第79話 放浪の終焉
戦争が終わり、騎士団は王都へと戻った。
戦後処理の進む中、最大の話題となったのが【放浪の姫君】レィナスのあげた武勲であった。
【隻腕王】ジョシュアの命を救ったレィナス姫の比類ない武勇に、ジョシュア王はどのような恩賞を出すのか。
戦争の傷が深い騎士団の、唯一楽しめる話題であった。
「ともかく放浪の旅が終わるのは間違いあるまい」
「騎士叙勲も確実だろう。レィナス姫は王宮にいてよい人材ではない。戦場にこそ在るべきだ」
「もしや一足飛びに将軍位もあるのでは?」
騎士たちはレィナス君が報酬として受けるであろう地位を、我が事のように話し合って楽しんだ。
一方でジョシュア王の傍に仕える側近の近衛騎士たちは心配であった。
彼らは姫君が過去に、当時王子であった隻腕王を廃嫡して、自身が王位につこうとした前科があることを知っている。
「恩賞を出せば、また図に乗って王位を目指すのではないか?」
「いっそこのまま立ち去って、放浪の旅を続けてくれればいいのに」
「しかし姫君が王の命を救ったのは事実だ。恩賞を出さねば、王の面子にかかわる」
「ならば金銭だ。地位ではなく、金で解決するべきではないか」
「それでは傭兵ではないか。姫君が受けるとは思えん」
「しかし……」
近衛騎士、騎士団ともに話題の中心は全て放浪の姫君であった。
どれだけ多くの恩賞が出るか。
どれだけ少ない恩賞で済ませるか。
注目があつまる中、ジョシュア王はレィナス姫と【朱の騎士】ベルレルレンを、王城の謁見の間へと呼び出した。
※
城内の長い長い廊下を歩きながら、【朱の騎士】ベルレルレンは、【放浪の姫君】レィナスに小声で釘を刺した。
「姫君。念のために言っておきすが」
「わかっている。恩賞は求めん。恩を売りたくて来たわけじゃないからな」
「よろしい。ただ何かしらの恩賞は貰えると思います」
「断るのだな」
「いえ、それはいけません。受け取ってください」
「なぜだ?」
「恩賞が一切ないのでは、命を救われたジョシュア王の沽券に係わります」
「なるほど」
「わたしの予想では、金か宝石。もしくは宝剣などの美術品だと見ています」
「……いらん。欲しくない。というか、そんなもの目当てで働いたと思われるのが我慢ならん」
「我慢して受け取って下さい」
「金目当てでお兄様を助けたと思われるのは嫌だ」
「嫌でも、我慢して下さい」
「しかし、耐えられん」
レィナス姫とベルレルレンの視線が交錯した。
「なら好きにしなさい」
「………………悪かった。我慢する」
長い沈黙の後、レィナス姫はようやく踏ん切りをつけて言った。
「宜しい」
レィナス姫とベルレルレンは、【隻腕王】ジョシュアの待つ謁見の間のすぐ前まで来た。
この先の大広間に、ジョシュア王と多くの貴族たち、そして近衛騎士やその他の上級騎士たちが待っている。
扉を目の前にして、レィナス姫がもう一度だけ立ち止まった。
「でもわたしは金目当てでお兄様を助けたわけじゃないのだ。お前はわかっているな?」
「無論。わかっています」
「……ならいい」
レィナス姫が扉を開けた。
扉の先に、ジョシュア王が待っていた。
謁見の間で玉座に座るジョシュア王に対し、レィナス姫は臣下のように膝をついた。
兄妹のまともな対面は、本当に久しぶりであった。
「妹よ。今回の働きは見事であった。命を助けられたぞ」
「ど、どうも」
考えることが多くなりすぎて感情が一杯一杯になり、レィナス姫は緊張しているように言葉少なくなった。
「どれほどの恩賞をあげても惜しくないほどの、見事な働きであった」
「はい」
「どれほどの恩賞で報いるべきか、俺は考えたのだが……」
レィナス姫、ベルレルレン、そして謁見の間にいる全ての者の視線が、ジョシュア王に集まった。
「……考えたのだが、その前に」
「え」
肩すかしをくらい、レィナス姫は片膝をついた姿勢のまま倒れそうになった。
「一言、まだ聞いていない言葉がある」
「なんでしょう?」
「妹よ、わからないか?」
「その、あの。あまり頭が良くないので」
「基本的なことだ、よく考えるがいい」
「いや、そういわれましても」
「ではヒントをやろう」
「……はぁ」
レィナス姫も、ベルレルレンも他の騎士たちも、いったいジョシュア王が何をやろうとしているのかがわからなかった。
謁見の間で皆が期待する、もしくは注視する恩賞の話もせずに、なぞなぞとをするなんて。誰もがジョシュア王の意図を計りかねていた。
その真意は、数秒後に氷解する。
「妹よ。お前はこの城で幼少を過ごし、それから長く放浪の旅に出た」
「はい」
「そして今、帰ってきた」
「はい」
「俺は王であるが、それ以前にお前の兄だ。なにを言うべきかまだわからないのか? 庶民であれば、ごく当たり前のことだぞ」
ジョシュア王にそこまで言われ、ようやくレィナス姫は回答にたどり着いた。
それを言っていいのか、レィナス姫はベルレルレンの方をちらりと見る。
ベルレルレンは姫君の顔を見て、小さく頷いた。それを確認し、レィナス姫が思い切って口を開く。
「お、お兄様」
「うん」
レィナス姫はその一言を発する為に、激しく動悸する心臓を落ち着けようと深呼吸をした。
ベルレルレンはその様子を、感慨深く見ていた。
一つの区切りが、今訪れようとしている。
「お兄様。……ただいま、帰りました」
「お帰り、妹よ」
ジョシュア王は玉座から立ち上がり、膝をつくレィナス姫を立たせて、その肩を抱いた。
「お前が帰ってくるのを、俺は本当に待っていた」
こうして長きにわたるレィナス姫の放浪の旅は、終わりを告げたのである。
《この家があってよかった。ここに帰ってきて、私の旅はようやく終わりました》
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