第87話 キッシング・オン・オーシャン

 海上生活を始めて二週間になろうとしていた。

 それも夕食がカレーライスと言う事で今日が二度目の金曜日なのだと知る。


「……甘口が良い」

 月影瑠璃は半分以上のルーとライスを残して味付けの文句を言った。

 船内は男だらけで女性が自分しかいない。

 そこで作られる料理は男が好きそうな濃い味付けばかりで、しょっちゅう胸焼けを起こしてしまう。

 このカレーも具が無駄にデカく、皮が所々に付いて食間が悪い。味に深みが無く、ただ辛いだけで美味しくない。


「よく平気で食べられるわね」

「郷に入っては郷に従え。イミテイターだからって腹が空かない訳じゃないのさ」

 ライスでルーを刮ぐ様に掬い、皿を綺麗にしてシュウ・D・リュークは完食する。


「そろそろ……頃合いだと思うんだ」

「私は別に、このままでもいい」

「こんな所だよ? むさ苦しい男がタイプ?」

「そう言うんじゃないから!」

 大声を出す瑠璃に反応して屈強な海軍の男達が二人に注目する。


「場所を変えよう。潮風に当たりたいな」

 シュウは瑠璃が残したカレーライスを掻き込んだ。

 ここ最近ずっとシュウと一緒に居る事が多い。彼の姿を見て、彼が本当に月の戦いで組織を率いたテロリストのリーダーなのか、と瑠璃は更にわからなくなった。



 何故、現在の瑠璃達が海軍の戦艦に居るのかと言うと、それはIDEALが彼等の攻撃を受けたからだ。


 基地周辺海域を多数の軍艦に囲まれ砲撃を受ける。迎撃に向かった《戦人》チームだったが、統連軍の新型である《シュラウダ》部隊に叩きのめされた。

 数日前から司令は疎か副司令すら行方知れずの状態で、指揮も何もあったもんじゃないLDEALは降伏せざる得なかった。

 職員は全員捕まり、その後の所在は不明。

 メカニックなどの技術者は、必要とされる各所へと送られた。

 そして、瑠璃とシュウがいる戦艦。

 月での戦いを勝ち抜いた元IDEALの《日照丸》だった。



「んー、この匂いを嗅ぐと生きてるって実感できるね」

 シュウは大きく背伸びして肺一杯に産みの空気を送り込んだ。


「海は……あんまり良い思い出は無いな」

 瑠璃の過去のトラウマ、底の見えない激しい荒波を眺めていると足が震えて吐き気がしてくる。カレーをリバースしそうだ。


「……彼女は出てこないのかい?」

「か、彼女?」

「サレナ・ルージェだよ。彼女がトラウマの元凶なのだろ?」

「…………気配を感じない。居てなくていいのよ、別に」

 折角、艦長の行為で自由にさせて貰っているのに、今この状況で体を乗っ取られたら何をしでかすか分からない。


「彼女はガードナーの初期からいるメンバーだった。こっちから誘ったんだ、好戦的で自分に忠実な所に惹かれてね。イミテイターの力を聞いたら喜んでOKくれたよ」

 船上に響く乾いた音。シュウの頬に瑠璃は平手打ちをした。


「そのせいで、何人の人が死んだと思ってるの?」

「死んじゃいない。半数以上がイミテイターとして生まれ変わった」

「一緒でしょ。人じゃ無くなったもの」

「目指しているのは、その先をさ。オリジネイターになれる……そう信じていた」

 頬を擦りながらシュウは手すりを背にした空を見上げた。


「宇宙の果てを知ってるかい?」

「……」

「イミテイトは遥か銀河の彼方から来た」

「…………漫画の読み過ぎね」

「嘘なんか言ってない。何百年、何千年の時を越えて地球に来たんだ。目的は神を殺す事にある」

 シュウの記憶とは別にある、奥底に存在している〈イミテイト〉の意識が訴えかけるのだ。


 ──創造主を討て、と。


「永い、永い旅の中で、生命として完璧な形が地球と言う惑星に存在する人間だった。人の形と言うのは最も神に近い完成形である、とイミテイトは判断したんだよ」

「でも、イミテイトは模造獣として人間に襲いかかろうとした。それは……」

「人との間に密約があったからじゃよ」

 声に驚いて振り向く瑠璃。そこに居たのは《日照丸》の艦長である天草宗四郎だった。


「げ、元帥!? こんな所に何で」

「おいおい別に居たっていいじゃろがい! 椅子に座ってデスクワークなんて柄じゃあ無いのにやらされてのう……参ったわい」

  愚痴を溢す天草。統合連合軍のトップだと言うのに何とも呑気である。


「相変わらずの元気ですね天草元帥」

 シュウが握手を求めようと手を出すが、天草はスーツのポケットに手を突っ込んだ。


「まだ早いぞ小僧。お前の処分は全部終わってからだ」

「元帥とシュウは何時からの知り合いなんです?」

「ん? ワシは小僧が軍に入りたて、人間の時から知っておる」

「厳しい人でね。何度も殴られたよ」

「……そうだな。今じゃ殴るだけじゃ済まんもんな?」

 飄々とするシュウに対して、天草の目は冷徹だ。還暦前にして筋骨粒々な肉体は、銃など使わなくとも太い腕で簡単にシュウを絞め殺せそうである。


「……そ……それで密約って何なんです?」

 瑠璃が二人の間に割って入り質問した。


「あぁ、そうじゃったな……オホン」

 天草は語り出す。



 事の発端となる2015年。

 既に人型化した〈イミテイト〉が存在して人類に技術提供をする。

 そこで産み出されたのが多目的人型機動戦略機体サーヴァント──通称、SV──と呼ばれる巨大ロボットが誕生した。

 SVを開発した人物は山田嵐。

 まだ豊富重工の一社員だった男であるが、彼の人型兵器に関する論文に目を付けた者がいた。


 それが天涯無頼。


 元々、政府非公認の外宇宙調査研究所……IDEALの前身となる組織に勤めていた。非公認と言っても表向きで軍とも繋がり、非人道的な実験を数多く行っていた。

 後に“模造戦争”と呼ばれる戦いより前、天涯と山田は先遣隊として地球にやって来た〈イミテイター〉とファーストコンタクトをする。

 彼等の望みを叶える代わりに、未知の知識を受け取る事で快諾した。

 南極で起こった“模造戦争”は、日本が開発したSVの力を世界に知らしめる為に計画されたマッチポンプなのである。



「それで今に至ると言うわけだ。そこから未知の技術を応用したSVの試験運用をする為に設立されたのがガードナー。世界を守ると言う名目を掲げてはいるけど元はそんな感じだったのさ」

「外宇宙調査研究所の規模を拡大、各方面から資金援助を受けて政府公認となり新生したのがIDEALと言う訳じゃな」

「驚きなのが二つの組織、両方のトップが天涯無頼だと言うこと。」

 ここまで聞いて瑠璃の感情は複雑だ。

 全ての戦いが仕組まれていた事だった、と言う事実に怒りよりも前に不自然な点が幾つか気になってしまう。


「去年の戦い、模造戦争から二十年前振りに真芯市へ現れたのも計画されてた事なの?」

「それはノーだね」

 シュウが答える。


「彼等は最近になって地球にやって来た者達だよ。もちろん、それは俺達が呼び出した訳だけど……制止を振り切り降りたってしまったんだ」

「……では、元帥にお聞きしますけど貴方は人類の敵ですか味方ですか?」

「そりゃもちろん人類の味方じゃよ。この計画を知ったからこそIDEALのお目付け役になったんじゃし」

「一度はガードナーは潰されたけどな」

「当たり前じゃ。宇宙人が裏で人間を支配しようなどと聞いては黙ってられんからな?!」

「て言うかIDEALの基地すら攻撃する必要あるのか?」

「ん? あの日の事か。元々、奴が何かしらのアクションをすると予想していたからな。逃げられんようにしたまでじゃ……まさか既に出ていたとは迂闊だったな!」

 力強くシュウの背中を大きな手で叩く天草は豪快に笑った。


「それで、シュウはどうする気なの?」

「どうって、どういう?」

「イミテイターとしての義務を果たすつもりなら、今ここで貴方を……」

 瑠璃は手を後ろに回し、腰のホルダーに指を掛けた。


「まさか、俺は誰よりも正義感が強い男でね」

「正義感の強い奴はテロなど起こさんじゃろ」

「あれはボスである天涯の命令さ」

「命令だったから、貴方の意思は無いと言うの?」

「イミテイトとしてやらなければいけないのもあった。しかし、今は己の考えでここにいる。それに頃合いって言っただろ? 今は人間として戦うまでさ」

 シュウが指をパチン、と鳴らすと海が大きく揺れ始める。


「自分の正義を信じたいのさ、男だからね」

 海水が渦を巻き、その中心から巨大な人型が現れた。その灰色のマシンはシュウのID(イミテーションデウス)・《エスクード》である。


「ガードナーと決着を付ける。月影瑠璃、一緒に来てくれ!」

「それは……お断りしま」

 突然の爆発音と共に船が揺れる。けたたましい警報のサイレンか甲板に響き渡った。


「な、何事じゃ!?」

 三人の所に艦の副長が血相を掻いて走ってきた。


「艦内へお戻り下さい天草元帥!」

「何があったんです?」

「それが……味方の艦から攻撃を受けています」

 再び大きな衝撃。かなり近く、瑠璃達は水飛沫を全身に浴びる。


「……彼奴らイミテイターだよ。“声”に従わない俺が気に入らないらしいな」

 こちらへ近づいてくる艦隊やSVを眺めがらシュウは《エスクード》へ歩み寄る。それを瑠璃が腕を掴み引き留めた。


「何する気?」

「倒してくるのさ……もし俺が勝ったら誘い、受けてくれるよな」

 シュウは掴まれているのと違う逆の手で、瑠璃を自分に引き寄せ軽く唇を重ねた。


「……っ!?」

 一瞬の出来事で何をされたのか瑠璃は分からず呆けた顔をする。


「“妖精さん”の加護は貰った。それじゃ、行ってくる」

 シュウは手すりに足を掛け、自動で開かれた《エスクード》のコクピットへ飛び込んだ。

 まだ瑠璃は信じられない、と言う顔をして指で口を撫でている。


 ファーストキスだった。

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