第十章 英雄少女、颯爽と帰国する
第75話 放浪姫の帰国①
【放浪の姫君】レィナスと【朱の騎士】ベルレルレンの元に、手紙が来た。
手紙の主は、姫君の兄である【隻腕王】ジョシュアだ。
「お兄様からのお手紙だ。なんだろうか?」
「急用であることは間違いないでしょう」
ベルレルレンに促され、レィナス姫は王家の印章を破って手紙を開封した。
『魔王来襲。国家存亡の危機。即時帰国すべし』
手紙には端的な言葉で、王国への【火炎山の魔王】ガランザンの侵攻を告げていた。
レィナス姫はかつて王位簒奪の狼煙を上げかけて、その寸前で叩き潰された前科を持つ。
そんな彼女に助けを求めるという事で、どれだけの緊急事態であるかが伺い知れた。
「大変だ。大急ぎで戻るぞ!」
レィナス姫は手紙を読み終えるや否や、荷物をまとめ始めた。
「お待ちください。姫君は行って、如何するつもりですか?」
「知れたこと。お兄様……ジョシュア王に加勢して、魔王を叩き殺す!」
レィナス姫は荷物をまとめる手を止めずに言った。
「勇ましいのは結構ですが、我々だけではガランザンには勝てません」
「臆したか」
「臆するとか臆さないとかではありません。まず落ち着いてください」
「臆病者は来なくていい!」
レィナス姫は纏め上げた荷物を持ち上げた。
と同時にベルレルレンに足払いをくらい、荷物の重力に負けてうつ伏せに倒れた。
「むぎゅぅ」
「しばし頭を冷やしてください。五分急いだところで、状況に変化はありません。ならば五分は考えることにお使いなさい」
「お前はなぜそんなに冷静だ!」
「逆に姫君に聞きますが、姫君はなぜそうまで急ぐのです?」
聞かれたレィナス姫は、はたと気が付いた。
手紙の内容を見ただけで気が動転している自分に、今ようやく気が付いたからだ。
しかしそれを言うのは恥ずかしい。
「……へ、兵は拙速を尊ぶと言ったろう。お前の言葉だぞ」
「以前に教えたことを覚えておりましたか。それはよろしゅうございました。では次に、姫君はなんの為に戦うのです?」
「何の為?」
「衝動的な行動も良いですが、世界を動かす熱はそういった力とは無縁の、明確な動機に根付く力です」
「よくわからん」
「姫君は、かつて偽物の英雄でした」
サイクロップスを倒し、ただ蛮勇だけを誇り国に帰国した頃のレィナス姫を、ベルレルレンはそう評した。
「偽物か」
当時は怒ったその低評価も、今ではレィナス姫も冷静に受け止められる。当時の彼女は、確かに偽物であった。
「偽物ですから王位簒奪なんてことを画策しても、すぐに叩き潰されてお終いでした。でも今ではそうはいきません。半人前ながら、英雄になりかけております」
「英雄。いい言葉だな」
「都合のいい部分だけを抜き取らないでください。ともかく、もはや無責任な行動を取ることはできません。姫君の影響により、生きる者も死ぬ者も大勢でます」
「……」
「一生を無責任に過ごすのも一つの道です。その道を選ぶのであれば、その手紙をすぐに破り捨ててください」
「そんなこと、出来ようはずがない」
「ならば動機を教えてください。世界を動かすに足る理由を」
動機を言えといわれても、レィナス姫には思い当たる言葉がなかった。
国が危機だといわれて、大急ぎで戻ろうとしただけだ。
「……いや、一つだけ理由がある」
レィナス姫は、彼女の行動の根幹にある重要な理由を思い出した。
これがあったからこそ、レィナス姫はたった一通の手紙で気が動転したのだ。
「お聞きしましょう」
「わたしは以前、お兄様が継ぐべき王位を盗もうとした」
「そうですな」
「でもお兄様は、そんなわたしを頼って下さった」
「それで?」
更なる言葉を促ベルレルレン。
レィナス姫は、心情を暴露するように、思いのそのまま口にした。
「とても嬉しかった……。お兄様がわたしを頼って下さる。こんなに嬉しいことは初めてだ。わたしはお兄様の期待だけは、裏切りたくないのだ!」
レィナス姫は感情が溢れだし、涙が出そうなほどに激していた。
「まるで少年のような理由ですな。英雄には遠い」
「……」
「ですが人間が動くには十分です。さて国に戻りましょう」
ベルレルレンは、荷物を持ち上げた。
レィナス姫はまるで気が付かなかったが、ベルレルレンもまた、話をしながら手荷物をまとめていた。いつでも旅に出られる準備が整っている。
「急ぎましょう。遅れてはジョシュア王にも申し訳が立ちません」
急かすベルレルレンの言葉に腹を立てながら、レィナス姫は勢いよく立ち上がった。
《溢れだす感謝を力に変え、私はその期待に応えてみせる!》
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