第38話 湯気でみえね

 竜Pの動きは、そんなに複雑ではない。

 動きの速い軽量級の柔道に比べれば、ほぼ読める動きといっていいだろう。


 僕には武器はないが、この体で、相手を止めることぐらいはできるはずだ。


 大丈夫だ。勝てる、いや、勝つ。


 柳の死体に戦意喪失の女子2人の横で、宮澤が立ち上がった。


「まだいけるか」

「ああ」

「お前の、次の武器に賭けるぞ」

「任せとけ」


 宮澤はすぐ右にあった棚の商品を手に取る。


 いわゆる「エナジードリンク」だった。


 カフェインが大量に入っていて、飲むと元気になる錯覚を与えてくれるものだ。

 これがどう武器化するかわからないが、これで倒す。


 さっきまで諦めかけていたが、その気持ちのままだたったら、本当に死んでいたと思う。


 宮澤の右手が光る。


「あれ?」


 宮澤の右手の、手首より先に、読み取る前と同じ状態のエナジードリンクが生えている。


 「これで殴ればいいのか?」

「いや、ハーゲンダッツみたいな場合もあるから、フタ開けてみよう」


 ハーゲンダッツの抹茶味は、フタを開けたらその中に吹雪の源が入っていた。

 僕はそのエナジードリンクのプルタブを開けた。


「プシュ」


 という音がして普通に開いた。


その開き口からは、 甘い特有の匂いが漂う。


 この中に何か魔法のような攻撃の源が秘められているのかもしれない。


 宮澤は、その右手を竜Pに向けてぐっと押し出した。


びちゃっ、と中身の黄色い液体が飛び出して、床に落ちる。柳の血と混ざって跳ねた。


「うわっ」


 僕は慌てて後ずさった。


「これ、ただのドリンクじゃねえか」


 宮澤は怒りの表情になった。


竜Pは、胃の中の頭が重いのか、ゆっくりとこちらに近づいてくる。


 肝心の武器がこれじゃ、僕が足止めしたところでどうしようもない。


 でも、今までこんなに役に立たない武器ってあったか? 


 鍵野さんの小さなハサミも、結局「使わなきゃ戻らないから」という理由で、そのへんの棚を切ってみたら、鉄の棚があっさり切れた。小さくてハズレだと思っていたが、あれも強力な武器だったのだ。


 これの場合はどんな武器になるのだろう? これ自体で殴っても、対して効果はなさそうだが……。


「宮澤、お前、これ、飲んでみてくれ」


 「俺こういうの、変に甘すぎて嫌いなんだよ」


 チョコ食いまくってる奴が言うセリフか。


「じゃあ、僕が飲む。うまいこと傾けてくれ」


「大丈夫かよ?」


「多分、大丈夫」


 僕は宮澤の腕の先の缶を持ち、自分の口につけた。


 中の液体を自分の体の中に流し込む。


 味は……普通だ。


 そのまま最後の一口まで飲み干す。


 飲み終えた時、その空き缶は光って元の宮澤の手に戻った。


「どうだ?」


「ああ、まだわからないけど、なんか、普通の味だったような、気が、するけど、あ、いや、これ……すげえかも」


 体に力がみなぎる。


 やっぱりこれってそういう事だったんだ。


 飲むと、通常の何倍も効果が出るエナジードリンク。


 ていうかもはや、これはドーピングとか覚醒剤の類なのではないだろうか。


ドーピングも覚醒剤もやったことはないから比較はできないが、これはすごい。


 すべてがゆっくり動く。思考がクリアになる。どんな動きでもできる気がする。


「気持ち良さそうだな」

 宮澤が聞いてくる。

「飲めばよかったのに」

「いいや、あの味はいらん」


 そう言って、また別の棚の商品をつかんだ。


 竜Pが吠えた。棚が震える。そろそろやる気っぽい。


「いこうか」

「よし」


 宮澤は、掴んだサンドウィッチのバーコードを読み取った。


 光った右手は、30センチほどの大きいサンドウィッチになった。


 その、パンとパンの間に挟まれた具材は、シュウシュウと音を立て、湯気が出ている。


「あっちぃ!」


「これ、中身なんだ?」


 「わかんねえ、湯気で見えね」


 離れていても熱気が伝わってくる。

 尋常ではない高温だ。


「多分、この煮えてる何かを敵にかけりゃいいんだろう」

「わかった、早くしよう、あつすぎる」

「よし」


 僕は、竜Pの方へ走った。


敵は右手を振りかぶった。


 大丈夫、柔道の組手争いを思い出せば、遅すぎる。

 落ちてくる右手をかわしながら、さっきから痒かった左膝の内側を掻く。気持ちいい。


 このドリンクすごいぞ。


 そのまま竜Pの側面から軽く飛び、自分の足を相手の足に絡める。

 竜といえども、関節は人間に近いっぽい。


 本来は柔道で禁止されている「カニばさみ」だ。


 その巨体は、後ろに向けて崩れ落ちた。


「今だ、いけ!」


 僕が言うより早く宮澤は動いていた。


 竜の体に、ぐつぐつと煮えたそのサンドウィッチを押し付ける。


 すると、パンとパンがパカッと開いて、中の具材がこぼれ落ちた。


 ジュウ、と音がして竜の体がそこから溶けていく。


「ぐおおおお!」


 と叫ぶが、体は動かない。そういえばこいつは氷の竜か何かだから、熱いものには弱いのかもしれない。宮澤、ナイスセレクトだ。


 数秒後、竜の体は消えて、名札が1枚落ちていた。


「おっしゃあ!」


 僕と宮澤は自然とハイタッチしていた。


 あれ、でも、もともとはこいつが悪いんじゃなかったっけ?


 まあ、いいか、勝てたし。 


ドリンクによりテンションが上がりすぎた僕にとっては、もはやどうでもよかった。


 僕はその後約30分間テンションが高いままだったが、さらにその後、2時間近くトイレで吐きつづけた。副作用だろうか。 柳の首無し死体があるせいもあっただろう。


時間でいえばすでに夜12時。

 女子たち2人は、この死体がある場所で眠ることを拒み、コンビニの移動を主張した。

 僕も、柳には悪いが、死体と過ごすのは嫌だったので賛成した。

 宮澤も、次なるアーモンドチョコの収穫場へ進めるので賛成した。


 こうして僕たちは、このコンビニに唯一残された選択肢である「下」のコンビニに4人で移動したのだった。

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