第98話 主人公失格

「ポップコーンはチーズ&ブラックペッパー。飲み物はレモンスカッシュ」

 売店でお菓子とジュースが乗ったトレイを二つ受け取ると、アルクは駆け足でエレベーターを上って二階へ。

 巨大ポスターが壁にズラリと並ぶ廊下を抜けて、四番スクリーンの入口の重い扉を開ける。ヒンヤリとしていて薄暗い空間の中で自分の席、中央の一番観やすい席に忍び足で向かう。そこには既に先客がいた。


「あいよ、お前の分のジュースね」

「……」

 手渡すが無反応。仕方がないのでアルクは座席のホルダーにトレイをセッティングする。


「……」

「ワクワクすんな? 早く始まんないかな?」

「……」

 壁の灯りが消え、スクリーンに最新映画の予告編と上映時の注意アニメが流れた後、本編の映像が始まったのだ。




 ◇◆◇◆◇


 ──神装真器ゴーアルター──


(イントロ)


 ゆめはあるかい おおきなゆめが

 それは はるかないただき

 しろき きょしんは きぼうをまもるため

 きょうもかける かなえるためにあるきだす


 うなれ てつのこぶし マニューバフィスト

 とどろき かがやけ イレイザーノヴァ 

 じゃまする あくを けしされるために

 きみよかわれ いしをつらなきとおせ

 ゴーアルター ゴーアルター

 あぁ ゴーアルター


 《第壱話 無敵!ゴーアルター見参》


 ◇◆◇◆◇




 その映画は文化祭の前日、作業用メカに化けていた怪物が暴れだし、そこへ謎の白い巨大ロボットが現れて怪物を倒す、と言う内容のアニメだ。


「朝、昼、夕方、夜、深夜……一日五回、お前が来てから通算百回目になるけど飽きないねぇ」




 ◇◆◇◆◇


 怪物が上空に打ち上がると、まるで花火の様に鮮やかな爆発四散を真昼の空に咲かせた。


『この俺とゴーアルターが居る限り、悪の偽造獣は必ず滅ぼしてやる』

 拍手喝采。人々は街を救った英雄を讃えた。


 ◇◆◇◆◇




 エンディングテーマが流れ、上映が終了してホール内が明るくなる。あっという間の三十分だった。


「今回の一話はコロニー内だったな?! 五、六回ぐらいはあったけど今日のは学園物の雰囲気あったぞ。プールの中からロボット登場は定番だよね。車イスで仮面の生徒会長って設定の女の子がどんな風に物語に関わってかるのか?」

「……」

 喋り疲れてアルクはジュースを一口。レモンの爽やかな酸味と炭酸のシュワシュワ感が喉に心地良い。


「理想、妄想、幻想の数だけドラマがある。繰り返される悠久の第一話。最高のシアターさ」

 他に客か居ないのをいいことに、アルクは一人でアニメの感想を何十分も喋りまくる。途中、疲れてトイレに行ったり、パンフレットを読みながらポップコーンを食べ、またああだこうだと語り続ける。

 そうしてる内に、再び上映時間になろうとしていた。


「今夜はこれでラストの百一回目だ。集中して見ろよ」




 ◇◆◇◆◇


 ──神装真器ゴーアルター──

 《第壱話 無敵!ゴーアルター見参》


 ◇◆◇◆◇




 流れたアニメ映像は第一話目だ。だが、やはりその内容は先程までの話と微妙に始まりが違っている。いきなり《ゴーアルター》の登場からだった。


「人間には無限の可能性がある、なんてよく言うけど……あれって嘘だよな」

 ポップコーンを口に放りながらアルクが言う。


「人間、生きてる限り進むべき道は一つだ。あれになりたい、これになりたい、そんな風に思ったって選べない道もある。選んだからって絶対に成功するとは限らないしな。あっ……これが所謂、無限の可能性って奴か」

「……」

「だからよぉ、夢への第一歩って慎重にいならないとダメだよな。これを外したら先は闇でしかない…………そこを俺達は間違えた」




 ◇◆◇◆◇


 阿鼻叫喚の地獄絵図が広がる街の中心で雄々しく立ち上がる白き巨神のシルエット。

『人々を脅かす悪の偽造獣め、この俺とゴーアルターが許さないぞっ!』

 その勇姿、正にヒーローなのである。


 ◇◆◇◆◇




「はしゃぎ過ぎちまったよ。新品のオモチャを貰って、遊びたくてウズウズしてて、何も理解してなかった。あんな威力なんて想定してなくても町中でミサイルなんて使う意味がわからねえよな」

「……」

「初手をミスらなければ、もっと上手くヒーローやれてたろうな。だから、この映画はそれを体現してくれている。希望に満ちた未来への幕開け、素晴らしい物語の始まりだとは思わないか?」

 目を輝かせてアルクは興奮する。すると、ここで初めて歩駆が口を開いた。


「……けど、それって物語と言えるのか」

 カラカラに渇いた喉を氷が溶けて薄まったレモンスカッシュで潤す歩駆。


「……終らない物語は、その時点で物語として破綻している」

「エタってる訳じゃない、ずーっと一話なだけだ。真ん中の中弛みした話なんて誰も興味を持たないさ」

「……過程は大事だ。積み重ねていくから今がある」

「なぁ歩駆…………お前は、この二年で変わったか?」

「……」

「お前のは積み木だ。平坦だ。楽に置ける。それも薄っぺらで無色透明。周りに促されるままで自分からは動くことは殆ど無い。催促されたやってますアピールしてるだけさ。形だけのフリでしかない!」

 席を立ち上がりアルクは顔を真っ赤にして怒鳴る。歩駆に対しての事でもあり、自分自身の事でもあった。


「どっちだと思う?! 真道歩駆から強気な部分が生まれ出たのか、軟弱な部分が剥離したのか?! 俺とお前のどっちが“真道歩駆(シンドウアルク)”だ?!」

「……そ、それは…………」

「………………はぁ、もういい。全くツマラナイ。こんなバカげた話があるよ」

 アルクはがっかりして席に戻った。期待以下の反応を見せる歩駆に心底がっかりする。わざわざ長い時間を掛けた甲斐も無かった。


「気持ちは解るよ。希望を持てないって知ってるさ。本当は止めてしまおうとしたけど、アイツに説得されたんだったな。でも、学校に居たって家から離れられるけど、一年で部が廃部に無くなったし、だらだらと過ごしても良いこと無いし……そんな時にゴーアルターは現れた」

 二人は泣いていた。思い出したくないそれまでの記憶。


「救ってくれたんだよ……正に神か悪魔かスーパーロボット。こいつが居れば何だって出来る。夢だって現実になる」




 ◇◆◇◆◇


『今に見ていろ、この俺が希望を魔の手から地球を救って見せる!』

 カメラ目線で指を差し、かっこよくポーズを決めた。救世主の出現に、ある者は拝み、ある者は祈り、ある者はひれ伏した。


 ◇◆◇◆◇




「……そんは事が出来るのか?」

 歩駆が尋ねる。


「今見ているモノがそうさ」

「コレは映像だ……実際にゴーアルターに乗ってた時はこんな感じじゃなかった」

 数は少ないが影ながら応援してくれた人も居たには居た。だが、IDEALの情報規制で《ゴーアルター》は公には隠された存在にされているせいで歩駆は不満に思ってた。


「俺が乗ってた時はこんなだったさ、IDEALのやり方を変えたからね……でも人気なんて時が経てば変わる。人の関心は長く持たない。だから、いつでも新たらしい物が好まれる」

「……長く続いてるのだって良いものはあるぞ」

「古参はそういう。だけど新しく触れたヤツは長期の話なんて見るのも面倒くさいのさ、続ける事に意味なんてない。ただ無駄に数を重ねるだけさ…………もう、エンディングになる。そして、また」




 ◇◆◇◆◇


 火の海になる街で《ゴーアルター》は天に拳を掲げる。その先、闇夜で輝く何かが落ちてくる。


『何だ?』

 目を細めて呟いた時には目の前が真っ暗になる。

 暗さの正体は鋼鉄の足の裏だ。顔面に激しい衝撃、《ゴーアルター》は派手に後ろ回転きながら建物を巻き込み吹き飛んでいく。


『今回は三十分じゃありませんよ』

 空から突如として現れた謎のロボットは《Gアーク》だった。中のパイロットはアイルである。


『貴方がやられるまで上映は延長します、行きますよGアーク!』

 アイルの声に呼応して《Gアーク》の目と額のセンサーが発光する。


 ◇◆◇◆◇




「おい……! 何なんだぁ、これは……」

 アルクは立ち上がりスクリーンに映し出される光景に驚愕する。

 先程までのヒーローの姿は何処へやら《ゴーアルター》がボロホロに負けている。無敵のスーパーロボットは膝を着き、純白のボディを土で汚し、空飛ぶ《Gアーク》に翻弄されて、完膚なきまでやられてしまった。


「……」

「止めろぉ! これは俺だけの物語だッ! 部外者が勝手に立ち入るんじゃない!」

 スクリーンに向かってポップコーンを投げつけるアルク。




 ◇◆◇◆◇


『…………もういいですよ、礼奈さん』

 周りの人々が唖然とする中、ようやく攻撃を止めた《Gアーク》が振り向く。


『物語は最後に終着しなければいけない』

 アイルが言う。ゆっくりと腕を伸ばす《Gアーク》は画面に向かって迫ってきた。


『行きましょう。現実へ』


 ◇◆◇◆◇




 館内が大きく揺れるとスクリーンが破け、そこから巨大な腕が飛び出した。隙間から外の光が漏れ、鉛色の大きな手は歩駆に向かって差し伸べられる。


「……ノアGアーク……」

 顔を覗かせる《ノアGアーク》は目の前は何も答えない。歩駆は誘われるがまま《ノアGアーク》の巨手に飛び乗った。


「許さねぇ……許さねーぞ貴様ら」

 拳を震わせてアルクが外へ出ていく歩駆を睨む。


「フフ……俺は…………俺が………………主人公なんだ」

 怒りとも笑いとも取れない複雑な表情でアルクは一人呟いた。

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