第40話 マーメイドたちの聖戦④

 マーメイド軍はゴブリンと人間の軍を打ち破り、エルフの住む大森林に近づいていた。


 エルフの長老たちは対策会議を開いたが、有効な手段が考え付かなかった。


「マーメイドどもなぞ物の数ではない。鎧を着ていないのだから、弓を撃てば倒せる」


「問題は奴らの女王だ」


「そうだ、【珊瑚の女王】だ」


 マーメイド族の頂点に立つ【珊瑚の女王】イオナは、鬼神のような強さを誇っていた。


 ゴブリンの兵も人間の騎士団も、彼女一人に敗れ去ったと言っても過言ではない。


 強さの次元が違い過ぎ、小手先の技や物量でどうにかなる敵とは思えなかった。


 有効な手段を思いつかぬまま、会議が煮詰まり、誰も発言をしなくなった。


「誰か、何か案はないのか?」


 エルフ族の天才、【樹海の苗】ピラクスはこの会議で、まだ発言をしていない。


 自然と、会議の視線がピラクスに集まった。


「【樹海の苗】ピラクスよ。何か策はあるか?」


 問われてもなお、ピラクスは口を開かなかった。


「ないのか?」


 長老たちが繰り返し聞くが、ピラクスは言葉を出さない。


 ピラクスは発言もせぬまま、瞳をつぶり、深い意識の底で熟考していた。


 マーメイドの軍を、まとめて一網打尽にする手段はあった。


 大森林の奥深くにマーメイドたちを誘い込み、そこで周囲の木々に火を放つ。


 折しも空気は乾燥している時期である。


 火はあっという間に燃え広がるだろう。


 燃えやすい素材を事前に集めておけばさらに確実だ。


 森の道に詳しくない、しかも頭の悪いマーメイドたちはひとたまりもないはずであった。


(だが、しかし)


 その代償は大きい。


 森が燃えるのである。


 エルフ族にとって、森は家であり、城であり、学び舎であり、歴史であり、人生である。


(森は燃えてもやがては甦る。マーメイドの滅ぼされたエルフは甦らない。だがしかし、それが理由になるのか?)


 ピラクスは迷い続けていた。


 それは彼が生まれて始めて経験する、合理的な思考と、感情との反発であった。


「どうした、ピラクスよ?」


 再度聴かれ、ピラクスは長老達を見回した。


 エルフの会議は樹齢千年を越える古木の前で、絨毯のように生えた柔らかな苔の上に座り行われる。


 次に空を見上げた。鬱蒼と茂る木々の隙間から、わずかに青空が見えた。


 会議で沈黙が続くと、すぐに何処からか鳥の鳴き声が聞こる。


(なんという非合理性に満ち溢れ、そして美しいた世界だろうか)


 自分の中にある原風景を再度眺めて、ピラクスは意思を決めた。


「策は、ない」


 竹を割ったような無策であったが、ピラクスのただならぬ雰囲気に、同じく賢いエルフの長老達は何かを感じ取った。


「ないのか?」


「ない」


「本当にないのか?」


「その簡易な質問に、二度答える意味を認めない」


「では別の案は思いつくか?」


「その発言は正確ではない。よい策はないのに、なぜ『別の』策を聞くのか。しかしその不正確な質問に、絶対の自信を持って答えよう。必ず打開策を見つける」


「是非ともお願いする」


 長老たちは言い、エルフの会議は散会となった。




《お前の一番魅力的なところは、未熟で不完全なことだよ》

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