第25話 姫君のサイクロップス退治⑤
【放浪の姫君】レィナスと一つ目の巨人サイクロップスの戦いが始まった。
その戦いの遙か後方。
「そうです。焦らぬように、急がぬように」
荒野のはずれにある丘の陰に、【朱の騎士】ベルレルレンが隠れていた。
ベルレルレンの手には望遠鏡。レンズには放浪の姫君とサイクロップスの戦いが映っている。
「冷静に、冷静に戦うのです」
ベルレルレンは独り言を呟きながら、戦いを見守り続けていた。
いざという時に助けられるよう、矢を装填した弩弓も脇に置いてある。
だがその心配は無用であった。
レィナス姫は冷静に攻撃を続け、サイクロップスの無限にも思える体力を削り、ついに打ち倒していたのだ。
「よくやりました!」
ベルレルレンは喚起と興奮のあまり、望遠鏡の筒が割れるほど手を強く握り締めた。
※
その翌日。サイクロップスを退治した武勲を持って、【放浪の姫君】レィナスが【朱の騎士】ベルレルレンの待つ宿へと戻った。
「どうだ、勝ったぞ!」
レィナス姫はベルレルレンに、満面の笑みを浮かべて言った。
「勝てることなんて、初めからわかっておりました」
しかし興奮したレィナス姫とは対照的に、ベルレルレンの反応は冷ややかであった。
「む!」
「姫君だって、勝てると思ったから行ったのでしょう」
「それはそうだが。奴も強かったぞ」
「姫君はもっと強いのです」
「そうだ。わたしの方が強かった」
レィナス姫は胸を張ったが、ベルレルレンはため息をついただけだった。
「なに鼻息を荒くしているのです。自分より弱い者を倒して誇るとは、余りに低俗です。誇りがない。恥じる心がないのですか?」
「む~!」
誉めてくれてもいいだろう、とレィナス姫は言いたげであったが、ベルレルレンにはその気はなかった。
理由はレィナス姫の性格にあった。
レィナス姫は生来、傲慢の癖がある。
誉めればすぐに慢心してしまうのだ。
王族という恵まれすぎた生まれ、両親から受け継いだ優れた才能のせいだろう。
慢心したレィナス姫が修行をすっかり忘れてだらける姿が、ベルレルレンには目に浮かぶようであった。
故にベルレルレンは、レィナス姫を心から賞賛したくてもそうすることが出来なかった。
「早く顔を洗いなさい。街で祝賀会を開いてくれるのでしょう」
「ふん、そうだ! 祝賀会があるんだ。お前は来るなよ。わたしが倒したのだから」
レィナス姫は舌をべぇーと子供っぽく出した。およそ英雄とは言いがたい態度である。
「はいはい。明日からはまた修行です。姫君はまだまだ未熟なのですから」
「黙れ! わかっている」
レィナス姫は顔を洗うと、武装した姿のまま祝賀会へ向かった。
※
祝賀会では、レィナス姫は大人気であった。
「放浪の姫君様、この度は本当にありがとうございます」
「よくぞサイクロップスを倒してくださいました」
「全て姫様のおかげです」
「明日の朝を安心して迎えられます」
「姫様、誠に感謝に耐えません」
街での祝賀会は、近隣の村人すべてが集まり大変な騒ぎとなった。
その席で、レィナス姫は周りから褒め称えられ続けた。
皆を困らす災厄を無償で取り除いてくれたのだから、住民が喜ぶのは当然であろう。
武勇伝に花を添えるように、皆がレィナス姫を褒め称えた。
いつか別の脅威がやってきた時も、また助けてくれることを皆が期待した。
「サイクロップスなど、わたしの手にかかれば、赤子の手を捻るようなものだったぞ」
姫君は自分を褒める者に囲まれて、得意の絶頂であった。
《お前を褒める人が、お前の味方なわけではないぞ。お前を貶す人が、お前の敵なわけでもない》
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