第81話 フェス、血に染めて

 次の日、歩駆達は朝一番の電車でトヨトミインダストリー本社へと向かった。

 駅のホームでアポイントを取ろうと電話をしたら、掛ける前に竜華の方から連絡があった。


『急いで来てくださいまし! 歩駆様に渡したい物があるんですの!』

「わたしたいもん? 何それ?」

『それは来てのお楽しみ、ですわ』

 今年2月の誕生日に歩駆は竜華からロボットアニメの映像ディスク全巻セットや複製原画集に設定資料集などを山の様にプレゼントされたが、当時はロボット物から離れたい一心で全て突き返した。

 今思えば彼女なりに自分を慰めてくれているのだと思い深く反省する。 

 歩駆は手土産に売店で“天むす”を買って電車に乗り込んだ。

 朝の通勤ラッシュで始めは大変混雑していたが、向かう方面的には都会から離れていくため、乗客は直ぐに減って座席には余裕で三人座れるぐらいに空いた。


「……気分でも悪いのか?」

 左隣に座る礼奈の顔色が悪い。彼女が家に迎えに来た時から駅につく前までに溜め息を何回も吐いている。


「別に付いて来なくてもよかったんだぞ?」

「……何言ってるの、私が居なくちゃ切符もちゃんと買えない癖に」

 礼奈が力なく微笑する。歩駆には無理をしているように見えた。


「礼奈」

「ん?」

「ま………………何でもない」

「何よぉ、最後まで言いなよ」

「うるせ」

 脇腹を小突く礼奈。イチャつく様子を見る右側のクロガネカイナはニヤニヤと笑っていた。


「あーくん」

「何?」

「あーくんは私が守るから」

「……はぁ!?」

 その言葉に思わず大声が出る。こっちが飲み込んだ言葉を意図も容易く礼奈は言ってのけた。


「この体だもん。電車に轢(ひ)かれても平気な気がする」

「…………止めろよ、縁起でもない」

 一瞬でも想像してしまうと脳内で映像がリピートされてしまう。

 気分を変えようと歩駆は窓から外を見る。都会の喧騒が薄れ、建物はまばらになり一面田んぼと畑が広がっている風景になってった。


(礼奈さんのバイタルポイントの数値が下がっています)

 歩駆の耳元でクロガネカイナが囁いた。


(安定値にありません。きっと本体が基地から出てきたのかも)

(本体? 出てきたって……)

(ゴーアルターが礼奈さんを連れています)

 近くで戦闘が起こっている気配は感じられない。電車も普通に運行していると言うのに出撃する意図は何か。


「フェスか」

 祝日の無い今月に毎年行われる大規模イベントがある事を完全に失念していた。いつもなら一月から資金を貯めてに行く準備をしているのだが、全く意欲を失っていた為に気づかなかった。


「ほら着いた。さあ降りるよ、あーくん、黒鐘さん」

 いつの間にか歩駆達の車両内には三人以外に乗客は居なかった。

 ここから先の駅からは更に田舎になっていくので当たり前なのだが、到着したこの駅は尚更、一般人が降りる事はない駅だ。


「聖地……と去年ならはしゃいでたな」

 改札を出たら直ぐ正面に大きなビルが立ち並んでいる。

 円の中に“TI”のロゴが書かれたモニュメントが置かれている、ここがトヨトミインダストリーの本社だ。

 正面は大きな鉄のゲートで閉ざされ、塀や街灯などに設置した数十台の防犯カメラや、警備員が周囲を常に巡回して厳重に警備している。


「普通の人が入って良いのココ?」

「工場見学以外にも駅で楽しめる物が十分ある」

 駅の売店には珍しくプラモデルが置いてあった。絶版になった初代尾張から《九式》、《十式》のみ欠番で、まだ一般販売されていない《尾張イレブン》のプラモデルが駅限定で販売している。

 その他にもSV関連のグッズが大量に並べられていたが、今は関係ないので店を後にした。


「真道歩駆様ですね?」

 どうやって中に入ればいいのかと、駅と入口ゲートの間でたじろいでいたら、背の高い黒服の男が現れ声を掛けてきた。社員証の様なものを胸に付けている。


「お嬢様が及びです。中へどうぞ」

 黒服に案内され歩駆達はトヨトミインダストリーの敷地へと入っていった。

 様々な建物やSVの操縦テストをしている風景を眺めながら歩くこと十数分、一棟の小さな工場が目の前に見えた。


「あちらです」

 その方向を指差す黒服。すると、工場から一人の女の子が歩駆達の方に走ってきた。


「あーるーくーさーまー!」

 黒いレースのスカートに真っ赤なヒールの靴という何とも走り辛い出で立ちで竜華はやって来た。


「……人を指差さない! 下がりなさい貴方!」

「はっ、すいません」

 理不尽にも手を叩かれた黒服は申し訳なさそうに立ち去った。


「歩駆様、大変ですの! 大変ですのよ!」

 竜華は手に持ったタブレットを歩駆には渡す。

 その画面に映し出されていたのテレビのライブ映像だ。大勢の人達が街中で行列を作り、盛り上がりを見せていた。


「ほら、この上! 屋上の所!」

 画面をタッチして、その場所を拡大させる。白く大きな人型がヘリポートの上に仁王立ちしていた。


「……ゴーアルター、か」




 会場である新中央競技場(ニューセントラルアリーナ)は、敷地面積が約15万㎡で十万人規模の人を収容する事が出来る巨体なドーム型スタジアムだ。

 元々はオリンピックを見越して建設された競技場なのだが、《模造獣》出現により次の開催地選びで日本は除害される事になってしまい、関係者は悔しさでいっぱいだった。

 それはさて置き、今日は年に一度の“SVF(サーヴァント・フェスティヴァル)”の日である。

 新型マシンの発表やSVを使ったアクロバット走行、歌やダンスも有りなパフォーマンスショーが丸一日使って行われる大規模イベント。去年は中止になったが今年は無事、開催の運びとなった。


「それでは続きまして、ここでビッグゲストをご紹介します!」

 ステージから歌い終えたアイドルグループと入れ違いで、司会進行のタレント達が舞台袖からやって来る。


「日本が誇る最強のスーパーロボット! 白き僕らの英雄、ゴーアルターの登場でーす!」

 花火が数発、打ち上がると空一面に虹色の火花がキラキラと輝く。その中から白い巨体の人型が、ゆっくりと会場へ舞い降りると客席から大きな歓声が上がった。


「今回は遂にパイロットである“ウォーカー”さんの素顔を見せていただけるとの事です! 楽しみですね?」

 興奮しながらアシスタントの女性が言う。

 打ち合わせ時に指定されていた停留サークルに《ゴーアルター》は降り立つと、コクピットハッチが開いてパイロットが手を振って出てきた。

 数台のカメラマンが近付くと、会場のスクリーンにパイロットの姿が映る。フルフェイスのヘルメットを被り、表情は全く見えないにも関わらず、ファンの悲鳴にも似た黄色い声援が飛ぶ。


「ウォーカーさん、こちらへどうぞ!」

 司会者に促され“ウォーカー”こと、シンドウ・アルクがステージに上がった。


「いやぁ会えて嬉しいですよ。見てましたよぉ、春先のお台場砂上決戦! 海からやってくる模造獣を砂浜で食い止めるゴーアルターはカッコよかった!」

「ゴーアルターならば、あれぐらいの敵を相手にするなど容易い。準備運動にもならなかったがな」

「あの弾道ミサイル実験も阻止したとか?!」

「米軍だけには任せておけないですから。日本と言う国を守るのは日本人しかいない、そう私は思っている」

 尊大な物言いで語っているにも関わらず司会のタレント達はアルクを誉め称えた。


「それではウォーカーさん、あちらのマイクの方へスピーチをお願いします」

 十万人もの視線を浴びながら、ステージ中央の壇上へアルクは一人進む。マイク前に立って、軽く叩いてスイッチが入っているのかを確認する。


「聞いて欲しい…………皆、巨大ロボットについて、どう考えている?」

 ハウリングでスピーカーから雑音が数秒間流れるも観客はアルクの声に耳を傾ける。

 演説が始まった。


「2015年の模造獣出現時に活躍した人型ロボット、サーヴァント。

 これの登場により日本は目覚ましい発展を遂げ、今やアメリカよりも強い武力を持つようになった。

 しかし、それは単純に力だけじゃない、世界を驚異から救う存在としてSVは無くてはないない存在になったからだ。

 日本人にとってロボットと言う物は、夢と努力により現実化したヒーロー……いや、神である。

 そう、ロボットが何故人の形をしているのか、それは神を模しているに他ならない。

 日本各所に存在する巨大な神仏像、あれが日本人にとって巨大ロボットのルーツなんじゃないか、と自分は考えている。

 人は人型の超常的存在に神々しさを覚え、崇め、ひれ伏す。

 神が己を模して人を作り、人が神を模してロボットを作る。

 絶対の存在に少しでも近付きたい、いつしか人は神をも越えるだろう。

 しかし、人がそこに到達するには一体、どれだけの時間が掛かる?

 百年、千年? そんなに待てるわけがない。

 ……。

 だからだ、急がねばならない! ヒトが宇宙の果ての、そのまた最果てに待つ“シン”の災厄に立ち向かう為に

 骨を作れ、血を流せ、五感を研ぎ澄ませろ。そうでなければシンカは程遠い!」

 段々の理解不能になっていく歩駆の言葉に会場の観客が動揺し、ざわめきだした。


「ヒトのフリをして紛れ込むイミテイターよ。もう誰かの真似をする必要なんてない!

 既に、お前達は元となるヒトとは全く別の人生を歩んでいるのだ。

 自分の理想を解放しろ! 君よ、オリジナルたれ!」




 最後のアルクの台詞を最後に、中継が突然途切れてしまった。


「あれ、どうしたんですの? 何も映りませんわ?」

 画面には“しばらくお待ちください”の文字。一分ほど待つと再び映像が映し出された。


「おい……何だっ?!」

 歩駆は絶句する。

 先程まで沢山の人達で盛り上がっていた会場は、地獄の様な光景に様変わりしてしまっている。

 倒れ血を流す人々、破壊される客席やスクリーン。 黒煙の中、悲鳴と爆発音が入り交じる阿鼻叫喚のスタジアムの中心、ステージ上のアルクと《ゴーアルター》が仁王立ちしている。


『聞こえているだろぉ! 見ているんだろぉ!』

 カメラが壇上のアルクに寄っていく。


『正義は俺にある。重要なのは今じゃない、先だ。これからもっと被害は大きくなる。長きに渡る潜伏期間はとっくに過ぎたんだ。この地球を守るため、世界を変えて往くぞ! お前には語り部になって欲しい。俺の活躍を永遠に語り継ぐ者にな!』

 そう言って映像は再び途切れた。


「……ふざけやがって」

「真道先輩、これからどうしますか?」

 クロガネカイナが尋ねる。


「どうするって、どうにかするために来たんだろ」

「あ、歩駆様! その事で渡したいものがあるですの! こちらへ、はやく!」

 竜華が歩駆の腕を引っ張って工場へと誘導する。その後をクロガネカイナも続く。


「待って…………あっ」

 その後ろを行く礼奈が突然倒れた。


「っ……礼奈ッ!?」

 体は冷たく痙攣し、目が死んだように光を失っている。


「駄目……あーくん…………止めなきゃ……あー、くん」

「おい、どうしたんだよ!? おいッ!!」

 礼奈は目線は歩駆を向いてない。

 その方向は問題のスタジアムがある方角だった。

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