」


「契約パイロットは時間が縛られるからな……」


「それが? 不定期よりいいじゃないか」


「事件はいつ起こるかわからないだろう。対戦試合プグナ中に事件が起きたらどうする?」


「ああ……そうか」


「そうだ。個人の対戦試合プグナなら自分が負けるだけで損して終わりだが、工房の名前を賭けたら不戦敗とはいかない。それに、賞金稼ぎは自分で時間を決められるから自由になる時間が多い」


「なるほど……」


「フリーが一番、正義のヒーローを続けられるってことだな」


「契約パイロットという名誉を捨てて……そこまでして、獅子王ヒーローを続けたいの?」


「まあ、な……。約束というのもあるが、性に合っている部分もあるのかもしれん」


「……ねえ」


「うん?」


「性に合っている部分って……」


「……?」


「まさか……女装?」


「そこじゃねーよ!」


 幼馴染みにまで「変態仮面」の汚名を着せられそうな和真であった。

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