第25話 姫君のサイクロップス退治⑤

【放浪の姫君】レィナスと一つ目の巨人サイクロップスの戦いが始まった。


 その戦いの遙か後方。


「そうです。焦らぬように、急がぬように」


 荒野のはずれにある丘の陰に、【朱の騎士】ベルレルレンが隠れていた。


 ベルレルレンの手には望遠鏡。レンズには放浪の姫君とサイクロップスの戦いが映っている。


「冷静に、冷静に戦うのです」


 ベルレルレンは独り言を呟きながら、戦いを見守り続けていた。


 いざという時に助けられるよう、矢を装填した弩弓も脇に置いてある。


 だがその心配は無用であった。


 レィナス姫は冷静に攻撃を続け、サイクロップスの無限にも思える体力を削り、ついに打ち倒していたのだ。


「よくやりました!」


 ベルレルレンは喚起と興奮のあまり、望遠鏡の筒が割れるほど手を強く握り締めた。






 その翌日。サイクロップスを退治した武勲を持って、【放浪の姫君】レィナスが【朱の騎士】ベルレルレンの待つ宿へと戻った。


「どうだ、勝ったぞ!」


 レィナス姫はベルレルレンに、満面の笑みを浮かべて言った。


「勝てることなんて、初めからわかっておりました」


 しかし興奮したレィナス姫とは対照的に、ベルレルレンの反応は冷ややかであった。


「む!」


「姫君だって、勝てると思ったから行ったのでしょう」


「それはそうだが。奴も強かったぞ」


「姫君はもっと強いのです」


「そうだ。わたしの方が強かった」


 レィナス姫は胸を張ったが、ベルレルレンはため息をついただけだった。


「なに鼻息を荒くしているのです。自分より弱い者を倒して誇るとは、余りに低俗です。誇りがない。恥じる心がないのですか?」


「む~!」


 誉めてくれてもいいだろう、とレィナス姫は言いたげであったが、ベルレルレンにはその気はなかった。


 理由はレィナス姫の性格にあった。


 レィナス姫は生来、傲慢の癖がある。


誉めればすぐに慢心してしまうのだ。


王族という恵まれすぎた生まれ、両親から受け継いだ優れた才能のせいだろう。


 慢心したレィナス姫が修行をすっかり忘れてだらける姿が、ベルレルレンには目に浮かぶようであった。


故にベルレルレンは、レィナス姫を心から賞賛したくてもそうすることが出来なかった。


「早く顔を洗いなさい。街で祝賀会を開いてくれるのでしょう」


「ふん、そうだ! 祝賀会があるんだ。お前は来るなよ。わたしが倒したのだから」


 レィナス姫は舌をべぇーと子供っぽく出した。およそ英雄とは言いがたい態度である。


「はいはい。明日からはまた修行です。姫君はまだまだ未熟なのですから」


「黙れ! わかっている」


 レィナス姫は顔を洗うと、武装した姿のまま祝賀会へ向かった。





 祝賀会では、レィナス姫は大人気であった。


「放浪の姫君様、この度は本当にありがとうございます」


「よくぞサイクロップスを倒してくださいました」


「全て姫様のおかげです」


「明日の朝を安心して迎えられます」


「姫様、誠に感謝に耐えません」


 街での祝賀会は、近隣の村人すべてが集まり大変な騒ぎとなった。


 その席で、レィナス姫は周りから褒め称えられ続けた。


 皆を困らす災厄を無償で取り除いてくれたのだから、住民が喜ぶのは当然であろう。


 武勇伝に花を添えるように、皆がレィナス姫を褒め称えた。


 いつか別の脅威がやってきた時も、また助けてくれることを皆が期待した。


「サイクロップスなど、わたしの手にかかれば、赤子の手を捻るようなものだったぞ」



 姫君は自分を褒める者に囲まれて、得意の絶頂であった。




《お前を褒める人が、お前の味方なわけではないぞ。お前を貶す人が、お前の敵なわけでもない》

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