石に花咲く夜もある

@matsumoto

One and Only

 彼は思った。

 こんな女になど、本気になるはずが無い、と。


 彼女は思った。

 こんな男になど、本気になるはずがない、と。





 だから彼らは契約を結んだ。



 ーーー お互いの利益の為に。









 遮光カーテンの閉じられた部屋の、ベッドサイドのランプが、男の上で妖しく腰を揺らめかせる女の姿を浮かび上がらせる。

 ゆらゆら揺れる女の肌の上を汗の粒が滑り落ちる。軋むベッド。その上で踊る女の腰に両手を当てて、腰を動かす男の目は驚くほど凪いでいる。


 「レン」


 男の腰の上で踊る女が、男に向かって手を伸ばす。その手をすくって指を絡め、男は唇の端をゆるく吊り上げる。


 女の身体がビクリと細かく震え、そして続いて男も小さく息を詰める。ハッハッと浅い呼吸を繰り返す女は、男に向かってゆっくり身体を傾ける。

 目を閉じゆっくり顔を近づける女に、男は軽いキスを繰り返し送る。

 そのキスが途切れる事が無いために、女は気づかない。

 ーーー その男の目が、目の前の女の事など一切映していないということに。




 一時の遊びに使うには勿体ないほどの重厚な造りと、選び抜かれた家具に囲まれた部屋の窓からは、青く澄んだ空と、ビー玉みたいな人たちの群れが見えている。

 隣のベッドルームに女を残して、レンと呼ばれた男、柏原 廉は、冷蔵庫から取り出してきたばかりのビールを煽り、手に持つスマートフォンに視線を落とす。

 その瞬間、暗く沈んでいたその液晶が、着信マークと共に息を吹き返す。



 「はい、」

 見慣れた番号を浮かび上がらせたそのスマートフォンの向こうから、男にとって聞き慣れた声が響いている。

 「再三電話をかけているというのに、一度もかけ直してこないとはどういうつもりですか?」

 抑えようとしても抑えきれない苛立に、電話の相手ーー 男の母は、声を荒げて男を詰る。

 「今丁度かけようと思っていたところですよ」

 耳から少し遠ざけたそれからは、男の母の声が十分すぎるぐらい漏れ聞こえている。



 「嘘をおっしゃい!それはそうと、一体いつになさるおつもりなの?あの件は」

 曇り一つ無いガラスの窓に、男のスラリとした姿が映り込む。


 「ですから前も言った通り、彼女は忙しい人で、なかなか都合が合わないんですよ」


 淡い色に染められた髪と、紅茶色した瞳、染み一つない肌。ガラスに映る男の姿は、一度見たら忘れがたいほど美しく整っている。

 男のその整った容姿を求める者は、世界中引きも切らない。そのため男はそれを巧く使って世界中を泳ぐようにして生きていた。


 「そんな事を言って、結局のところはそんなお相手もいらっしゃらないのでしょう?」

 その言葉を皮切りに、先ほどまでは尖りきっていた電波の向こう側の声が、少しその色を変える。

 「そんなことは、」

 ない、と告げようとする男の声を遮って、彼の母の声は告げる。


 「では連れていらっしゃい。日時は一月先の日曜にいたしましょう」

 場所は追って伝えますわ。そう言って笑うその声は、彼を試すような響きを孕んでいる。



 「もしもお相手の都合が合わないようでしたら、貴方一人でいらっしゃい。

  嗚呼、心配なさらないで。その時は勿論、親子水入らずなどという、華の足りない席ではないよう、取り計らっておきますからね」


 いいお嬢さんなの、きっと貴方も気に入るはずですよ。

 ではまた連絡いたしますわ。伝えたい用件のみ伝えて、すぐさま切られたその通話に、男は小さく息を吐く。





 「どうかしたの?」

 いつの間に部屋を移動したのか、ガウンを纏った女が、背後から男の首に腕を絡める。

 「いや、大したことじゃないよ」

 その腕をそっと外して、男は電話を懐にしまう。ガウンだけを身に纏う女とは対照的に、男は上下ともに洋服をきっちり着込んでいる。

 「でも・・・何か私に力になれることはない?」

 熱の伝わらない肌。まるで先ほどの時間など無かったかのように、素っ気ない態度の男に、女は再び縋り付くように身体を寄せる。

 身体を近づけても、何の興味も示さない男。そんな男を見る女の瞳には、焦れたような、それでいて媚びるような、そんな女の色が浮かぶ。

 けれどそんな女に視線一つ寄越さず、男はゆっくりと口を開く。


 「ねえ、初めに言った事、覚えてる?」

 「ええ、覚えてるわ」

 「そう、じゃあ話は早いね」

 「え?」


 ジャケットのボタンを留めながら、音を立てずに振り返る男。


 「もう君とは会わない」


 その言葉に、女は瞬く間に顔色を失う。


 「なんで?何でなの?私たちうまくやってたじゃない!」

 空いた距離を詰めようと、女はその身を男の元へ投げ出す。

 「うまくやるも何も、俺たちはただのセックスパートナーだったはず」

 どちらか一方が飽きたら、その時は離れるって、最初に言ってたよね?

 にこりと笑う男の唇から紡がれる言葉。

 「でも・・・でも、私貴方の事が・・・」

 その言葉の冷たさに、女はついに禁じられた言葉を放つ。


 「貴方の事が、好きなの」


 瞬間、男の唇から笑みは消え、


 「じゃあこの関係もお終いだね」

 お互い本気にはならない。そういう約束だったはず。


 後には、女をさもつまらない者を見るかのように眺める、男の冷たい瞳だけが残っている。


 「でもっ・・・!」

 その冷たい瞳を何とか溶かそうと、女の腕が男の身体を這いまわる。

 豊満な胸を押し付け、足を絡めて何とか男の気持ちを引き止めようとする女に、男は、


 「離してくれるかな」


 そう言うと、身体に這う女の腕を振りほどき、女を一人残して玄関の方へと足を進める。

 「いやっ!!!行かないで!!!!」

 後ろで女が泣き叫ぶけれど、男はちらりとも振り返る事は無い。

 そしてばたんと音を立ててドアが閉じられ、ーーー 女は独り、その部屋に取り残されたのだった。






    ※   ※   ※





 男が女を部屋に残して去った時間から、少し経った頃。

 青く澄んだ空の下、広い公園の片隅にあるベンチには、テーラーメイドのスーツを隙無く着こなす男と、普通のその辺の量販店で買った服を素朴に着こなす女が、少し距離を開けて座っていた。


 「そろそろ裕吾を親に紹介したいんだけど、いつなら空いてる?」


 男を見て笑いながらそう言った彼女は、良く言うと愛嬌がある、悪く言えばやや不細工よりの容姿をしている。


 パッと見は普通だが、よくよく見ると不細工のような、はたまた初対面には不細工だった気がする、なんて記憶が残るが、二度目に合った時には、そこまででもないような、などと錯覚するような、そんな何とも言いがたい容貌。

 クラスに居たかもしれないけれど、居なかったかもしれない。ああ、あの子ね。あの、ほら、なんて子だったっけ?そんな風に言われるような、印象に残るような、残らないような、そんな何とも言いがたい容貌。

 端的に言えば中の下、下の上。不細工でもなければ、可愛くもない顔立ち。

 それが彼女、仁木 葵だった。


 けれどにこにこと笑うその表情は、そんな容姿など気にならないぐらい、彼女を明るく話しやすそうな人間に見せている。


 「それなんだけど、」

 彼女の弾んだ声音を受けて、裕吾と呼ばれた男は、彼女の方を見ずにポリポリと米神を軽くかく。

 いつもは彼女の意見など聞かずに、自分の言いたい事をはっきりと言う男の普段とは違うその姿に、彼女は緩く首を傾げながら、不思議そうに目を瞬かせる。

 テーラーメイドのスーツを隙無く着こなし、時計好きにはたまらないと言われる一本何百万のそれをはめ、磨き抜かれた靴を地に下ろす男。男らしい精悍な顔立ちと、意志の強さの伝わる瞳が、すれ違う女たちの視線を集めている。



 そよそよと吹く風が、彼女のラフに編み込まれた髪を優しく撫でてゆく。

 「あの子の髪型見て!すっごく可愛い!」

 遠くから彼女のその髪型を見たらしい女性の、少し弾んだ声がかすかに聞こえる。

 「わー!ほんとだね!!」

 その後すぐに一緒にいる別の女性の声も聞こえ、彼女の意識が目の前の男から少し離れたところへと逸れる。


 外資系企業の営業部に属し、若手ホープと褒めそやされる男と、この街では知る人ぞ知る名店でチーフとして働く彼女、葵は、葵の上司である男の紹介というきっかけで知り合った。

 その容姿故にそれまで一度も彼氏という存在を持った事が無かった葵と、その容姿に、また経歴に惹かれて集まる女達と要領よく遊んでいた男は、初めはお互い物珍しさから惹かれ合い、そして一緒に時間を過ごすうちに自分に無い考え方に好意を持つようになった。


 葵の友人達は、絶対にうまく行くはずが無いといい、今に裏切られるのが目に見えていると、彼女を嗜めたけれど、初めての恋に浮かれきった葵にとってそんな忠告など何の意味もないものだった。

 そしてそこから何度か二人だけで食事やデートを重ね、そのうちに自然と付き合うようになり、そして今では2度の春を二人で一緒に過ごす仲になっていた。


 ーーー はずだった。



 けれど、


 「俺、お前の事そういう風に見た事なんか無いし。

  つかナニ勘違いしてんのか知らねえけど、お前なんかのレベルで俺と結婚できるなんてことマジに思ってんだったら、本当に笑えるっつーか」


 突然として立石に水のように話しだす男の言葉が耳に届く。

 こちらを見ずに、けれど吐き捨てるように言う男のその言葉に、葵は言葉を失い、顔色を無くす。


 「お前がそんな風に重たく考えてんだったら、もうめんどくせーし」

 それに俺、別の女と結婚するから、だからお前はもういいや。


 葵がクリスマスに選んだネクタイを付けて、他の女との結婚の話をする男。


 「それにお前ってあれ以外に何の役にも立たねーし、あっちだってどヘタクソで最悪だし」

 つったく、ほんとお前と居た時間、マジ無駄にしたわ。


 来年の春には結婚しような。男がそう言って笑ったのは、確か先週の日曜だったはず。

 あの時は幸せで胸が潰れるかと思った。その時の声と同じ声で、今男は葵の胸をずたずたに切り裂いて行く。


 「もう二度と連絡してくんなよ」


 この不細工が。

 そしてその一瞬の後、葵の世界から男と過ごした幸せな時間は、全て粉々に砕けて消え去ったのだった。









 「ふっざけんなあああああああああああああ」


 男が捨て台詞を残して消え去った後、5分以上もその場で固まっていた葵は、その強ばりが溶けた後大声で叫び声を上げると、目の前に広がる広大な芝生へ向かって一直線に突き進んで行く。

 途中でおしゃれして履いてきたヒールがどこかへ吹っ飛んでいったけれど、そんなことには目もくれず、カバンも幼稚園児のように背中に括り付けてひたすら真っ直ぐに芝生を駆けていく。


 「何がこの不細工じゃあああ!!!私は不細工じゃねええええ!!不細工寄りの普通顔だあああああ!!!」


 わああああああん!!!!

 まるで子供の様な大声で泣きながら走る葵。その目からは滝のような涙が流れ、瞬く間に彼女の視界を曇らせてゆく。


 曇った視界に、裕吾と過ごした日々が次々と浮かんで、そしてまた次々とまるでシャボン玉が割れるみたいに壊れて消えてゆく。


 葵の作ったご飯を、味が薄いと言いながらももそもそと食べる顔。

 買い物の最初でいったん解散し、お互いの欲しい物が買い終わったら合流するその時の、裕吾を待ちわびる葵のもとへゆっくりとやってくるリラックスした姿。

 給料日前によく葵の家に泊まり込み、シャンプーだとかの生活用品を大量に葵にねだるその甘えた態度。

 お前が忙しい時に、煩わせたくないからと言って、葵のかけた電話をいつだって気遣ってすぐに切るその優しさ。

 毎朝必ずお前の声を聞きながら聞いて起きたいからと言って、朝の7時に必ずかけてくれと頼まれていたモーニングコールと、その時の寝ぼけた声。


 それら全ての思い出が次々と壊れに壊れて、止まる事が無い。





 曇った視界のまま突進する葵。

 その先には、仰向けになって芝生に横になる男の姿がある。



 機関車のようにまるで一直線に大声を上げて突っ込んでくる女を、横になっていた男は驚いた表情で見ている。


 あまり人のいないこの公園は男にとって格好の休憩スポットだった。

 時間が空けば男はこうして芝生の上でよく寝転がって空を見ていた。

 今まで誰かに声をかけられたこともなければ、知り合いに合った事もないこの公園で、まさかこんなことになるとは。


 真っ直ぐ自分に向かって突き進んでくる女。このままいけば間違いなく、自分とぶつかるだろう。 

 そう思って、今すぐ起き上がって避けようにも、近づく女のスピードが恐ろしいほど早いために、間に合いそうも無い。


 だめか、そう観念して目を閉じる男。その男に向かって女は真っ直ぐに突っ込んでくる。



 「くっっそったれええええええ」

 叫びながら恐ろしいスピードで突っ込んだ葵の身体が、男の胴体に引っかかって宙を舞う。

 そしてそのまままるで一塁にヘッドスライディングで突っ込む野球選手のように、ずざあああああと音を立てて芝生の上を滑ってゆく。


 「◎△$♪×¥●&%#※?!」

 しかも滑りながらも未だに叫んでいるために、その声はくぐもって、何を言っているのか最早さっぱり分からない。

 分からないが、その勢いが止まるのと同じように、葵の叫び声も小さくなり、そして次第に聞こえなくなっていく。



 腹を思い切り蹴られた男は、咳き込みながら身体を起こし、腹を庇うように背を丸めて、自分を蹴り飛ばした女の成れの果てを見る。


 俯せに芝生にのめり込むようにして止まった葵は、俯いたまま辺りの芝生を手当たり次第に千切ってその辺にまき散らす。

 ぐずぐずと泣きながら芝生を蒔く葵の指の間接のあちこちから、赤い血が滴るように流れている。

 淡い色をした上着にその血がまるで涙のように落ちて、あちらこちらに染みを付ける。



 芝生の上を泳ぐように、まるで玩具を買ってもらうために床の上で駄々をこねる子供のように足をばたつかせて、自分の身体を芝生と血まみれにする女の上に、腹を蹴られた男は覆い被さるように身体を寄せる。



 「ねえ、」

 そして突然、両手首を掴んで万歳させるようにして、ーーーー 女の身体を押さえつける。


 「うわあああ」


 腰の上に乗る誰かの身体と、動きを封じ込められた両手首に驚いて、葵は首を捻って自分の身体の上に乗る人物を見上げる。


 涙でぐずぐずになった鼻と、真っ赤に泣きはらした目、両手首を万歳するみたいに押さえ込まれた女ーー葵は、

 まるで子供に人気のあんぱんのヒーローが空を飛ぶ時のような格好で、自分の上に乗る人間が、とんでもない美形の男であることを知った。



 「ねえ、貴方今俺の事思いきり蹴ったんだけど、もし俺の身体に傷がついたりしたらどう責任とってくれるの?」


 自分の手を拘束しながら、うら若き女の腰の上に思い切り体重を乗せる男は、その美しい顔に似合う奇麗な笑みを浮かべて葵を見下ろしている。


 「せ、せきにんなんか・・・大体、あんたは男なんだから、いちいち傷の一つや二つ・・」

 それにそんな事より今は、私がこんなに泣いてるんだから、あんたは慰めの言葉一つでも、


 「私に言ったらどうなのよおおおお」


 鼻水が唇を伝う気持ち悪さと、涙の粒が顎から滴って首筋が濡れる冷たい感覚、結婚しようと思っていた男にこっぴどくフラれた悲しさと、自分の上に今まで見た事も無いぐらい奇麗な男が座っている混乱、それらがぐちゃぐちゃに混ざり混ざった葵は、最早自分が何を言っているのかも良く分かっていない。


 後々考えれば、寝ていた男に突っ込んだ自分が悪いということは、火を見るより明らかだったけれど、その時の葵にはそんなことはどうでも良くて、ただただ可哀想な自分に酔って泣く事しかできなかった。



 「よしよし、かわいそうだね。そんなに泣いて、辛そうだね」

 そんなまるで子供のように泣く葵に、男は僅かに目を見張り、そして拘束していた右手を解放して、その空いた手で葵の頭を犬を撫でるようにぐしゃぐしゃと撫でる。


 けれどその言葉は、笑いたくなるぐらい棒読みで、感情なんかこれっぽっちも詰まっていないのが丸わかりだ。



 そして次に左手を離して、自分の服をべろりとめくり、蹴られて赤くなっている腹を彼女に向かって曝け出す。


 「それじゃあ今度は俺の番だね。もしこのままこの痕がアザになったらどう責任とってくれるの?」


 葵は解放された手で自分の顔の汚れを拭うと、まるで陶器のようにしみ一つない美しい肌をした男の、その腹に痛ましく刻まれた赤い痕を見る。



 「どうって・・・どうとったらいいのよ・・・」


 未だにべそべそしながら、視線を男の腹からゆっくりと男の顔へと移す葵。

 その視線を受けて男は葵の上から身体を動かし、頭の方へとゆっくりと移動する。

 腹這いに倒れたままの葵の目の前でしゃがみ込んだ男は、名刺を一枚葵の顔に突き出しながら口を開く。




 「じゃあ、責任を取って、俺のーーーー "偽装彼女"になってよ」





 人の商売道具に傷を付けたんだから、勿論断ったりはしないよね?


 男が突きつけた名刺には素っ気ないぐらいシンプルに、

 『Model REN Kashiwabara』

 と一言だけ、焼き付けられたような色で刻印されている。


 「モデル・・・?ぎそう、かの、じょ・・?」


 起こした顔のすぐ側に真っ白の名刺。

 その向こう側で太陽を背にして、場に似合わない爽やかな笑みを浮かべる男。


 突然自分の上に乗って、腹を蹴った責任を取れと脅し、その方法が偽装彼女をしろと言う。

 それら全ての意味の分からなさと、目の前の男の尋常ではない美しい容姿に、葵は目を白黒させながらも、突き出される名刺をじっと睨む。



 「そう、偽装彼女。

  本当の彼女になんかならなくていい。

  ただ彼女のフリをして、騙してほしい人たちがいる。

  その協力を、貴方にはしてもらいたいんだ」


 勿論断ったりしないよね?


 爽やかに笑いながら、男は空いた手に、どこからとも無く取り出した一冊の雑誌を持ち、そしてゆっくりとあるページを開く。



 ミラノコレクション特集と銘打たれたそのページのど真ん中に、でかでかと写っているのは、



 「柏原 廉・・・!!!!!!」



 この身体に傷をつけた事が知られたら、大変なことになるよ。そう言って目の前でにこりと笑う、その男自身。





 「じゃあ詳しい話をするために、場所を変えようか」





 そして男ーー 廉はそう言って、俯せに倒れる葵をまるで子供を抱き起こすような簡単さで抱えて立たせ、そして深々とニット帽と濃い色をしたサングラスをかけて、葵の右手首を引っ張って公園から連れ出した。



 まるで警察が泥棒をしょっぴく時のように、ずるずると、強引に。


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