第76話 放浪姫の帰国②
【朱の騎士】ベルレルレンは、【放浪の姫君】レィナスとともに馬に乗って戦場へと急行した。
だが戦場が一望できる小高い丘まで到着した時には、既に戦いの大半が終了している状況であった。
敵軍のゴブリンはほとんど逃げ出している。
騎士団にも被害はあるようだが、勝利には間違いなさそうだ。
「どうやらジョシュア王が勝ったようですな」
「うん、そうみたいだ……。わたしたちは不要だったみたいだな」
レィナス姫は今こそ放浪の旅で得た力を示す時と勢い込んで来たが、気合を入れた分だけ落胆もしているようであった。
しかし戦いの終了間際にやって来て、わざわざ恩を売るようことはレィナス姫には出来ないないようだ。
踵をかえそうと姫がした時、戦場の中心で起こっている異常事態が二人の目に入った。
【隻腕王】ジョシュアの首筋に、【火炎山の魔王】ガランザンの大剣が向けられているのだ。
二人は何か話しているようだが、ガランザンがその気になれば、ジョシュア王の首はすぐにでも切れるだろう。
「お、お兄様!?」
「これは……どうしたものか」
ベルレルレンは、どうすればいいか判断が出来なかった。
今から馬を走らせたところで、魔王の剣に間に合うわけがない。
間に合わないから、ジョシュア王の周りにもいる騎士たちも動きが取れないのだ。
ベルレルレンは、レィナス姫が激情に駆られて馬を特攻させないかと心配した。
しかしレィナス姫はその予想を超える、若しくは斜め上をいく行動を取った。
レィナス姫は持ってきた荷物をガサゴソと漁っていたのだ。
もちろんこの非常事態をどうにかできる魔法のような道具は、手荷物の中にはない。
「姫君、何をしているのです?」
「大きな音がするものはないか?」
レィナス姫も緊急事態であることは認識しており、説明する間も惜しんで聞いた。
「は。大きい音ですか?」
「ああ……。しかたないか。鍋でいい」
レィナス姫はベルレルレンの荷物にある、野外調理用の鍋を取り出した。
「なにを……?」
なにをするつもりですか? と聞く前に、レィナス姫はその鍋の底を、武器の柄で思い切り叩きまくっていた。
ゴワン、ゴワンっと、巨大だが間抜けな音が、戦場で鳴り響いた。
戦場にいる騎士団、ゴブリンたち、魔王ガランザンとジョシュア王の二人の王もまた、突如戦場で響いた、気の抜けるような大音の原因を探した。
そして全員が、丘の上で鍋を叩くレィナス姫を見つけた。
「これでよし」
衆人の注目が集まったことに、レィナス姫は満足した。
「姫君、なにを?」
「知れたこと。お兄様を助ける」
ベルレルレンは、ジョシュア王を助ける事と鍋を叩く事の関連性を聞きたかったが、相談する余裕がないのもまた事実である。
成り行きを見守るほかなかった。
鍋の振動が収まり、一瞬だけ、ほんのわずかな一瞬だけ、戦場がシンと静まった。
その機を、レィナス姫は待っていた。
「聞け!」
隣にいる騎士が耳を塞ぎたくなるほどの大声で、レィナス姫は怒鳴った。
「【火炎山の魔王】ガランザンよ。以前わたしに負けたくせに、わたしの祖国を攻めるとは。言語道断なトロールめ!」
とてつもない大声で、レィナス姫は遠くにいるガランザンに向けて怒鳴っていた。拾いが静まり返った戦場に、レィナス姫の声だけが響いた。
(ええ!)
レィナス姫の大胆な言葉に、隣にいるベルレルレンは眼を丸くして驚いた。
たしかに魔王ガランザンとレィナス姫は、マーメイドの王国で戦ったことがある。
しかしそれはレィナス姫の他に、ベルレルレンも、【珊瑚の女王】イオナももいた。
三人掛りでガランザンと戦っただけだ。しかも三人の中では、レィナス姫がもっとも弱い。
更に付け加えると、辛うじて拾った勝利も、魔王の側が譲ってくれた様子が強かった。
どう考えても、レィナス姫がガランザンを倒したことにはならない。
おそらくベルレルレンと同様の驚きを、ガランザンも感じているに違いなかった。
だが姫君は気にしない。
「今からその顔を叩き潰してやるから、待っていろ!」
レィナス姫はそれだけ言うと、馬に跨り、猛烈な勢いでガランザンに向けて走り出した。
ベルレルレンも大急ぎで馬に乗り、その後を追った。
《嘘なんてついていない。わたしはそう思っている。だからこれは嘘ではない!》
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます