第六章:クエ

Act.0052:世代と一緒に戦う!

 彼女・・が四阿にたどりついたのは、【東王杯】の開催前日だった。

 急なスケジュールのため用意も大変だったが、出発してからの4日間の旅路も本当に大変だった。

 それでも彼女は、もたらされた情報を確認するために、絶対にここに来る必要があった。

 そして、その情報が正しければ、目的は2つ。


 ひとつは、相手と情報交換すること。

 ひとつは、相手に勝利すること。


 そのために、【東王杯】への参加もある人・・・に手配を依頼しておいた。


(まあ、信用でける情報源やさかい、嘘やとは思えへんやけど……)


 彼女は耳にかかった、漆黒の長髪を後ろに流す。

 ここ数日、お風呂に入ることができなかった、腰につくぐらい伸びた髪は、いつもより艶が失われてしまっている。

 それに体中、ざらざらの砂だらけだ。

 【宙箱そらばこ】とかいう、風を巻きあげない魔法のエアーカーと言えど、あれだけ砂埃の激しい荒野を抜けてくればこうもなるのは仕方ない。

 それはわかっているが、気持ち悪いと思うのも仕方ないだろう。

 宿に行ったら、まずは風呂に入ろうと心に誓う。

 せっかくのプロポーションも、汚くては台なしである。

 この色気のない、旅行用のつなぎも早く脱いでしまいたい。

 今はカサカサになってしまったが、友達から艶やかだといつも褒められていた唇も、なんとか元に戻さなくてはならない。

 最低でも、目的の人物に合う前には、舐められないためにも身なりを整えておきたいのだ。

 やることは、たくさんある。

 2~3階建ての建物に囲まれた大通り。

 彼女はピンと伸ばした背筋のまま、スタスタと宿場の方に歩き続ける。


 だが、ふりむくと、2人の連れはずいぶんと離れて歩いていた。


「ヤン、ウェイウェイ、早う宿に行きまひょ」


 かるくため息をついてから、彼女は後ろを少し離れて歩く連れ2人に声をかけた。

 だが、2人の足取りは重かった。

 それは背中に大きなリュックを背負っているせいか、それともここまでの道のりで疲れているのか、それとも両方か。


「い、急いで欲しいなら、クイーンも荷物持て!」


「そうですわ、そうですわ! 持ってほしいのですわ!」


 2人とも怒りあらわに、不満たっぷりの顔を見せている。


 男性の方は、【ヤン】という20代前半の青年だった。

 スポーツ刈りの黒髪に、立派な体格で、ちょっと厳つい顔をしていた。


 女性の方は、【ウェイウェイ】。

 まだクイーンと呼ばれた彼女と同じ17才だった。

 少し栗色が混ざった髪で頭に団子を2つ作っていた。

 細い目に、小さな唇をした、愛らしさのある娘だった。


 共通しているのは、彼女・・から見たら2人ともアニメや漫画などで作られた中国人・・・のイメージそのものだということだろう。

 それは顔つきだけの話ではない。

 服装もカンフー映画で見たようなチャイナ服だし、そもそも名前もそのままだ。


「あんたさんらは、体力勝負んパイロットでっしゃろ。うちは、か弱い魔生機甲設計者レムロイドビルダーや」


「か弱いって、荷物ひとつ持てないのか!」


「そうですわ! そうですわ!」


 苦情たっぷりに不満を漏らす。


 仕方なく彼女は、シルバーリムのメガネの下で、目じりをキュッとあげる。

 そしていつもの脅し文句を両手を腰にあてて口にする。


「……うちに逆らうんか?」


「うぐっ……」


「あうっ……」


 2人は口をつぐむ。

 最初に彼女は、この2人に助けられた。

 つまり大恩があるのだ。

 それにも関わらず、2人が彼女に逆らえないことを知っている。

 なにしろ、彼女が仕事の報酬として提示したものは、2人にとって喉から手がてるほど価値のあるものだったのだ。

 当初、彼女は大恩の礼として、それを渡そうと思っていた。

 しかし、2人があまりにありがたがるものだから、したたかな彼女はそれを利用して2人より優位に立つことにしたのだ。


「さあ。早う宿に行って、明日ん大会の準備をしまひょ」


 彼女――【クイーン・クエ】は、はやる気持ちを抑えきれず、また足を早めて歩きだした。



   ◆



 翌日。

 南天の街よりもさらに大きい、直径500メートルはある四阿のコロシアム。

 やはり、20メートルほどの高さがある観客席の一箇所に、世代セダイたち一行は場所取りをしていた。

 通常は立ち見席なのだが、世代セダイたちは贅沢にも高額な予約席をとっていた。

 そこには若草色をした、クッション性の高い厚手の敷物が敷いてあり、なんと屋根まで備えられている。

 世代セダイ、いちず、双葉、ミカ、フォーの5人は、そこでみんな履き物を脱いでくつろいでいた。


 世代セダイが、ゴロンとそこで転がると、なぜかいちずと双葉、ミカがジャンケン大会。

 勝ったミカが、世代セダイの頭を持ちあげて膝枕する。

 ジャンケンの敗者2人は、仕方なく世代セダイを挟むように座った。

 フォーは最初からあきらめていたのか、世代セダイの立てていた膝にかるくよりかかる。

 いちずが、持ってきたおつまみと、お茶を甲斐甲斐しく世代セダイに勧める。


(うーん……。これ、周りの目が気になるなぁ)


 別に見せびらかしたいわけでも、望んでそうしているわけでもないのだが、その様子は完全にハーレム状態だった。


 とはいえ、そこは金持ちしか来ない有料席だ。

 下手すれば、同じようなハーレムを持つ金持ち達もいる。

 あからさまに嫌味を言ってきたり、文句を言ってくるような人々は、そこにはいなかった。


 ……はずだった。


「――とうぅぅぅぉぉぉじょおぉぉぉぉぉせえぇぇぇだああぁぁいぃぃ!!!!!」


 怒声とともに階段から顔を見せたのは、いつもの爽やかさの欠片もない和真だった。

 その顔は憤りで鬼気迫り、今にも相手を喰って殺しそうであった。


「貴様! 何をそんなところでイチャついてる! なぜ、貴様ではなく、いちずが参加なのだ!?」


 それはまさに運命だったと言えるだろう。

 1週間かけて開かれる【東王杯】。

 その初日の1戦目が、なんと「いちず対和真」という対戦カードだったのだ。

 その対戦表を見た和真は、すぐさまとんできたわけである。


 しかたなく、世代セダイが説明しようとすると、フォーに手ぶりで押さえられた。

 そして、フォーがあの約束のネタばらしをする。

 たぶん、世代セダイが言うよりも、(見た目だけだが)年下のフォーが言った方が、和真も怒りにまかせたりしない……そうフォーは判断したのだろう。

 なるほどと思い、世代セダイはフォーに任せた。


「そんな言い訳が……」


「和真。私と戦ってくれ」


 思った通りの和真の反応に、いちずが立ちあがった。


「いちず?」


「あれから私も、いろいろと考えたのだ。これはもともと、私と和真の問題だ。……そこでどうだろうか。私と結婚したいなら、私が惚れてしまうほどの強さを見せてくれないか?」


「なんだと……」


「もし、和真が私に勝てば、私は和真と結婚しよう」


「ほ、本当か!?」


「誓う。だが、もし私が勝ったら、和真は私のことをキッパリとあきらめて欲しい。これで互いにわだかまりなく、はっきりしよう」


「…………」


 和真はすっかり怒りを静め、しばらく黙考する。

 まるで苦悶するように、眉の間に皺をつくって深く深呼吸する。


「……レベル差をわかっているか?」


「ああ。私は先日、パイロット認定でレベル25の承認をもらった。和真は30だろう?」


 そのいちずの回答に、和真はゆっくりと首をふる。


「俺は、もう35だ」


「――いっ、いつのまに……」


 予想外のレベルアップだったらしく、いちずは顔を少しだけひきつらす。


「レベル差10。それでもやるのか?」


「……ああ。もともとこの大会はレベル35制限。そのレベルと戦うことも考えている」


「ならば、もうひとつ教えておく。後で卑怯だと言われたくないからな。俺は、レベル40の奴らと戦って勝ってきている」


「……さすがだな。だが、私が乗るのは、世代セダイ魔生機甲レムロイドだ。私は、世代セダイと一緒に戦う!」


「……わかった。ならば、2人まとめて倒して、お前に俺を認めさせてやる!」


 2人の間に、激しい火花が飛び散る。


 そこに、世代セダイが割ってはいる。


「いちずさーん、お茶のおかわり~」


「――お前は、空気読め!」


 世代セダイは、和真に怒られた。

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