第39話 マーメイドたちの聖戦③

 マーメイドの軍団が海から上陸し、エルフ族で最も大きな部族が住む大森林を目指した。


 だがその行く手を阻む者がいた。


 エルフ族に味方した、ゴブリンの軍隊であった。


 マーメイドの軍とゴブリン軍が対峙した。


 マーメイドの軍の先頭に立つ【珊瑚の女王】イオナが、ゴブリンの軍勢の一番後ろにいるゴブリンの王に言った。


「我々はエルフとの聖戦に来たのです。ゴブリンと戦うつもりはありません。引いて下さい」


 イオナ女王の言葉に、ゴブリンの王が答えて言った。


「我々ゴブリン族は、マーメイド族の不法な侵略を見過ごすことはできない」


 ゴブリンが普段は決して口に出さない倫理的な言葉を吐いたので、イオナ女王は苛立った。


「貴方たちはいつも不法も侵略もしているでしょう。突然、なにを言いだすのですか!」


「どう言われても、我々は軍を引かない」


「ならば、我々と戦うと?」


「いや、女王よ。我々ゴブリン族は平和を愛する」


 予想外すぎるゴブリン王の言葉に、イオナ女王は目をパチクリして驚いていた。ゴブリン族が平和の心に目覚めたのは喜ぶべきことである。


 だがゴブリン王が続けて吐いた言葉は、極めてゴブリン的であった。


「お前の軍にいるマーメイドの半数が我々の国に来るのであれば、我々は軍を引く」


 ゴブリン王の言葉に、イオナ女王の額に怒りの青筋が走った。


 賢くないマーメイドの兵士たちは、ゴブリン王の言葉の意味が分からなかった。


 だがイオナ女王には、ゴブリン王が「奴隷をよこせ」といっているのだとわかった。結局のところ、ゴブリン王の平和も愛も、口からでまかせにすぎないのだ。


「お断りします!」


「争いを望む気か。我々には人間もエルフも味方しているのだぞ」


「我々マーメイド族には神がいます。そして我々は戦いを恐れません」


 ゴブリンの王は笑った。


 ゴブリンの兵士たちは、エルフから貸与された高度な武具を装備している。

 一方で愚鈍なマーメイドたちの装備は、千年前と変わらぬ魚の骨と歯で作った武器と、わずかに弓があるのみであった。鎧を着ている者すらいない。


 軍の陣容からして負けるはずがない状況に、ゴブリンたちの士気は高かった。


「それほどまでに死にたいのであれば、我々が殺してもいいぞ」


 ゴブリンの王が挑発した。


「是非もありません。受けて立ちましょう」


 イオナ女王が受けて、交渉が終了し、戦いが始まった。


 両軍が正面から激突した。


 ゴブリンとマーメイドが戦いをすれば、近年でゴブリンが負けたことはない。


 装備の充実が大きな理由である。


 ただしそれらの戦いに、【珊瑚の女王】イオナが参加したことはない。


「ゴブリンよ、わたしが相手になりましょう」


 イオナ女王が鯨の骨で作られた、柱のように巨大な槍で武装していた。


 イオナ女王は、心の底から平和を愛していた。


 それは弱さから生まれる平和愛好ではなく、むしろ強さから生まれている他者への優しさであった。


 自分が戦えば、相手が必ず死んでしまうという気遣いから、イオナ女王は戦いを避けてきた。


 そしてそんな理由で戦わない者がいるなんて、ゴブリンたちは知る由もなかった。


 イオナ女王はいざ戦いが始まると容赦はしなかった。


 女王の豪槍の威力に、ゴブリンはボロ布のように切り裂かれた。


 イオナ女王は一人でゴブリンを千人以上刺し殺し、切り殺し、殴り殺した。


「に、逃げろ!」


 半分以上のゴブリンが死に絶え、ゴブリンの王もまた殺された時、ゴブリンの兵士たちは我先にと逃げ出し、ゴブリン軍は壊走した。


 数日後、人間の軍とマーメイドの軍は衝突するが、ほぼ同じ経緯を辿り、人間達もまた壊走した。




《まるで大人を追い詰めている腕白な子供のようだな。相手が君より圧倒的に強くて、手加減してくれているのだとなぜ思わない》

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