第32話 驚くべき機能性
つまようじ。
根本の部分に2本の溝がある。
僕は、ずっとあの溝は、「折って、立てて、つまようじ置きにする」という使い方だと思っていた。というより、母にそう教わったような気がする。
元々の、つまようじとしての目的としても使え、なおかつそれを置くための器としても使える。その小さな体積と反比例した、驚くべき機能性だ。そう思っていた。
しかし。先日見たテレビで、それがどうも違うということを知った。
つまようじは、製造の過程で、どうしても持つ方の部分に黒い焦げ目ができてしまうという問題があったそうだ。詳しいことはわからないが、この黒い焦げ目ができてしまう事は、解決の方法がないらしい。「それならば、こけしみたいにしてごまかそう」と、完全にギャグに走ったとしか思えない思いつきにより、2本の溝ができた。黒い焦げ目は、こけしの髪の毛というわけだ。嘘だろと思ってネットで調べてみたが、どうも本当らしかった。
俗説である「つまようじ置き」を正式な理由として採用したほうが、あの溝にも存在意義が生まれるのではないかと思った。
その2本の溝は、今目の前で、別な目的で使用されている。
竜Pの攻撃をつまようじの先の部分で受け流し、溝の部分で止める、という、刀の鍔のような使われ方をしているのだ。
宮澤の右手は巨大つまようじと化し、竜の右手を突き刺した。
その後も、竜Pからの攻撃を、なんとかそれで防いでいる。その姿は、さながら「モンスターをハンターが倒して素材を剥ぎ取るゲーム」で、ランスを武器にドラゴンと戦っているように見える。
にしても普通、つまようじを選ぶか? やはりあいつは変わっている。
「こ、これ、どうしたらええの?」
隣の坂井が聞いてきた。彼女の武器化の結果を見ていなかった。
「な、なんだこれは……?」
突然現れた工業製品に驚く。
彼女の右腕は、付け根がエンジンに、先端がタイヤになっていた。よく見ると肩には座るためのシートや、ハンドルが付いている。バイクだ……。
確か、さっき適当に掴んだ雑誌は、バイク雑誌だった。こんな武器化もあるのか。
「重たい、動かれへん」
タイヤは地面に着いており、彼女の腰あたりまでの高さがあった。ホイールの真ん中はシャフトで固定され、チェーンがついている。チェーンの先はエンジン部分とつながっているため、おそれくこれはエンジンがかかれば走るはずだ。
しかし、これが本物のバイクと同程度の重量だとしたら、相当重いはずだ。多分彼女は自力で動くことは不可能だろう。
しかし、僕はバイクの動かし方なんて知らない。
「俺、これなら乗れるかも……!」
柳が言った。
「兄貴のバイクにたまに乗せてもらってるから」
これは法律に違反した行為のカミングアウトであるが、今はそんな事を言ってられない。
そのとき、つまようじランスで善戦していた宮澤が、竜Pの尻尾のなぎ払いにやられて飛ばされてきた。
「いってぇ……」
宮澤の右手が光り、元に戻る。
竜Pがこちらに近づいてくる。
やるしかない。
「わかった、柳、乗ってくれ!」
「乗るって、私に乗るってこと……?」
「ごめん、ちょっと乗らせてもらうぞ!」
柳は坂井の肩をまたいでそのシートに飛び乗った。
「重たいやんか、何するんよ!」
坂井が嫌がる。
「ちょっと、危ない! 動くな! 俺だって嫌だよ! でもこうするしか助からなさそうなんだ!」
柳が、振り落とされそうになりながら、エンジンのかけ方を探る。
「いけそうか!?」
「ああ、なんとなくわかる!……ここがキックで……これがブレーキかな……」
大丈夫だろうか。そしてこのバイクは一体何ccなのだろう。見たところかなり大型のエンジンなので、馬力はありそうだ。
竜Pがそのバイクを敵と認識したのか、こちらに向けて吼える。
柳は、その咆哮の大きさに目をつぶりながらも、スロットルを全開にして、キックペダルを勢い良く踏んだ。
竜Pの咆哮に負けないほどの大きな音を出し、エンジンがかかった。
「おっしゃ!」
「めっちゃ肩ガクガクするんやけど!」
「ごめんな、もう少し我慢してくれ!」
柳は、ハンドルを竜Pの方に向けてアクセルを全開にした。
バイクが勢い良く走りだし、坂井が引きずられている。
「このままぶつかるぞ!」
「ちょ……あかん、あかんって!!」
竜Pはいきなり自分に向けて突進してくる物体に驚いたようで、動きが止まる。
そのまま、坂井バイクは速度を上げて竜Pの腹に突っ込んだ。
衝撃で柳は放り出され、窓ガラスに叩きつけられた。
竜Pは腹に大きなタイヤ痕を残し、仰向けに倒れた。
さらに、勢い止まらぬ坂井バイクはその上を乗り越えるように走り、首の上あたりでバランスを失い倒れた。
やったのか……?
坂井のバイクが光って、元の右腕に戻る。
「イタタタ……」
そのまま坂井は立ち上がると、僕達のほうに走ってきた。ぶつかったのは武器化したバイクの部分だったので、大きなダメージはなさそうだ。
「はあ、はあ」
柳がフラフラと立ち上がって倒れた竜に近づく。
頭から血を流している。
「大丈夫か?」
僕は柳に声をかける。
「ああ、なんとか」
柳は、笑顔になって答えた。大丈夫なはずはないだろうに。
「あいつ、意外とやるな」
と宮澤がこぼした。
「でも、なんとかなって良かった」
柳が、倒れた竜Pの顔を覗きこむ。
「これがヒウラタクロウか……」
そういえば、これはいつ消えるんだろう。たしか、倒されたプロデューサーは消えて、名札に変わるはずだ。
消えないという事は、まさか……。
竜の目が突然大きく開いて、首が持ち上がった。
ヒウラタクロウの口が、人間の顎の可動域を大きく超えて開く。
「え……」
ガブ。
柳の頭が喰われた。
首から上がなくなった。
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