第15話領主とその息子
領主が視察に訪れるというニュースは、俺が生まれてから6年の中でも間違いなく最大のニュースとしてこの村を駆け廻った。
俺と同じ6歳の嫡男に実際の村の生活を見せるため、領主の住む町から最も近いこの村を訪れるらしい。
これはこの地方を治める子爵家代々の習わしのようで、嫡男が平民の生活の実態を知るため、そして領主が現状を把握するために行われる。尤も、嫡男の方は名ばかりで実際に小難しい事は分からないため、雰囲気だけを感じ取れば問題ないのだとか。
むしろ村の子供と遊び、仲良くなってある程度の不満等を話してもらえるようになれば及第点との事。
村長が子供の頃には同じように現在の子爵が訪れ、少々歳が離れてはいたものの、同じような具合に仲良くなったのだとか。
この辺りはノエルに集めてもらった情報だが、正直俺一人ではそれほど村長と話す事もないため助かった。
だからそんなお貴族様を村民総出で当日には迎え入れるため、農作業をほっぽり出して村人総出で準備に取り掛かるのを、子供でさえまるで祭りの前日のように落ち着きがない様を、俺は森のすぐ傍の丘から見下ろしていた。
――そして当日。
「お、おい、馬車だぞ、馬車!」
「スゲー!」
「騎士だ、騎士! 剣持ってる!」
「おいあれ、あの女の人魔法使いなんじゃ……!」
口々に村の子供たちが囃したて、普段見る事のない領主とその一行に感動する。
まあ実際、俺も馬車なんて初めて見るしな。
エリートの代名詞とも言える騎士や才能を持つ人間しかなれないとされる魔法使いもいるなど、村にいては見掛ける事のない存在に誰もが湧きたっていた。
そしてそんな村人に囲まれる中、ノエルの父である村長が豪奢な馬車を一人で待ちうけていた。
その馬車は村長の前で停止し、御者が恭しく扉を開けて中の人間に到着を知らせる。
周囲に見守られる中で階段を降りてきたのは、まだ若い、二十代半ばの男性と俺と同じくらいの子供だった。
「ようこそお越し下さいました、クラフト様。村民一同、心よりお待ち申し上げておりましたぞ」
「出迎えごくろう。今日は世話になるぞ」
「いえ、大したおもてなしは出来ませんが、ごゆるりとおくつろぎください」
と、丁寧に頭を下げた村長だったが、領主も村長も共に肩を震わせ、耐えきれないとばかりに顔を上げた所で両者共に破顔した。
「はっはっはっ、それにしても久しぶりだな、カイ。調子はどうだ?」
「まあ変わらんさ。尤も、領主様直々の訪問という事で最近は色々と忙しかったがな」
「それはすまないな、許せ」
と、笑顔のまま再会の抱擁を交わす。
「皆に紹介したい。我が息子、パウルだ。よくしてやってくれ」
久闊を叙した後で取り囲んでいる周辺の村人にアピールするかのように、横にいた少年の頭に手をやった。
なるほど、村長と領主が親愛を示した後にそう言われては、身分差がなくとも良くしようと思うのが人情だろう。
まして、ただでさえ上の身分からこうも親しくされては悪く思えるわけがない。
「パウルだ、みんなよろしく頼むぜ!」
そして本人も幾ら領主の息子だろうと、やはり知らない人間にこうも囲まれては物怖じするのが普通だ。或いは、高慢な人間に育てられれば何の価値もない村人風情と明らかに蔑む目つきになるはず。だが、その点で彼は違った。いっそ不遜とさえとれるほどに堂々と挨拶をし、しかしちゃんと村人でさえ人権を認め、個人を個人として認める視線で周囲を見やる。
「だ、誰か行けよ」
「お前が……」
「やだよ……」
しかしそんな彼とは正反対に子どもたちはぼそぼそと喋り合い、興味があり、なお且つ話してみたいという思いを抱きながら、しかし誰もが足踏みしていた。
善政で知られるこの村の領主なのだから、些細な粗相などは気にもしないと事前に言われていようと、先程のやりとりを見ていようとやはり相手は領主の息子であり天上人なのだ。
何を話せばいいのか、どう対応すればいいのか、全てが分からない。
誰もがそんな表情をし、緊張している。
大人達はそれを理解していながら、子供同士でなければならない事も知っているために優しく見守っていた。
だが、元々俺は臆するつもりはない。集団で駆けよられた場合にさえ周りを出し抜ける策を用意していたくらいだ。まして周りが尻ごみしている今こそ好機だと知っているのだから。
「もしよろしければ、僕と遊びませんか?」
声を上げる事で注目を集めると同時にこれを切掛けに周りが寄ってこないよう牽制し、子どもたちの間を抜け、前へ前へと歩き続け、パウルの目の前で止まる。
「はじめまして、パウル様。僕はチェスターと言います。あなたと同じ年齢です。もしよろしければ、一緒に遊んでください」
村人として、子供としては驚くほど丁寧に、しかし不慣れでたどたどしい雰囲気をかもす事で、可能な限り子供らしくという絶妙なバランスを保って自己紹介をする。
「ああ、よろしく頼むぜ!」
果たして、返事はあった。
いかにも少年らしい活発で明るい返事。
それは、ノエルと同じ太陽のように裏のない温かさを感じさせる。
「だけどけーごはいらないからな! 俺の事はパウルと呼べ!」
「…………わかった、よろしくパウル!」
少々悩んだが、それとなく周囲を、特に領主やお付きの騎士の顔を窺ったが、特にパウルの発言を問題視した風には見えなかった。
これは、本来の身分差を考え得れば不敬という事で自分の命は勿論、最悪家族をも危険に晒す事になる。無論、領主の評判を聞く限りでは子供のやる事だと笑って済ます可能性が高い。それに、こんなチャンスはやはり今しかあるまい。
だから賭けの要素はあったものの、子供らしさをアピールしつつも要望通りに呼び捨てにする。
「おう!」
「それじゃ早速遊ぼう!」
これで、第一段階はクリアした。
後は邪魔が入る前に退散とばかりに、パウルを引っ張ってこの輪を抜けだす。
「あまり遠くへは行かんようになー!」
領主の言葉を背に、俺はパウルと駆けだした。
「お屋形様、よろしいので? 子供だけと言うのは少々不安では……」
「過保護が過ぎるのもな。ただでさえ馬車で窮屈な思いをさせたのだし、大人がついて行けば自主性が失われる。あの村人の子も委縮しよう。それに、失敗から学ぶこともあるものだ。あの子の好きなようにさせて問題あるまい」
「……そう言われるのなら」
と、護衛の騎士の言を退ける。
「いやはや、それにしても子供と言うのは無邪気でよいものだな。身分など容易く超えて仲良くなれるのだから。大人は、特に貴族は汚いぞ? もう裏が真っ黒で人付き合いが嫌になってくる」
「おい、まだ村人の目があるんだからそんな愚痴を俺に言うな」
領主と直に話すのは、ノエルの父親でもあるカイその人だ。
チェスターがノエルを介してカイから領主に対する情報収集を行った時、善政を布いている事、代々この村を訪れている事、そして前の世代、今の領主が子どもの時、この村を訪れた際に一緒に遊んだのがノエルの父親であるカイだった事等、様々な情報を知ったからこそ、先の賭けにも出る事が出来たのだ。
その時以来、この二人は数年に一度しか顔を合わせる事はないとはいえ、それでも身分を越えた友人でもあった。
「まあ許せ、それにしても、最近の村の子供というのはあんなものなのか?」
「……いや、正直、あの子は特別だろう。実際、俺も今知った。俺の末の娘が随分と御執心のようだが、正直要領を得ない説明ばっかりだったし、子供の言う事なので気にも留めなかったが……。あの年齢で、いや、大人でさえあれだけ受け答え出来るやつは、この村にはほとんどいないぞ」
「だろうな。この村だけじゃなく、どこへ行ってもそのはずだ。どこでそんな事を学んだのやら……。まあいい、とりあえず、今年の収穫や何か変化があれば教えてくれるか」
「ああ、分かった」
少々気にはなったものの、お互い暇ではない。
今しか出来ない事も少なくないため、チェスターの事は後回しにしたのだった。
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