僕の異世界カフェに人はこない
一文字
第1話 客はいるような、いないような
ドラゴンが空を舞い、スケルトンの集団と、その幾倍かのゴブリン達が地を埋め尽くす。
少し離れたところには、怪物共と対峙しようとする、十数人の集団がある。そこから、一人の美女が進み出る。既にゴブリン共の雄叫びが近い。
あと数瞬の先に、彼女らは魔物の軍団と激突することは必至。
魔術士の女が空に手をかざす。すると魔法文字で編まれた魔法陣が現れる。そして魔法陣の先からは、その魔術士の数十倍はあるだろうか、青白い炎の玉が生み出されると、魔物の軍団に向かい吐き出され――――。
「あのー、お楽しみのところ申し訳ないのですが……」
まさに戦端が開こうとするその瞬間、少年の声で、その『ゲーム』は中断を余儀なくされた。
少年が声をかけたテーブルには、向かいあって二人の少女が座っていた。
「もう、折角いいところだったのに……。なんですかマスター?」
そのうちの一人が、肩先までかかるフワフワの金髪を揺らしながら非難の眼差しを少年に向ける。
「いや、ここカフェだから注文を取りに来ただけなのだけど……。注文どうする、カレーナ?」
「うーん、じゃあ軽くつまむものと、カフェオレちょうだい」
金髪の少女、カレーナ・ルーズヴェルトはけだるい様子で応える。
「じゃあ、ウチはブラックコーヒーでお願いー」
もう一人、黒髪長髪の少女、ミヤコが両手を合わせて、注文を取りにきた少年、ケートに注文する。
彼女達が楽しんでいるゲームは「リーディングドラグーン」。
プレイヤーは魔法使いとなって、手持ちの駒をモンスターや戦士などとして使い、最終的には相手のHP(ヒットポイント)をゼロにした方が勝ち、という対戦型ボードゲームである。
そして最大の特徴は、プレイヤーが自らの魔力と魔術をもって駒を動かすことができる、リアルタイムで戦況が変わるボードゲームであることだった。
そう、この世界「リーネスタン」には魔法が存在する。
ケートはそんな世界につい先日放り込まれた。見たことの無い風景と文化、魔法と魔物のファンタジーが跳梁跋扈する世界に。
ケートは店内を見渡す。木製のカウンターにはイスが十脚ほど揃えられ、テーブルは四人掛けのものがいくつか配置されている。
カウンターは店内より高さが一段低くなっていて、手元が見えないような工夫がなされている。足元には、高い場所のものをとるための、木製の踏み台がある。
カウンター裏の壁際には開くことがない書棚であって、古書が並んでいる。本の背表紙は日本語でなければ、英語でもない。地球上には存在しない言語が使用されていた。
そしてそんなことを知っている少年、甘味屋 景人(かんみや けいと)は異世界転移をはたした人間、ということになろうか。
「お待たせしましたー。ではごゆっくりどうぞ」
ケートが、コーヒーをテーブルの上に静かにおいた。
「はあ、いい匂いやねー。解呪されそうやわあ」
「それを言うなら解呪じゃなくて、デトックスとか癒し、といった言葉じゃなかろうか」
ケートは配ぜんに使ったお盆を抱えたまま、呆れた顔を黒髪の少女に向ける。
「うーんでもなあ……。ああっ、凶悪なアンデッドの王をも天に返すような味わいやなあ」
「ミヤコ、それ、むしろ悪化してるし、多分ほめ言葉じゃないから」
「いや、わからんよカレーナちゃん、今度迷宮に潜るときにケー君のコーヒーを撒いてみようや。多分、高級聖水くらいの威力はでるかもしれん」
「それなら聖水にしましょう。面倒だし。さて、ではゲームの続きを始めましょう」
そんなことを言いながら、カレーナはつつましやかにコーヒーに口をつけて、テーブルに目を向けた。
ケートは自らの定位置であるところのカウンターに戻ると、手近にあるグラスを一つに手に取って磨き、棚にしまう。
棚には少しずつ趣の違う白いカップが整然と並べられ、室内は品の良さそうな調度が揃えられている。
店内に先ほど二人と隅っこで掃除をしているもう一人以外、人影はない。そんな状況にケートはため息をつく。
なんとかお金を稼がないといけないのだが、客は少ないし、きても客単価の低い常連だけ。異世界にきて早々にこしらえた負債のせいで、ケートの自由はおおきく阻害されていた。
もっとも一応働く場所はあるのだから、文句を言う筋合いはないのかもしれない。
「はあ、先は長いよなあ……」
そんなケートのつぶやきは、宙に消える。
ここは、アンティークカフェ「エンロン」。そこは、迷宮都市トゥモーマクの一角にあった。
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