第四章 放浪姫、王位を目指す

第29話 騎士の諫言

【放浪の姫君】レィナスの元へ、彼女の父親である【黄金王】ヴァンベールの危篤を伝える手紙がやってきた。


「急いで帰らねば!」


 レィナス姫は驚いてそう叫んだ。


「そう、ですね」


【朱の騎士】ベルレルレンは、小さく同意した。


 帰国は放浪の旅の終了を意味している。


 予定より早いが、レィナス姫は既に十分な功績を上げているので、帰国を阻むものは何もない。


「急いで支度だ。近くの街で馬を買って、一刻も早く帰国をするぞ」


 レィナス姫が言った。


 早く帰らなければ姫君の父親である、ヴァンベール王の崩御に間に合わない。


 ベルレルレンは複雑な顔をしたが、彼にしても平民から騎士まで取り上げてくれたヴァンベール王には恩義があった。

 

 帰国しないわけにはいかない。


「姫君、一つだけ約束をしてください」


「なんだ?」


 レィナス姫は聞き返す時、ベルレルレンの顔を見て訝んだ。


 ベルレルレンの表情は、いつになく神妙であり、まるで嘆願するような顔であった。


「この旅が終われば、わたしは一介の騎士となり、姫君は王宮に戻ります。今までのようにお会いすることはないでしょう」


「そうなるのか?」


 レィナス姫はてっきりベルレルレンが、帰国後もついて回ると思っていた。


 しかし王命でレィナス姫の護衛をしていたベルレルレンは、帰国したらその任務は終了する。


 レィナス姫にとっては、小うるさくて怒るか殴るかしてばかりいるベルレルレンがいなくなるのは、ほんの少しの寂しさと、大きな開放感をもたらすことであった。


「顔がほころんでいますよ。よっぽどわたしがお嫌いのようで」


「そ、そんなことはないぞ! 今まで放浪の旅に同行してくれた恩は、十分に感じている」


「口は良く回るようになりましたね。まあ口先だけは旅立ち前から、一人前以上でしたが」


「うるさい。それで何だ。話があるのだろう?」


 レィナス姫に促され、ベルレルレンは咳払いをした。その上で姿勢を正し、正面からレィナス姫を見る。


 ただならぬ様子に、自然、レィナス姫も緊張して背筋を伸ばした。


「姫君は国に戻られたら、英雄になります」


「そうなのか?」


「そうなります。そうなるようにしてきました」


 人里を襲うゴブリンを退け、エルフとゴブリンのいさかいも仲裁し、サイクロップスを退治した。


 すべてレィナス姫の功績になるようにしている。


 それほどの人物が放浪の旅から帰国すれば、英雄として遇されることは間違いなかった。


「姫君は英雄になるのです。ただ出来ることなら姫君が英雄になってから、英雄になって欲しかった」


「意味がわからん」


「姫君は未だ、英雄と呼ぶには程遠い俗物です。しかし否応なしに英雄になるのです」


「む、わたしを俗物といったか」


「言いました。ですので日々努力と、とりわけ姫君に足りない慎重さと謙虚さを持つように。以上です」


 ベルレルレンはそこで話を終わらせた。


 レィナス姫は拍子抜けした。


 湧き上がった怒りがいっきに抜け落ちるように脱力した。


「それ、だけか?」


「以上です」


「そんなことなら簡単だ」


 レィナス姫は軽々と頷き、了解した。姫からしたら、もっと難しいことを言われると思っていた。


 それが心構えだけとは、肩透かしを食らったような気分であった。





 それからしばらくして、【放浪の姫君】レィナスは故郷の国へ凱旋した。


 サイクロップスを退治した王位継承権のある姫君の帰国とあって、国では王の危篤を忘れるほどの大騒ぎとなった。


 レィナス姫の周りにはすぐさま姫を持ち上げる派閥が出来上がり、やがてその声は姫君を次期国王、女王へと望む声になっていった。


「是非、次期女王として名乗りを上げてください。諸国を放浪して、民の苦しみを知る姫君こそが次期王にふさわしい」


「それがこの国のためなのです」


 皆が口々にレィナス姫を褒め称えた。


 レィナス姫はもともと王位に興味はなかったが、煽てられているうちに、その気になっていった。


「国の為とあれば、わたしも考えなくもないな」


 レィナス姫はそう言うと、周囲の者を大いに盛り上がった。太鼓持ちたちに持て囃され、レィナス姫は気分が高揚していた。


 こうして【朱の騎士】ベルレルレンの言った最後の諫言は、帰国の初日にはレィナス姫の頭からほとんど消え去っていた。




《お前の言うことなんて誰も聞きやしないよ。お前だって聞いてこなかったんだ。文句はあるまい?》

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