第44話 神への願い

 マーメイド族とエルフ族との戦争は、マーメイド族の大敗によって終結した。


 マーメイドたちが出発した海へ戻ってきた頃には、その数は一割以下になっていた。しかもその者たちも傷だらけであった。 


【珊瑚の女王】イオナは、愛する兵士たちの惨状を見るにつけ、悲しみに泣き濡れた。


 マーメイドたちは意を決して神に訴えた。


「神様。私達は神様のお言葉に従って、エルフと戦いました。神様、どうか我々の前に姿をお見せください」


 神はマーメイドたちの声を聞いていた。


 神はエルフ族の殲滅に失敗したマーメイドたちに苛立っていた。


 しかしマーメイドたちが全力を尽くし、壊滅に近い打撃を受けるまで努力したのも事実である。


 神はとりあえず海上にその姿を現し、そして海に戻ってきたマーメイドたち全てに語りかけた。


「我が子らよ」


 イオナ女王と、ほか全てのマーメイドたちが、神の前に集まった。


「聖戦での戦いは見ていたぞ」


 神はマーメイドたちの戦いを褒めた。


「神様、我々は傷つきました。傷つき過ぎました。どうか我々をお守りください」


「祝福を」


「癒しを」


 マーメイドたちは口々に言った。


 しかし神にはマーメイドを祝福するよりも先に、やらねばならないことがあった。


 エルフたちの殲滅である。


 神にとっては信者であるマーメイドたちの癒しよりも、エルフたちの殲滅の方が、圧倒的に優先度が高かった。


 しかしそれをそのまま実行しては、マーメイドたちが神への信仰を捨ててしまう恐れもある。


 神はマーメイドたちの祈願の言葉を、注意深く聞いた。


「幸福を」


「治癒を」


「平穏を」


「お守りください」


「エルフに罰を」


 子を失ったマーメイドの老婆の小さな小さな願いを、神は聞き逃さなかった。


「わかった。願いは聞こう。恐れを知らぬエルフに、我が力を持って神罰を与えん」


 神は力を振るい、エルフに呪いをかけた。


「……え?」


 海上には、傷ついたマーメイドたちが残された。




《世界には無限の選択肢がある。だが選択する自由がない》

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る