第14話亀裂
あの日以降、ノエルは俺の傍に寄りつかなくなった。
ずっと待ち望んでいた瞬間が図らずも訪れ、しかもあまりにも呆気ないほどだったから少々拍子抜けするほどだ。
尤も、あれだけ試して一人になれなかったというのに、思わぬ形で、自分の手で計画したわけでもないせいか、期待していた達成感や喜びがない。
思えば、呆然と立ち尽くして一歩も動こうとしないノエルの手を引っ張って帰宅しようとした際、伸ばした手を振り払われるような事も初めてだなと、どこか他人事のようにそう感じた。
走り去るノエルを追うだけの体力も残っておらず、ただ茫然と見送る事しか出来なかった。
だが、いつまでもこうしているのも馬鹿らしい。
過程がどうあれ、これはずっと待ち望んでいた結果のはずだ。
物足りなさを感じるのも特別騒がしいアイツがいる事に慣れたせいで、一人でいる事に慣れていないせいだろう。
すぐ一人にも慣れる。
そう無理やり気分を変え、前からしようと思っていた幾つかの計画を実行に移す。
「酸素よ、ガスよ、集いて青く燃ゆる焔と化せ『ファイアーボール』」
そう、他にも気になっていたのは、魔法名はそのままに詠唱を変えるとどうなるかだ。新しい魔法はこの数日間で思いつく限りは全て開発し終えたので、次は既存の魔法に関する実験だ。
果たして、成果はあった。
生じたのは、確かにファイアーボールだ。しかし色が青い。そして何より小さい。
魔力不足かイメージ不足か。試しに空へ放ってみれば、しかし威力はそう変わらなかった。
続けざまに二度、三度、時間をかけ、イメージや魔力等色々なパターンを試せば、同じ大きさのファイアーボールの爆発半径はオリジナルよりも広い。周辺の環境を考えて今ここで試す気にはなれないが温度も此方の方が高いはず。
恐らく、この理論が正しければだが、魔法にはそれぞれ最適な言葉、イメージがある。
そして言葉を重ねるほどに、その存在を定義するほどに魔法は強くなる。
本来あり得ない物を、存在が不確定なものを現実にするとはそういう事なのだろう。
きっと今までに同じ事を試した人間はいただろうが、その構成を知っていたとは思えない。だからこの法則は知られていないはずだ。
だが強くするために必要なものを知っておかなければならないし、イメージも重要だ。
同じパターンで幾つか試した限り、見えないながらも酸素や可燃性ガスを集めるイメージ等を行った方が僅かながら威力は増した。とは言え、イメージにかなり時間が掛かっただけでなく、かなりの集中力や魔力を必要としたため、これらを実戦で使うには現実的ではなかさそうだが。
その中でもメタンやプロパン等、可燃性ガスの中でも単純な分子構造のものほどちゃんとイメージ出来たから効果が高いようにも感じた。
これらは今後、要研究といったところか。
やはり出来ない事、分からない事が出来るようになるのは面白い。
せっかくこんな世界に生まれたからこそ誰よりも上手に、そして誰よりも強い魔法を使いたいという欲求がある。
それにこういった魔法の特性、法則を解き明かす事が出来れば、俺は他者より先へ、もっと上へ、もっと強くなれる。きっとこの先、決して低くない死亡率の世界でも生きていける。
だからきっと、俺が今感じている焦燥感にも似た言葉に出来ない苛立ちは、きっとそういった類のものなのだ。
余計な思考を振り払うように俺は今日一日修行や研究に取り組んだが、待ちに待った絶好のチャンスでありながらもすぐに集中が途切れ、やけに身が入らなかったのは、ボタンを掛け間違えたような、ふとした拍子に何かが足りないと感じてしまう違和感が拭い切れなかった。
チェスターとはずっと一緒だったから、これからもずっと一緒なのだと思い込んでいた。だからあの言葉を聞いた時、何が何だか分からなくなるほどの衝撃を受けたのだ。
ノエルにとっての常識とも言えるほど揺るがないはずの世界が崩れた。
それほどの衝撃。
だから自分がどういった行動に出たかもわからない程に無我夢中で駆け、気付けば家の前に辿りついていた。
「おかえりなさい、ノエルちゃん」
「おねーちゃん……」
そして、出迎えてくれた姉の姿を確認した所でなぜか急に安心し、そこで止めどなく涙が溢れる。
それを拭うこともせず、ノエルは眼前に立つ姉の胸に全力で飛び込んだ。それをエイミーはいつものように優しく受け止め、だけどいつも以上に優しくノエルの頭をゆっくりと撫でる。
「チェスター君となにかあった?」
「…………うん」
「そう……」
それ以上、エイミーは何も言わない。
ただ二人共無言のまま、ずっとそうしていた。
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