百花繚乱
詞葉
本編
序幕
第1話
序章
百花繚乱
それは、多くの花が
強く、華麗に咲き乱れること
荒れ果てた地に
人知れぬ陰に
色鮮やかな花々は
その美しき色彩を見せつける
咲くも散るも命と共に
照覧せよ
今、数多の花が咲き誇る
その時何が起こったのか、少年にはすぐ理解できなかった。
突然響いた爆音と、巻き起こった爆風による衝撃。
気がついた時は、体中が痛くてたまらなかった。特に右目が痛い。じくじくと奥から這い上ってくるような痛みだ。
「う……あ」
痛みに再び気絶しそうになるのをこらえ、ゆっくり体を起こす。
この場にいたのは自分だけではない。自分以外にもたくさんの人がいた。仲間と呼べる、血は繋がらないけれど、大切な家族。彼らはどうしたのか。
「み、んな……っ!」
ふらつきながら何とか立ち上がる。だが、痛む右目も使って見た場所は、もう記憶の中とは違っていた。
いつも火を囲んで宴を開いていた場所。酒を飲み交わし、その日の収穫を自慢し、ただ楽しく笑い合っていた場所。そこが今、真っ赤な色と、腐臭と、肉の塊で埋まっていた。
未だ燃え残る火が、少年の目にまざまざと現実を映し出す。
「あ、ああっ……――――っ!!」
少年は叫んだ。何を叫んだのかは分からない。それはどんな言葉にもならなかったし、できるような感情でもなかったから。
「おはよう、少年。気分はどうかな?」
ひとしきり叫んだあと、静寂の広がる場に涼やかな男の声が響いた。吐き気すら覚えるその場の惨状に反して、まるで清涼な湧き水を思わせるかのような澄んだ声。
後ろから覆いかぶさってくるように伸びる影を、少年はぎこちない動作で振り返った。
「だ……れ?」
炎の灯りに浮かび上がるそれは、人の形をしていて、けれど少年にとっては人ならざるものだった。
男の頭から足下までをすっぽりと覆う白い布。その隙間から見える唇は大きく弧を描き、目の前の惨劇を怖がることも悼むこともない。男の顔に浮かぶのは、愉悦の笑み。
彼の纏う白い布の裾に描かれた模様が血であると気づいた時、少年は息を呑んだ。
「怯えなくてもいい。君を殺す気はない。君は、私を楽しませなくてはいけないから」
「何、言って……?」
男がこちらに手を伸ばす。言いようのない恐怖が湧き上がるが、凍りついたように体は動かない。男の指が、少年の髪をよけ、右目の前でぴたりと止まった。
「私が与えた目。君が知らなかったものを見る目。さあ、この目は君にどんな世界を見せるのかな?」
男の指が何かを描くように少年の後ろを指した。つられるように振り向いたそこには、先程と何も変わらずに存在する惨劇の場。
だがその時、少年は目の前に転がるもの気づいた。回らない頭にできた微かな余裕が、目先のそれが何であるかを認識させた。
炎に照らされ、まるで荷物のように地面にあるのは、腰から上のない足。けれどその足が身につけていた装飾には見覚えがあった。
「おや、じ……?」
その足は、少年を拾い、育ててくれた男の一部だった。
震えながら何気なく触れようとした時、右目が針で刺すような痛みを伝える。
「うっ、あ!」
反射的に手で覆いうずくまる。痛みは目から頭の中にまで響き始めた。
「ほら、ちゃんと見ないと。君の大事な人たちだろう?」
男が右目の手を外させる。その瞬間、さらに奇妙なものも右目は見せた。足から、いや、辺りに転がっている仲間の残骸から上る煙のようなもの。
呆然とする少年の前で、揺らぐ煙は形になった。仲間の生前の姿、そのままに。
「みんな!」
少年は驚きと歓喜の声で呼んだ。しかし、煙のような仲間はふらふらと空気に揺れ、そして、一斉に少年を振り返った。そこに笑顔はない。あるのは、ぎょろりとした目と――
「え……?」
『死にたくねぇ……痛てぇよ』
『何で俺がこんな目に! ちくしょうっ』
少年の知る顔から吐き出される悲嘆、憎しみ、怒り、憎悪。
直接ぶつけられる感情に、少年はふらりとよろめいた。その拍子に傍らにあった水瓶を倒してしまう。
地面にできた小さな水溜りを見た少年は、ヒッと息を呑んだ。
「な、に……これっ」
少年の右目。黒い目があったはずのそこに、不可思議な色で光る義眼があった。まるで何かを探るように明滅する義眼。その中心には、瞳の代わりに黒百合の模様がある。
さらにこめかみからは二本の管が生えていた。それはもう人ではない、異形の顔。
「い、嫌だ、何これ! 嫌だ!」
喚いて顔を上げた少年の右目は、見てしまった。父と慕った男を。その男の顔が、怒りと憎しみに彩られていることを。
『な、んで……お前だけ生きてんだぁぁ!』
「っ!? う、うわぁぁぁぁっ!」
それが限界だった。
少年は全てを振り切るように走り出した。耳を塞いで、目を閉じて、明かりもない山道を走り抜けた。枝が体を切るが、そんなことどうでも良かった。ただ、逃げたかった。
――さあ、楽しませてくれ。
そう言って笑う声が、山に木霊しているような気がした。
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