第27話 退屈する天才
エルフたちは総じて優秀な頭脳を持っている。
そんなエルフ族にあって、出色の知恵をもつ天才がいた。
【樹海の苗】ピクラスと呼ばれる、エルフの青年である。
ピクラスは若くして部族を率いる長老の一人に選ばれた。
その頭脳は他のエルフはおろか、エルフの長老たちですら遠く突き放していた。
故に、ピクラスは孤独であった。
「【樹海の苗】ピクラスよ。悩んでいるのか?」
別の長老、まさしく長老と呼ぶべき老齢に達したエルフが、ぼんやりと空を眺めているピクラスに聞いた。
「その問いには反論がある。わたしに悩みはない。また同時に悩む事象が生じれば、その次の瞬間に解決策に至っている」
ピクラスは不快な顔で、そう反論した。
「ではなぜそんな顔をしている」
「その言葉にも反論がある。この顔は生まれつきだ」
「つまらない、という顔をしている」
「その結論には二つの反論がある。第一に、わたしは別にそんな顔をしていない。第二に、面白いことがないのだから、楽しい顔になるわけがない」
「なるほど、道理だ」
老エルフは頷いた。
ピクラスは何かと人に逆らうような言葉を吐くが、それは彼の個性であることを老エルフは知っていた。
「ピクラスよ。毎日はどうだ?」
「その問いは成立しない。質問が曖昧すぎる」
「楽しいか?」
「その質問もまた象徴的に過ぎる」
「そうか」
老エルフはそれらの問答をもって、ピクラスが日々を充実させていないと結論付けた。
ピクラスは明らかに退屈していた。
「流れない水はいずれ腐る、という言葉を知っているか?」
「その言葉は正確には正しくない。留まる水が汚れていればやがて腐るが、細菌のいない純水であれば腐りはしない」
「……正しい論理だ」
老エルフは危惧していた。
ピクラスは、腐りかけていた。
心が、である。
非常に濃度の濃い肥沃な水が、流れることを許されずに腐っていた。
水自身にその自覚がないことも、問題を深刻化させている。
若くして長老というエルフの最高位に上り詰めてしまったピクラスは、目標を喪失しているのであろう。
孤高の地位を確立してしまったピクラスには、同レベルの仲間もライバルもおらず、有り余る知恵を満足させる場所もない。
「ピクラスよ。お前に頼みがあるのだが、聞いてもらえるか?」
「その問いには、内容を聞いてから答える」
「では言おう。お前にすべてのエルフが争う必要がなくなる妙案を考えて欲しい」
老エルフの言葉に、ピクラスは答えなかった。
代わりに瞳を丸くして、唖然とした顔で老エルフの顔を見つめた。
「できるか?」
答えがないために、再度回答を促す老エルフ。
「その問いには……即答できない。問題が大きすぎる。それは部族全体で考えなければならない問題ではないのか?」
「わたしは、お前の考えを聞きたい」
「その要望には……」
「わたしは、この問題はお前にしか解決できないと思っている。お前に出来なければ、他の誰にも出来ないと思っている。そしてお前に出来なければ、エルフ族はこれからもずっと傷つき、倒れる者が出続けるだろう」
真摯な顔で老エルフが言った。
「私にしか、出来ないのか?」
「お前に出来るかはわたしにもわからない。お前はわたしより優秀だ。だが他の者では不可能であることは、わたしにもわかる」
自分にしか解決できる可能性がない。
そのことが、ピクラスの天才としての自負を強く擽った。
「私にしか出来ぬのであれば、私がやるしかないな。では可能な限り、その要望にこたえよう」
その日から、ピクラスは自信の部屋に閉じこもり、研究に取り掛かった。
しばらくしてピクラスは長老職を休職した。
義務の多い長老職をしていては、研究に支障が出るからであった。
ピクラスは無役になったが、最高職の時期の彼よりも生き生きとしていることは、誰の目にも明らかであった。
やがてピクラスはある発明品を世に送り出した。
その研究は、エルフ社会はおろか世界全てを激変させた。
その発明品は、ウッドウォークという。
植物から生まれる、植物の体を持った、植物の兵士であった。
《私は何でも出来る。何でも知っている。何でも手に入れられる。
神よ、頼むから私に不可能を与えてくれ。もう退屈で死にそうだ!》
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