第120話 バケモノ戦争⑧

 膨大な数の騎士の死体を見回しながら、【悪喰】ルーシャムは立っていた。


 青い鎧の騎士は少しだけ強かった。だがこの騎士団は弱い。


 個々人の力と、全体の力は別なのだろう。


 個人で戦う限り、ルーシャムは魔王以外なら、誰にも負けない自信がある。


「勝ったのかな?」


「大勝利です。ドラゴンへ至る頂に、また近づきましたな」


 ドラゴン教の信者が、ルーシャムに言った。


「そうかい。いや、どうなのかな」


 間違いなく大勝利だ。だがドラゴンへの道は遠くなった気がする。


 まだ息のある騎士の喉仏を踏みつけて絶命させながら、ルーシャムは空を眺めた。


 弱い敵を殺し続けて、やがて最強に成れるのだろうか?


「おとり部隊としては、十分な戦果です」


 隣にいたマーメイド族のドラゴン教の信者が言った。


「確かに、そうだね」


 それは間違いない。【林冠】パヌトゥとの約束は果たした。


 あの強く賢しくいじらしいエルフは、無事に魔王様の援軍に行けただろうか。


 心配だ。堪らないほど保護欲と捕食欲に駆られる。 


『悪食様、貴方こそがドラゴンに至るにふさわしい。わたしの心身を全て貴方へ捧げよう』


 パヌトゥにそう言われることが、ルーシャムの究極の望みだ。身悶えするほどの妄想だ。絶対に叶うことがないことも理解している。妄想と現実を区別できないほど、愚かではない。


 だがしかし。全ての戦いで勝利し、最後の最後まで勝ち続ければ。それに万分の一でも可能性を見出せるかもしれない。


 ルーシャムは妄想の中でそう結論している。


「敵の増援です!」


 ゴブリンが報告をした。

 猛烈な勢いで【太陽の姫君】レィナスが率いる軍勢が、こちらに接近しているらしい。


「レィナス姫と、ベルレルレンか」


「二人同時では、悪喰様でも難しい相手ですな」


「敵の勢いもある」


「ここは引きましょう」


 いつの間にか生き残っているドラゴン教の信者が、ルーシャムの周りに勢ぞろいしていた。


 音もなくズラリと揃いぶみしていたので、報告していたゴブリンが腰を抜かす程に驚いた。


「いや、いいよ」


 ルーシャムは首を横に振った。


 勝てる相手だけを選んで戦う。それは生物としては正しいが、地上の王であるドラゴンのやることではない。


 逃げれば命は得られるが、その他すべてを失うだろう。


 ドラゴンへと至り、全ての望みを完全に満たす為ならば、全てを捨てる覚悟で望むべきなのだ。


「迎撃だ。ゴブリン殿は皆に準備させるのだよ」


「間に合いませんよ!」


 命令を受けたゴブリンが絶叫した。


 敵の勢いは猛烈にして苛烈であり、先頭にいるゴブリンはその怒涛のような土煙にすでに戦意を喪失している。


「今すぐ食い殺されたくなければ、やるんだ」


 冷徹にルーシャムは言い放った。


 その言葉の強さを聞き、ドラゴン教の信者たちも任務を理解した。


「ご武運を」


 そう言い残して、彼らはまた音もなく姿を消した。少しでも戦線を維持するために、逃げ出して臆病風を伝染させるゴブリンを殺して回るのだ。


 レィナス姫は鬼神のごとき強さで、ゴブリン軍を引き裂いて突っ込んでくる。


「この戦場に、この身の全てを賭けよう。お前の蛮勇を喰らい尽くして、僕は全てを手に入れるのだよ」 


 ルーシャムは接近するレィナス姫に鉄の爪を向けた。




《この夢のような妄想を具現化する為ならば、僕は命だって賭けられる。他人の命なんて、いくらでも賭けていい》

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