第97話 混沌の幕開け②

 魔王軍の再進撃。


 その衝撃的ニュースが飛び込んできたとき、【太陽の姫君】レィナスは上機嫌に指を弾いた。


「やはりわたしは何かを持っているな」


「とは?」


【朱の騎士】ベルレルレンが、それに応じた。


「手柄を立てたいと思ったら、即座に戦乱が起こった。これはもはや運命なのだろう。戦場がわたしを呼んでいる」


「運命は結構ですが、不謹慎ですよ」


「お前にしか言わん」


「あと勝てなければ意味がありません」


「勝つさ! 勝てないわけがない」


 レィナス姫は自信満々で言った。


 いつものように根拠はないのだろう。だがベルレルレンからしても、なんとなく本当に勝てる気がしてくる満面の笑顔であった。


 思えば先王の【黄金王】ヴァンベールにも、根拠はなくとも発言に説得力を持たせる、素晴らしい才能があった。


 問題は先代の王にはそれを実行できるだけの武力と知力があったが、レィナス姫には武力しかないことだ。しかもその武力もヴァンベール王に遠く及ばない。


「……姫君らしいですが。ともかく大急ぎで準備しましょう」


「常在戦場!」


「結構です。ですが準備は十分に。わたしは隻腕王に呼ばれましたので、先に王城に行っております」


 ベルレルレンはそう言って、王城へと向かった。





 王城の国王執務室。【朱の騎士】ベルレルレンは声をかけながら部屋に入った。


「失礼しま……」


 ベルレルレンは言葉をつなぐ事ができなかった。


 そこには【隻腕王】ジョシュアが、壮絶な様相で机に向かっていた。


 蒼白な顔。目の下のどす黒いクマ。疲労が髪の毛にも現れ、遠目でも白髪が散見できる。


 隻腕王は魔王軍の侵攻が確認されてから、ほとんど寝ていないのだろう。


 国王という過剰な労働を強いられる職務と、それを果たそうとする精神力に、か弱い肉体が悲鳴を上げていることがありありと見て取れた。


「……お疲れのご様子で」


「王に疲労と言う言葉はない、気にするな」


 ジョシュア王はそう答えたが、気にしない方が無茶である。


 しかし先代のヴァンベール王もまた、どれほど心身ともに疲労の極みにあっても、疲れたと口に出したことはなかった。


 息子であるジョシュア王もまた、それを実践しようとしているのかもしれない。


 問題は先代の王には無理を押し通せる気力と体力があったが、隻腕王には気力しかないことだ。


「魔王軍は、いったいなぜ攻めてきたと思う?」


 ジョシュア王が聞いた。


 いったいなぜこの時期に?


 それはベルレルレンも考えていたことだ。


 今まで魔王軍が動き出すのは、畑の収穫物がある秋と、商流が活性化して市場に金が回る春が多かった。


 それに加えて、軍事力の回復が早い魔王軍であったとしても、いくらなんでも再侵攻が早すぎる。


「不明です」


 ベルレルレンはそう答えるしかなかった。


 常識的に考えて、戦争を起こせるはずがない。


 もっともその常識にとらわれて、裏をかかれたという見方も出来なくはない。


「奴らの狙いは何だ? 本当に、この戦争でわが国を滅ぼそうとしているのか?」


 ジョシュア王は更に尋ねる。


「不明です」


 これもベルレルレンにはわからない。こちらの滅亡を狙っているとしたら、あまりにも魔王軍は数が少ない。


「敵の司令官は【悪喰】ルーシャムという神官らしい。知っているか?」


【火炎山の魔王】ガランザンが先頭に立たず戦争を起こした例も、今までにはない。


 また今回は魔王の腹心である【林冠】パヌトゥすら、今回の戦いには参加していないという。


 初めて尽くめで、まるで推測が出来なかった。


「存じません」


「なにか情報を持っていないか。持っている者に心当たりはあるか?」


「ありません」


 ジョシュア王とベルレルレンとの間にしばらく沈黙が流れた。


 ついさきほど侵攻が確認された魔王軍の情報を、ベルレルレンが知っているわけがない。


 知るはずのない情報を、あえてジョシュア王が聞いてくる意味に、ベルレルレンもようやく気付いて返事をした。


「姫君の戦意が非常に高く、また姫君ならば緊急で義勇兵を動員できます。わたしも従軍に同行し、情報を集めてまいりましょう」


「……うん」


 もう一声。そんなジョシュア王の悲痛な声が聞こえてきそうであった。


「可能であれば、敵軍を蹴散らしてまいります」


 その言葉を聞き、ジョシュア王はようやく頷いた。


「よし、軍議において妹……、【太陽の姫君】レィナスを、臨時将軍に任命する」


「了解しました」


 ベルレルレンは一礼して、執務室から出ようとした。


「……」

 振り返った時、ジョシュア王が何か口を動かしているのが見えた。


 耳には届かないが、おそらく「必ず勝ってくれ」と言いたいのだと、ベルレルレンは勝手に想像した。


「失礼しました」


 ベルレルレンは執務室を後にした。



 ベルレルレンには言葉を発せれなかったジョシュア王の心が分かりすぎる程に理解できた。


 そのことが逆に重くのしかかっていた。


 魔王軍の情報を集めたところで大した意味は無い。


 援軍は来ないのだ。


 援軍となる騎士団を編成することは、現在は国には不可能であった。


 国庫を逆さに振っても、そんな予算は出てこない。


 緒戦で召集できる訓練も装備もままならない義勇兵軍で、完勝するしか道がない。


(唯一、幸運なことは)


 捨石、もしくは時間稼ぎになりかねない役職に、喜んでなる人物がいることである。


 ベルレルレンは、王城に遅れてやってきた【太陽の姫君】レィナスに、臨時将軍を命ぜられると伝えた。


「やはりわたしは、持っているな!」


 レィナス姫は喜びを体中で表現した。


 これで勝利を収めれば、手柄は全て彼女のものとなる。


 負ければ国が滅亡しかねないが。


「必ず勝ちましょう。隻腕王も、それを望んでおります」


「もちろんだ。勝つか、より素晴らしく勝つか。選択肢はその二択だぞ」


 レィナス姫はそう言って素晴らしい笑顔で笑う。


「言いますね」


 いったい何を根拠に言うのか、ベルレルレンは本気で聞きたくなってしまった。


 その自信を、十分の一でも分けて欲しい。


「勝つ以外に、道はないのだからな」


 レィナス姫は断言した。


(その判断は極めて正しいです)


 と、ベルレルレンは思った。思っただけで、もちろん口にはしなかった。


 こうして性格のまるで違う兄と妹、そして苦労性の騎士は、別々の思考経路を辿り、まったく同一の結論に辿りついていた。




《裾野は無限あっても。山頂は一つしかない》

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