第86話 オルタナティブ

 ゴウンゴウン、と鋼鉄の床が鳴り響く。SV用の搬入エレベーターで《Gアーク》は地上へと上がっていた。

 コクピットの中、あれから二度目の操縦になるのだがコンソールのデザインが微妙に変わっていて歩駆は戸惑う。全体的に計器やスイッチなどの数が減り、シンプルになっているが一言ぐらい説明して欲しかった。


「前よりもダイナムドライブとのリンク率が上昇し、操作性が70%も上がりました。アラシ、ちゃんと仕事はしていますね」

 アイルが機体をチェックしながら説明した。彼女の中の〈ダイナムドライブ〉を通して、情報が歩駆の頭の中に入ってくる。


「本当にアイツなのか?」

「この機体識別番号の搭乗者登録が彼……女になってますからね」

「それにしても外が煩いな。敵が二人、もう一つの方は何だ? 異様に小さい」

 これが《ゴーアルター》ならばパイロットの正体を特定する事も容易いのだが、今の《Gアーク》では位置と大きさが感覚的に解るだけで、通常のレーダーと大差はない。

 

「上のゲートが開いた。飛ぶぞ!」

 ターゲットの方角へ機体を旋回させ、鋼鉄の床を蹴り上げて《Gアーク》は外へ飛び出す。


「量産タイプの戦人と……あれは?!」

 厚い装甲に身を包む《戦人》は手も足も出せず、防戦一方で耐えていた。その機体の回りを、身の丈はある巨大な武器を振り回してる黒い人影があった。


「楯野ツルギ……こことは別区画にあるメンテナンスルームを三日前から使用していたみたいですね」

「黒鐘ェ、何でそれを言わなかった?!」

「地下からこっちに来る通路は封鎖してましたし、向こうも隠れて内緒で使ってたみたいなんで無視しました」

 舌を出して戯けて見せるアイルに歩駆は軽く怒りを覚えた。


「どうする、身内同士で争いさせる訳には……!」

 考えるよりも行動。歩駆は《Gアーク》を二人の元へ急ぎ飛ばした。


「止めろよ! 二人っきりの家族なんだろッ!?」

「その機体、その声……真道歩駆か。キサマ、ゴーアルターはどうしたぁ!」

 ツルギの攻撃対象が《Gアーク》へと変更される。足裏から出るジェット噴射の炎を吹かせて急上昇。歩駆は《Gアーク》の手で振り払おうと思ったが躊躇いがあり硬直したが、アイルの判断でツルギを頭部のバルカン砲で狙い打った。


「流石に分が悪いか……ちっ、まだエネルギー充電が足りない」

 自分の顔ぐらいある大きさの弾丸の雨をチェンソーでいなしながら、ツルギは林の中へ身を潜める。

 消え行くのを確認して《Gアーク》は《戦人》に駆け寄った。


「大丈夫か、マモル! お前のそのSV、IDEALの」

『く……来るなっー!』

 叫ぶマモルの声と同時に《戦人》の背部コンテナから小型ミサイルが空に吐き出され、接近する《Gアーク》へ落ちていく。


「真道先輩!」

「跳ぶッ!!」

 地面を蹴り上げて高くジャンプする《Gアーク》を、ミサイルが方向を展開しようと向きを変えた途端、互いぶつかり次々と誘爆した。


「何すんだ、マモル?!」

『来るな……』

「そもそも来たのはお前の方だろが! 何で、ここで暴れてる? 理由を言えよ!!」

 怒鳴り付ける歩駆だったが、マモルの《戦人》は肩に背負っていたバズーカを周囲へ出鱈目に発射する。


『ぐぅぅわぁぁぁあああぁぁぁぁぁーっ!!』

「ちょっとは、止まれっ!」

 切り揉み回転気味に《Gアーク》は《戦人》を目掛けて急落下。手にするバズーカを踏みつけ、側にある池まで蹴り飛ばした。


「フォトンガトリングライフル、出しますよ!?」

「厚そうだからな、舌噛むなよマモル」

 長い銃身を《戦人》のボディとアームの付け根に突っ込んで、引き金を引く。鈍いドラミングの音と共に回転する銃身から虹色の火花が散り、中のマモルを揺さぶりながら左腕を破壊した。


「次は反対側をやるぞ。さっさと大人しく出てこい!」

「出るか……ボクはアルクの為に…………アルクの……ッ!」

 僅かに動いた《戦人》の右腕を見逃さなかったアイルは《Gアーク》の足で踏みつける。歩駆の操縦を待たずに〈フォトンガトリングガン〉を撃った。


「あ、ぅぅ…………アル……ク」

 激しい振動でマモルはコンソールに頭を勢いよく打ってしまい気絶する。

 薄れゆく記憶の中でアルクの姿を思いだし、目の前が真っ暗になった。





 襲撃の数日前、マモルは宇宙に居た。

 IDEAL副司令である時任久音に連れてかれてやって来た“ガードナー”の秘密衛星だ。

 初めは無重力の感覚に感動し、はしゃぎまくっていたのだが十分で飽きてしまった。自分の意識の奥底に僅かに眠る〈イミテイト〉としての記憶が無重力を覚えてるのかも知れない。

 結局の所、自分自身は何者なのかマモルもよくわからない。

 人ではない。だが〈イミテイト〉の目的は自分には関係ないのだ。

 時任曰く、


「我(が)の強さが関係してるんでしょうね? 自分の正体を認識しているのに人として振る舞えるのはそう言う事かも。今、世界に蔓延してるのは計画の為の下準備よ。殆どか己の変化に気付いていない」

 マモルには関係ない事だった。

 大体この女は何なんだ、と言う気持ちで一杯である。

 去年に時任が自分した事を忘れた訳じゃない。

 ただの人間の癖に馴れ馴れしく話す彼女が心底憎くて仕方がない。その手に何発銃弾を撃ち込んでやろうか、と眠れなくなる程にだ。


 なのに仕返しの一つもしないで我慢しているのはアルクの為なのだ。


「……なぁマモル、地球って本当に綺麗だよな」

 展望台で二人、眼下にある蒼と翠の惑星を眺める。漆黒の宇宙に浮かぶ宝石の様な輝きを放つ地球。

 ロマンチックに愛を語らうには絶好のスポットだ。


「こんなに美しいんだ、侵略者が狙うはずだよ」

 真剣な顔で星の眺めるアルクの横顔を、うっとりとした表情でマモルは見惚れていた。


「ボクらは、あそこに住んでいたんだね」

「違うな」

「何で……?」

「まだこの星は俺達の理想郷じゃない。不純物が多すぎるんだよ、これじゃいけない」

 鉄製の仕切りを掴みながら、アルクはしゃがみこみ語りだした。


「俺は力が欲しかった。でも、持った先の事なんか考えちゃいない。行き当たりばったりだった」

「……」

「下は嫌なんだ。惨めで格好悪くて誰も俺の言葉なんか聞いてくれない。けど上になっても、したい事が何なのか分からない。明確なビジョンが思い浮かばなかった」

 思い出すだけでも嫌になってくる。今までの自分(アルク)を消してやりたい気持ちで一杯なのだ。


「アルクは良くやってるよ」

「そうなんだよ。ゴーアルターに乗ってく内に俺の中に使命が目覚めた。俺の戦いに意味が出来た」

 すっくと立ち上がりアルクはマモルの手を取る。


「けどな、それをやるには邪魔な生涯ある」

「何でも言って。アルクの為なら何だってやるよ」

 彼の気持ちに答えたい一心で、マモルも手を強く握り返した。


「よく言った。それでこそ」

「……それでこそ?」

「それじゃあ言うぞ、お前にやって欲しい事」

 手を離してアルクは丁度、正面に位置が来た日本を指差す。


「もう一人の俺を殺してこい」

 そう言う表情は笑顔だった。


「…………え?」

 思わず聞き返すマモル。


「女々しさ、陰鬱さ、煮え切らなさのゴミだ。それなのに生意気に邪魔をしてくる鬱陶しさ。この半年間、俺の活躍を見せつけて悦に入ってたけど、それも飽きた」

「で、でもボクにはアルクを……出来ないよ」

 戸惑うマモルだったが、アルクは彼女の肩を引き寄せ抱き締めた。


「お前なら出来る。お前は俺の……」

 耳元で囁くアルク。


「俺の」


 そこから先。何を言われたかマモルは思いだせない。

 記憶はまた混濁の中へと誘われる。





 再びマモルが目覚めた時、そこには幾重にも重なる複雑なパイプだらけの天井があった。起きようと体に力を入れるも、ベルトの様な物で体全体を固定されていて身動きが取れない。


「……アルク」

「ん…………ふあぁ起きたか。って、おいおい十一時だぞ? さっさと寝ろや」

 丸イスに毛布を羽織ながらウトウトする歩駆は壁の時計を見てアクビをした。


「こんな縛られてたら眠れないって」

「それもそうだが外さんぞ。お前の目的が分からんからな」

「…………今、眼鏡なんだね?」

「あぁ視力落ちたからな……じゃ、おやすみ」

 芋虫の様に毛布を頭から被って包まるアルク。


「…………ボクは、ボクはどうしたらいい?」

「自分で考えろ」

「だって、アルクが言ったんじゃん! アルクがアルクを……」

 マモルの目から涙が止めどなく流れる出す。

 顔を覆いたくても手はベッドの両端から離れられず、みっともない表情を晒していまうので歩駆に見られないように頭を横に傾ける。目の前にある壁の向こう側に彼女の姿を感じ取った。


「隣、アイツが居るじゃん……アイツばっかりだ! アイツばっかりアルクと一緒にいて」

「……何言ってんだよ、お前?」

 泣き出すマモルを見て困惑する歩駆。


「IDEALに居たのか? でも、IDEALの基地は軍に」

「……言わない」

「いや、言えよ!」

「言わない!」

「…………はぁ」

 深く溜め息を吐いて、歩駆は目を瞑って眠りに入ろうとする。


「慰めては。くれないの……?」

「……何で?」

「何でって……いつものアルクならしてくれるよ?」

「…………あっちの俺がどうだかは知らないけど、俺は俺の事で精一杯だから」

 もう一人の自分と比べられ歩駆はムッとした。


「ボクのこと嫌い?」

「……」

「アルク、ボクのこと嫌い?」

「…………」

「ねぇ、アルク」

「ウザい」

「……」

 マモルは思った。これこそが歩駆なのだ、と。


 しかし、自分は“この歩駆”を始末しろ、とアルクに命令されているのだ。

 どうしようどうしよう、と二人の歩駆の間で葛藤し、揺れ動くマモルの心。

 もし可能であれば“両手に花”で両方と上手く出来たならば良いな、と願いながらマモルは眠りについた。


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