第115話 バケモノ戦争③

 砦から現れた火炎山の魔王率いるゴブリンの大軍。


【火炎山の魔王】ガランザンは、姿を現すとほぼ同時に、大剣を振るうことで軍への指示を出した。


「全軍突撃。一度たりと振り向くことなく、敵軍を食い破れ」


 ゴブリンたちもその指示に従い、敵陣と突進する。


 呼応して、【珊瑚の女王】イオナも突撃の命令を出した。


「ゴブリンなど、一気に蹴散らすのです。敵はガランザンただ一人」


 その言葉に呼応して、血気盛んなトロールの若者たちが踊りかかった。


 勇敢なマーメイドたちが弓を放ち、ウッドウォークが両椀を振るいつつ盾となる。


 中央には巨大なドラゴンに跨り、船のマストを転用して作られた巨槍を振るうイオナ女王が、まるでゴブリンの兵士を紙くずのように切り裂いた。


「やるではないか」


 ガランザンがその健闘を褒めた。


 だが褒めるばかりでは仕方がない。


 戦場で最も目立つドラゴンと珊瑚の女王の首を取りにいこうと、彼らへ向かって行こうとした。


「待て。貴様の相手は我々だ!」


 それを阻んだのがトロールの若者たちであった。


 巨人のトロールが横一列に並んで経つ姿は、何者も寄せ付けぬ堅牢な城壁に見える。


「トロール族か」


 同胞殺しは、ガランザンが無意識に避けてきた行為だ。


 もちろんそれは無意識にであり、ガランザンにトロール族を殺すことへのためらいはない。


「貴様らは、俺が誰だか知っているか?」


 分かりきったことを、ガランザン王が聞いた。


 彼が何者かを知らない者が、この場にいるはずがない。


「残虐なる魔王、ガランザンであろう」


「知っているならばよい。では魔王として貴様らに宣告しよう」


 ガランザンの威厳ある言葉に、トロールの若者たちは蛇に睥睨される蛙のような心持になった。


「貴様らは今日、この戦場において死ぬ。戦士としての死を望むのならば、名乗りを上げて掛かって来るがいい。兵士としての死を望むのならば、全員同時に掛かって来い」


「なんと!?」


 一介の兵士か、名のある戦士か。


 そう問われて、戦士を選ばぬトロールはいない。


 一歩進み出ようとした者がいた。


 それを遮るように、更に一歩足を踏み出すものがいる。


 声を上げそうな者もいる。


「待てぇ!」


 実際に声を出したのは、【太陽の姫君】レィナスを姉とまで呼んで慕った、トロール族の女戦士であった。


「我らは気高きレィナス姫の声に応じ、姫の為に剣を使うと決めた戦士だろう。今更、名乗を上げる名などないはずだ!」 


 女戦士は天頂の太陽を指差した。


 レィナス姫の象徴である光り輝く太陽を眺め、トロールの戦士たちは気を引き締めた。


 既に彼らは十分に名誉ある戦士なのだ。


 今更、更なる名誉は求める必要はない。


「うむ、その通り」


「我らは戦士にして兵士、この隊列を崩すことはないぞ!」


 ガランザンは不敵に笑った。


「まるで人間族の騎士のようだな」


「それは異なる。トロール族の戦士の心に、人の騎士の在り様も含まれているだけのこと」


 女戦士は即座に否定した。


 そして若者たちもまた、次々と答える。


「我らは誇り高きトロール族の勇者」


「名もなき勇者である」


「死して英霊に名を連ねんが為、この場で朽ちることは怖くない」


 トロールたちは言いながらも、もはやその壁としての整列を崩すことはない。


 ガランザンは身震いした。武者震いだ。


 これほどの勇者の一団と今から刃を交えること、嬉しくて仕方がない。


「では名もなきトロールたちよ。今からお前を殺そう。お前たちは名もないが、俺がお前たちを忘れることはない」


 ガランザンがトロールたちの中央に踊りかかった。


 トロールたちはガランザンを包み込むように、全方位から攻撃をかける。


 戦いは熾烈を極めた。


 ガランザンは魔王の名にふさわしく、トロールたちを一人また一人と倒していった。


 しかし時間が掛かりすぎた。


 隊列を組むトロールの一団は、ガランザンとて一人で倒すのは容易ではない。


 しかも彼の配下であるゴブリンたちは怖がって近寄ってこない。


 ガランザンがトロールたちの壁を突破したのは、【暴君竜】カーンを駆るイオナ女王が、魔王の率いていたゴブリンをあらかた壊走させた後であった。




《名を残さずに死ぬことに悔いはない。私のことを憶えている者は、きっとどこかにいるはずだから》

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