第11話おねーちゃん2(0.5)
「ただいまー!」
「あらお帰りなさい」
「ああ、お帰りノエル。今日もチェスター君と遊んでいたのかい?」
「うん!」
家中に響くほどの声で帰宅を告げたノエルを出迎えたのは、居間にいた母親、次いで父親だ。
「おねーちゃんただいま!」
そこを風のように走り抜け、ノエルは二階にいた姉にも同じように告げる。
その元気な声を聞くだけで家族皆が温かい気持ちになれる。
が、その声がいつもと僅かに違う事を、姉のエイミーだけが気付いていた。
「あらノエルちゃん、今日はいつにもましてご機嫌ね。なにかいい事でもあったの?」
元々太陽のように明るい子だから他の家族でさえ気付かなかったようだが、いつにもましてその声はご機嫌で、なお且つ僅かながら声が大きかったから自分は気付けた。
そう、他の誰でもなく、自分だけが、気付けた!
「そうなの! チェスターがね……あ」
「うん? チェスター君がどうかしたのかしら?」
「んーん、おねーちゃんにはひみつなの」
「あら悲しいわ。お姉ちゃんにも話してくれないのね……」
「ダメなの! これはあたしとチェスター、ふたりだけのひみつなの!」
ノエルは両手を口に当て、絶対に言わないというポーズをとってエイミーに主張する。
だがその動作こそが、エイミーの琴線に火を点けた。
「きゃー!」
「むぎゅ!」
エイミーがまるで悲鳴のような声をあげ、全力でノエルを抱きしめる。
その声は居間にも届いていたが、両親は仲がいいなあと、けど結局はいつもの事だったので笑って流した。
「ああもうなんてかわいいのかしら! さすがは私のノエルちゃんね。まったく、こんな子を独占するチェスター君が羨ましいわ。まだ会ってもないのに、ちょっと意地悪してきたくなっちゃった」
「おねーちゃん、くるしいよ」
「ダメよ、これはお姉ちゃんを除け者にした罰なんだから大人しくしてなさい」
必死に体を動かして拘束から逃れようとするノエルの抵抗を、満面の笑みで楽しむだけの力の差がそこにはあった。
しばらくの間もみくちゃにされ、ようやく解放されたノエルは、怒り心頭といった様子で腰に両手をあててエイミーに言う。
「もう! おねーちゃん、ひとにいやって言われたらやっちゃいけないんだよ!」
「あらあら、ごめんなさい。ついついノエルちゃんがかわいかったら、抑えきれずにしちゃったの。お姉ちゃんを許してくれる?」
「や! おねーちゃん、しばらくはんせーして!」
「やーんもうかわいい!」
「むぎゅ!」
反省の色は皆無だった。
再び強く抱きしめられ、顔を胸に埋められたノエルは抵抗の声さえあげることが出来ない。
またももみくちゃにされ、ようやく満足したエイミーがノエルを放すと、本当に怒っているのだと表現するかのようにノエルが地団駄を踏む。
「なんではんせーしてって言ってるのにきかないの! もうおねーちゃんとはしゃべらない!」
「酷い! ノエルちゃんったら、私の事無視するのね!」
「…………」
つーん、という声が聞こえてきそうなほど、ノエルは露骨にそっぽを向いた。
だが、相手はそれが堪えるほどまっとうな神経をしていない。むしろ反応をおもしろがるように、無言ながらも満面の笑み。そして――
「今日の晩御飯は、ノエルちゃんの大好きなお姉ちゃんお手製のシーグ鳥の香草焼きよ」
「ほんと!? ……あ」
本能で生きているようなノエルは、簡単に掌の上で踊らされる。
どこぞの幼馴染とは経験が違うのだから、こうなるのも必然ではあった。
「もう、なんでおねーちゃんはいじわるするの!」
「いじわるなんかじゃないわ。とれたてピチピチ……むしろ絞めたてピクピクかしら? まあとにかく、私が今日狩ってきたの。だからおいしいわよ」
物騒な単語など、ノエルの耳には届いていない。
今ノエルの脳内を支配するのは、香ばしく焼けたシーグ鳥の香草焼きただそれだけだ。
ノエルの口内にはよだれが溢れ、ちょうど夕飯時というのもあってか、空腹を思い出したかのようにお腹がぐーぐーと鳴る。
「ね、だから機嫌直してちょうだい?」
「う〰〰、…………や、だ、だめ」
「あら?」
しかし、ノエルとて日々成長していた。
だからエイミーの計算ならこれで堕ちたはずのノエルは、しかし崖っぷちで踏み留まる。
かわいい妹の成長を嬉しく思いつつも、百を超える魔獣の頂点に立つ、魔獣の王と呼ばれる伝説級の魔物は、我が子を崖へと突き落として鍛えるとかなんとか聞いた事がある。だからこれは愛の鞭、いや、愛の飴だ。誰だって、飴を与えられて喜ばない者はいない。
「ほら、ノエルちゃんのだけこっそり多めに入れてあげるわ」
「ほんと!」
「ええ、これはお詫び。ごめんなさいの気持ちだから、許してちょうだい?」
「うん! おねーちゃんだいすき!」
「いいのよ、かわいいノエルちゃんのためだもの」
崖っぷちで踏ん張ろうと、そこまで追い込まれている事実は変わらない。
それはほんの僅かな力が加えられただけで、あっけなく崖から転がり落ちてしまう。
「さあ、ご飯にしましょう」
「うん!」
駆け足で居間へ向かうノエルを見ながら、エイミーはいつものように優しく微笑んでいた。
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