第80話 姫君への贈り物

 旅を終わらせた【放浪の姫君】レィナスのもとへ、無事の帰国を祝う贈り物が届いた。


 その多くが貴族の子弟からの物であった。


 レィナス姫はさして興味がなかったので、贈り物を受け取るごとにどんどん部屋の一室に押し込んでいった。


 やがてその部屋は、プレゼントの大群によって埋め尽くしてされてしまった。


「祝いの品は嬉しいが、置く場所に困ってしまうな」


 部屋から溢れださんとするプレゼントの山を前にして、レィナス姫は【朱の騎士】ベルレルレンに言った。


「人気があるのは良いことです。誰も彼も、姫君とお近づきになりたいのでしょう」


「それは嬉しい……、のだが」


「それで姫君は、誰から何が来たのかは把握しておりますか?」


「この量だぞ。分かるはずないだろ」


「では重要な人からの品は?」


「重要とは?」


「姫君の判断で結構です」


「ふむ……いや、来ていないな」


「そうですか」


 ベルレルレンは会話を区切り、プレゼントの山に視線を戻した。


「近衛騎士から来ましたか? 【蒼の鉄壁】ギャラットです。わたしが見たところ、王宮内で彼が最も姫君の帰国を歓迎していない」


「さあ。それは調べてみないとわからん」


「以前、姫君を唆した不平貴族からは?」


「それもわからん」


「大臣からは?」


「うーん」


「隻腕王からは届きましたよね?」


「どうだろうか」


「……」


 ベルレルレンは無言のまま、レィナス姫の頬っぺたを引っ張った。


「痛い痛い! 国中の人気者の頬っぺたをつねるな!」


「何も分かっていないではないですか。祝い品のお返しはどうするつもりですか」


「お返しもしないといけないのか!?」


「当然です。貰いっぱなしにするつもりですか。卑しくも国王の妹君が」


「卑しくなんてない!」


「ならともかく、頂いた物の一覧を作ってください」


「むー」


 レィナス姫がもう一度、小高いプレゼントの山に眼をやる。


「どこから手をつけていいのかわからない。手伝ってくれ」


「わたしは非常に忙しいのです。人手を集めましょう」


 レィナス姫は逃げようとするベルレルレンの腕を掴んで、強引に引き戻した。


「これも放浪の旅の一環だろう。手伝ってくれ。お前には手伝う義務があるはずだ。終わったらお前の手伝いもしてやるから」


「……なぜそんなムキになるのです。別の者で良いでしょう」


「うるさい。黙って手伝え。お・ま・え・が!」


 理屈が通じないレィナス姫に、ベルレルレンは諦めたように大きく嘆息した。それでも最終的に折れてくれるのが彼である。


「わかりました。お手伝いしましょう」


 レィナス姫と二人は巨大なプレゼントの山を掻き分け、送り主とその品の分類を始めた。


 そして十数時間後。


 すでに日は暮れて夕刻をはるかに過ぎた時間となっていた。


「一日がかりだったが、どうにか一覧表が作れたな」


 レィナス姫は汗を拭きながら、受け取ったプレゼントを総覧して満足した。


「呆れるばかりです」


「何にがだ?」


「まさか国王からの贈り物を、忘れているとは」


 贈り物の山の中に、現国王の贈り物が埋もれていた。


「お兄様とは毎日顔を合わせているからな。うっかりしていた」


「【珊瑚の女王】イオナ様からも来ておりました」


 マーメイド族を統べる女王からの贈り物も、プレゼンの山に埋まっていた。


「驚くほど粗末な箱に入っていたからな。ちょっと端に置いて、そのままになってしまっていた。でもなかの真珠はすごかったな。さすがは珊瑚のお姉様だ」


「【樹海の苗】ピクラス殿からの物もありましたな」


 エルフ族でもっとも高名な長老であるピクラスからのプレゼントも、雑然と積み上げられていた。


「あれは食べ物だったみたいだが、来たときには腐っていてやっぱり脇に置いてしまっていた。輸送にどれだけ時間が掛かるかまったく把握していないなんて、ピクラスは相変わらず森の外は何も知らないな」


「トロールの族長からも来ていました」


 ピクラスと共に尋ねたトロール族の族長からも、レィ那須ひめの帰還を祝した贈り物が来ていた。そして埋もれていた。


「あれは逆に自然すぎた。届いた手ごろなスコップを庭の造営に使っていたら、まさか族長からの贈り物とはな。実用的過ぎるところが、山のトロールらしいといえばらしい」


 ベルレルレンは深く深く嘆息して、レィナス姫の目の前に立つと、その可愛らしいほっぺたをを思い切り引っ張った。


「ひたいひたい(痛い痛い)!」

 変な声で悲鳴を上げるレィナス姫。


「ほとんどなにも把握してないじゃないですか!」


「ふるりょうがほぉすぎるのら(来る量が多すぎるのだ)」


「限度があります。世界を動かしうる国王や異種族の王からの祝いを、まるで気に留めていないとは。その度量と無神経さにはあきれ返りますよ」


「ふふん。わたしに常識は通用しないぞ」


「わたしは貶したんです。ついでに叱ってもいます。なぜ得意になるのですか!」


「ひたいひたいひたい」


 そこでようやくベルレルレンはレィナス姫のほっぺを引っ張るのを止めた。

 赤く腫れ上がった頬を、レィナス姫が涙目になってさする。


「救国の英雄のほっぺを、気安く引っ張るな」


「もっと英雄らしくなったら、止めて差し上げますよ」


「むぅぅ」


「ところで初めに姫君は、重要な人からの祝いの品は来ていない、と言いましたな。あれは誰のことなのですか?」


「……もういい」


「そうおっしゃらずに」


「お前はすぐ怒る。怒られるのは嫌だから言わない」


「すいません。ちょっとやりすぎました。怒りませんから、教えて下さい」


 レィナス姫が頬っぺたさすりながら、じっとりとした瞳でベルレルレンを見る。


 そしてほんとうに小さく、小鳥のような声量で呟いた。

「…………お前」


 その答えを聞き、ベルレルレンは口をパクパクとさせた。


 多くの反論が彼の頭に浮かんで消えた。


 一緒に旅をしたベルレルレンが、なぜ帰還祝いの贈り物をしならないのか。


 贈らねばならないとするならば、レィナス姫からもベルレルレンに祝いの品が来るはずだ。もちろんそんなものは来ていない。


 ベルレルレンの脳裏には、いくらでも反論が思い浮かぶ。


 だがそれを彼は口にすることはなかった。


 膨大なプレゼントを部屋に押し込めながら、自分からの祝い品が来ていないこと『だけ』はきちんと確認していたレィナス姫に、ベルレルレンは何も言えなかった。


「……えーーっと。ぜ、善処します」


 翌日の早朝。


 レィナス姫の屋敷に小さなお菓子が届いた。


 それは甘いものが大好きなレィナス姫の嗜好を完璧に理解しており、いまだ赤く腫れている姫君の頬を多いに喜ばせた。




《山のような供物の中で、私の欲しいものだけがない!》

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