第26話 エヘン
蛍光灯が見える。
移動は成功したみたいだ。
体が半分コピー機から出ている状態。
目の前では鍵野さんが「いたたた…」と呻いて倒れている。
僕は確か撃たれたはずだ。
体は……?
痛くはない。無事だったのだろうか。
ぐっ、と体が持ち上がる。
「うわわ!」
コピー機から押し出されて、僕の体が鍵野さんの上に覆いかぶさる。
「ちょっと、何すんのよ!」
「あ、いや、ごめん……」
コピー機からは宮澤が顔を出した。
彼に下から押し出されたんだ。
宮澤は自分の右手を見ていた。その右手は、もうすでに大きな紙ではなく、通常のバーコードリーダーを持つ右手に戻っていた。
一方、鍵野さんの右手は小さなハサミのままだ。
宮澤はあのノートのような紙を、武器として使用したということなのだろうか。
「さっきの俺の右手のやつ、弾を防いでくれた」
「弾を?」
「お前、出て行く直前、撃たれただろ。でも、弾と体の間にこの紙が挟まってたんだ。弾は貫通してなかった」
「確かに、撃たれた感覚はあった。でも、どこも怪我はないみたいだ。あれが盾になったって事なのか? だとしたら……ありがとう」
「別にたまたまだし、助けようと思ったわけじゃない。その後、何発か俺も撃たれたんだけど、それが防いでくれたから、まあ、あのノートを読み取ってて正解だったよ」
「武器」という表現をされていたから、攻撃するためのものと思っていたが、防御に使える商品もあるらしい。そしてそれは、防御の力を使うと、元に戻るようだ。どの商品を読み取ると、どんな武器になるのか、調べる必要がある。
コピー機から出てきた僕達3人を、遠くで見つめる2人の高校生がいた。
一人は男、一人は女だった。どちらかが元のこのコンビニの主だろう。
僕は、立ち上がりがてら、肘で鍵野さんをつついた。
「あ、あの…こんにちは!」
鍵野さんに声をかけてもらう。
こういう場合、女性からの声がけの方がよいだろう。
「……」
警戒しているのか、二人ともこちらを見たまま動かない。
「こんにちは!」
次は僕が声をかけてみる。
しばらくの沈黙の後、反応があった。
「君たち、派閥はあるのか?」
男の方が聞いてきた。
「派閥? なんのことだ?」
僕が聞き返す。
「そこまでいってないのか」
ほっとしたように男が近づいてくる。
「知らないようなら別にいいよ。でも、こうして同じコンビニに来た以上、僕たちはチームだ。よろしく」
手を差し出してくる。これは、握手を求める仕草だな。生まれて始めてされたかもしれない。こんな奴いるんだ。
「よろしく……」
差し出された手を拒むわけにもいかず、僕は握手に応じた。
その後、お互いに自己紹介をした。男の方は柳。女の方は坂井というそうだ。
宮澤は自己紹介中も、チョコを食べながら、一言「宮澤」と言うだけだった。さっきは、とっさにコピー機に逃げるアイディアを出したり、紙の盾を使ったりと、頼りになったが、今はまただるそうにしている。
「派閥って、なんなんだ?」
僕が聞くと、柳はスマホを出した。
「これだよ」
柳のスマホの画面には、いくつかのブロックに分かれた文章が、連続で表示されていた。各ブロックの先頭には、日時と番号が振られている。大手の巨大掲示板「エヘン」のようだ。
僕はあまり見たことはないが、大抵の話題や情報は、この掲示板の中でやりとりされていると聞いたことがある。
「この掲示板は生きていて、こっちの世界の僕達も情報のやりとりができる。下手に『カクヨム』使うより安全かもしれない」
「へえ」
僕も鍵野さんも、「カクヨム」にばかり集中して、あまり他のサイトは見ようとしていなかった。いわれてみれば、この世界に閉じ込められた瞬間に、ネットに長けた人ならまず見るのがこの掲示板かもしれない。
「今、この掲示板を使用できるのは、こっちの世界にいる僕達高校生だけだが、この掲示板の中で、ふたつの考え方がぶつかっているんだ」
「どんな?」
「オオイシタツルという男の『付いてきたら全員が元の世界に戻れる』という言葉を信じる派閥と、フジナカマコトという男の『こっちの世界に残っても幸せにやっていける』という言葉を信じる派閥だ」
どちらの名前にも聞き覚えがあった。
「ちなみに、柳はどっちの派閥なんだ……?」
僕は恐る恐る聞いた。
「フジナカマコトだ」
当然のように柳は言った。
僕と鍵野さんは、自然と目を合わせた。
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